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#01 人の好みはさまざま?

概要

「好き!」の解体シリーズでは、「人は何をどうして好きか」について3 つの切り口から探っていきます。これは私がデザイナーとしてプロジェクトに関わるなかで、ユーザーと製品(プロダクトやサービス)の理想的な関係を構築するするにはどのようなデザインが適切なのかと、言わば「デザインのデザイン」について思索探求する中で出会った事柄を、反転させてユーザー目線から書き直したものです。

「たで食う虫も好き好き」とは本当なのでしょうか。人の好みはさまざまで、一概には言えないのでしょうか。このシリーズではこれらの疑問を追い風に、脳科学やプロダクトデザインにヒントを得ながら、回を追って答えを探っていきます。

いつもと違う切り口で見てみることで

もしあなたが物作りに関わっていたり、自社商品のセールスを伸ばしたいと思っていたり、新商品の方向性を探っているなら、まずはご自分の「好き!」を解体してみませんか?

好きと思う構造を理解すれば、

- 顧客にもっとあなたのサービスや商品を好きになってもらうヒントが見つかったり、
- 問題への新しい解決の糸口やアプローチが見えてきたり、
- 同僚との会話の入り口になり、新しい洞察を得たりアイデアが生まれる

など、問題解決や改善への突破口が開けるでしょう。

それから純粋に「人が何をどうして好きか」という問いに興味がある方やデザインに興味がある方や、なぜ自分が〇〇を好きか理解したいと思っている方、足を運んでくださりありがとうございます!このシリーズを通して、日常を新しい視点で見るきっかけになれば嬉しいです。そして私にとってそうだったように、自分のことを前より少しだけ深く知るきっかけになれば幸いです。

ここまで読んで面白そうだねと思ってくれた方、さぁ、当たり前に過ぎていく日常の一片を切り取り、一緒に顕微鏡でのぞいてみましょう!

たで食う虫も好き好き

ブリヂストンの自転車

時はさかのぼり21世紀の幕開け、2001年夏。高校卒業後イギリスに留学していた私は、1年目を終え、初めての帰国で地元に帰ってきていました。

「あらぁ。たで食う虫も好き好きねぇ!」

朝からホース片手に亡き祖父の茶色いブリヂストンの自転車を磨いている私を見て、祖母は嬉しそうに言いました。物置の片隅で静かに埃をかぶって十数年。もう街では見かけることのない古い型式。そう、この自転車、私の記憶の中でも薄暗い端の方にしかなかったのですが、イギリスで古いものが日々の生活の中で大切に活かされているのを肌で感じていた背景もあり、その夏の私の目には、急にスポットライトを浴びたように輝いて見えたのです。

『よく見ると、なんてレトロで愛らしいフォルム!洗って手入れしたら、乗れるんじゃない?』

——埃を落とし、ピカピカに磨き上げ、空気を入れたら、ほらきれい!芳ばしい香りのする自転車が姿を現しました。

私はその夏、薄暗い物置からよみがえった自転車に乗りながら、一抹の昭和の風を肌に感じ、祖父が見ていたかもしれない風景を思い、なにより自由を感じながら、いつもとは少し違う角度から慣れ親しんだ地元の街並みを眺めていました。

独自性?

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人が何をどうして好きか——

この問いを一歩下がって眺めると、もう一つの問い「人間全体の根底に流れる共通性が見つけられるのか、それとも好みのようなものは個々人によるところが大きいのか」が浮かびあがってくることに、もうお気付きの方もいらっしゃるでしょう。

モノに溢れたこの時代に生きていると、選択肢は限りなくあり、毎回自分と同じものを選ぶ人に出会うことは滅多にありません。ないからこそ『耳をすませば』の月島雫は、自分の借りた本の図書カードにいつも天沢聖司という名前が書いてあるのに不思議な運命を感じるのです。

ちょっと思考実験をしてみましょう。道行く十人に「そこの薬局で歯ブラシ 1本と歯磨き粉 1つ買ってきて、中身を見せてください」とお願いしたとします。まったく同じ二品を袋に入れて帰ってくる人が一体何人いるでしょう。

並んだ歯ブラシ

硬めのブラシ・柔らかめのブラシ。小さ目のヘッド・大きめのヘッド。山形カット・平らなカット。ハンドルの色や素材にしなり具合など、歯ブラシのスペックにこだわりを持ってる人は案外多いものです。それに加え、価格帯やセールになっているかどうか、そして CMのイメージも影響します。ホーム・アローンのケヴィンのように、歯ブラシが全米歯科医師会の承認をもらってるかどうか(日本では歯科衛生製品等に値するのでしょうか)が気になる人もいるはずです。そして歯ブラシに負けず、歯磨き粉の選択肢もうんとあります。

どうでしょう?

買い物袋に全く同じ二品が入っている確率は、非常に低いと言えそうです。

それは赤の他人だからなのでしょうか?

今度は少しズームインして、接点のある近しい人達に焦点を当ててみましょう。仲のいい友達の顔を思い浮かべてください。その中に、あなたと何もかも意見が合う人がいるでしょうか。似ているからこそ違いが目立つのもあるでしょうが、家族内でさえ、大きな差が出ませんか?私はこれまでの経験を振り返ると、音楽の趣味が似ていて『あなたは私のドッペルゲンガー?』と思ったのに、読書遍歴は驚くほどかぶらなかった!考え方や価値観は似てるのに、服の趣味が正反対で仲良くしていると周りに驚かれる!そういうことばかりです。

一個人に焦点を当ててみても、好みがずっと同じではありません。私自身を振り返ってみても、10代、20代、30代と心惹かれるものは変わってきています。ファッションやインテリアはそれが顕著に現れる領域です。女性のファッションは男性に比べはるかに変動が激しいので、女性は特に好きな服は割と短いサイクルで変わるのではないでしょうか。女性に限らずファッションが好きな方、ちょっと立ち止まって考えてみてください。

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たとえば好きで着ている今日の服(今は制服だよという方は、休日やお出かけした日のことを思い出してください)、どうして好きなのか説明を求められたら、どこから始めていいものやら困ってしまいませんか?

私ならちょっと困ります。だって主観で選んでるんですよ!主観って、客観視するのは難しいものです。

自分で投げかけた問いなのに返答に窮してしまい居たたまれない思いをしている私に、助け舟を出すかのように、脳内にはこんな文句が浮かんできました。

人は理性で動くのではなく感情で動く生き物だ

そう、行動経済学やデザイン、マーケティングではマントラのように唱えられているこの文句。おそらくあなたもどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。

人は何かを選ぶとき、感情で選んでいるんだよって。

なるほど!それなら納得がいきます。それは答えに窮するわけです。だって感情は数秒から数分単位で移ろうのですから。そんな感情状態を逐一冷静に把握するのは至難の業です。

あぁ、スッキリ。晴れて答えられないれっきとした理由が見つかりました!

あれ、でもちょっと待って。これはとりもなおさず「好き!」の解体作業が早速行き詰ったということでは???

そうご心配くださった方、ご安心ください。実はその逆。一つ糸口が見えてきたのです。つまり「自分」を対象にするから主体と客体が同じになって難しいんだよという洞察を私たちは得たのです。

木でなく森を見つめてみる」に続く…

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この記事は、グローブ・ポーターのオフィシャルサイトで公開した記事からの転載です。

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