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#02 木でなく森を見つめてみる

おさらい

前回の「人の好みはさまざま?」では、人が何をどうして好きかには、間違いなく個人差があること。そして人は理性ではなく感情で選んでいること。また感情は刹那的で移ろうものなので把握が難しく、独自性にズームインすると、主体と客体が同じになり壁にぶつかるという洞察を得ました。

階段を上る男性

人間性?

それでは今度はズームアウトして、集合的な人間全体を眺めてみることにしましょう。そうすれば客観的に言える部分が出てくるはずです。木でなく森を見つめてみましょう。

たとえば想像してみてください。今あなたは自宅でぐっすり眠っています。目が覚めたら家の階段が一段 50 cm になっていました!(家に階段がなければ、よく使う階段を思い浮かべてください。)日本では蹴上(けあげ)は 18~20 cm がスタンダードです。蹴上 50 cmの階段は、がんばれば上り下りできなくないものの、確実に使いにくく、なにより億劫です。小さいお子さんや足腰の悪い方や体力の衰えたお年寄りの中には上の階にアクセスできなくなる人も出てきます。

よっぽどのもの好きでない限り、くつろげない!居心地悪い!不快感がぬぐえない!と階段を超えて自分の家に対しても不満の声でいっぱいになるでしょう。世界で平均身長の一番高いオランダでも、公共の階段は 22 cm が上限ですので、これは古今東西で一様に同じ反応が返ってくると予想されます。

ズームインすると個人差に目がいきますが、ズームアウトしてみると、階段の例からも分かるように、私たちの好き嫌いの根底には人間が共有する特性が大きく関わっているのが見えてきます。

視点移動のすすめ

ここでちょっと休憩です。

池澤夏樹さんの小説『スティル・ライフ』を読んだことのある方はいらっしゃるでしょうか。

その中で主人公の「ぼく」が、バイト先で知り合った佐々井という男に、スライドで写真を見せてもらう場面があります。佐々井は、最小限の持ち物で暮らす今で言うミニマルライフを地でいく男ですが、例外で写真だけはたくさん持っています。

「ぼく」が遊びに行くと佐々井は鴨居にシーツを留めて即席でスクリーンを作ります。プロジェクタから色々な写真が流れ始めます。

山の風景、地形全体の写真、川の写真。そんな予想外の写真を見せられ少し困惑した「ぼく」に、佐々井はこう説明します——

見方にちょっとこつがある

なるべくものを考えない。意味を追ってはいけない

心を空にして、ものを考えず、ぼんやりと見るんだ

地球の表面はだいたいこういう形をしている。砂漠もあるし、深林もあり、氷河もあるけど、いずれにしてもこれくらいの変化の密度だし、曲率だし、粒子のザラつき具合だ。色の変化もざっとこんなもんだろう

壁面全体に映される風景を見ているうちに「ぼく」はだんだんと風景の中に入り込み、カメラの目線とともに地表から高く、また低く、俯瞰し、水平に見はるかし、自在に飛びまわる感覚を覚えます。(池澤夏樹『スティル・ライフ』、中公文庫、2006年、15刷発行、51-52頁。)

私は思うのですが、人間性を洞察するときに必要なのは、まさにこのような、人間全体を俯瞰的に眺める視点ではないでしょうか。背の高い低い、人種の違い、男女の差、嗜好の差もある。でもおしなべて人間ってこんなもんだろうという輪郭を感じ取りたいのです。たとえ背が高くても 3メートルの人はいない。そういうことです。

ヤコブ・ベルヌーイの大数の法則

視点移動を繰り返し、カメラのレンズを取り替えながらここまで眺めてきたなかで、人が何をどうして好きかには独自性に依る部分もあれば、人間性に依る部分もあることが見えてきました。そして独自性を突き詰めようとすると行き詰まるが、人間性に頼ると何か見えてきそう。そこまで見えてきました。

ここからは、人間性に焦点を当てながら、時間軸も広げ、私たちが進化の過程で受け継いだ特質や特性も検証しながら進めていきましょう。

言わば『単一の事象を正確に予想するのは難しくても、多くの類似の事象の平均的結果を高い精度で予想するのは可能である。』とするヤコブ・ベルヌーイの大数の法則に則るかたちです。

​ここで一つ提案があります。

あなたの好きなものを何か一つ思い浮かべてください。

それをこれからの解体の対象としましょう。

私は——そうですねぇ、秋になる季節の変わり目に新調したタオル一式を検証の対象としたいと思います。特別なものではないですが、新しいタオル特有のふわふわと柔らかい手触りが印象的でパッと思い浮かびました。テディベアみたいな秋色も、気に入っています。

秋色のタオル

解体手順の紹介

それでは簡単に解体の手順をご説明します。続く第 1章から第 2章、第 3章と3つの切り口で段階を追って解体します。

第1章:製品に対する直感
第2章:製品の動作に付随する反応
第3章:製品にまつわる思考


を探っていきます。そして各章の終わりに今選んでいただいた「好き!」なものの解体作業を行う流れです。

このように3つに分けて分析する構造は、1960年代にアメリカの神経科学者ポール・マクリーンにより提唱された「三位一体脳*1」と呼ばれる仮説にヒントを得ています。

まずは 3つの切り口を軽く確認してください。

爬虫類脳:直感レイヤー
生命維持にかかわる機能や交尾本能など一番原始的な反応をつかさどる。ここでの反応は無意識のうちに瞬間的に起こる*2。
旧哺乳類脳:動作レイヤー
日々の行動や社会的な交流に大きく関わり、集団内での立場や地位、受容や拒絶に対する反応を引き出す。このレイヤーで起こる反応も無意識の領域*3。
新哺乳類脳:思考レイヤー
3つの中で唯一意識のあるレイヤー。つまりこのレイヤーでは自分の考えていることを「聞く」ことができ、意識的かつ積極的に意思決定に参加できる*4。

では早速、次の第1章「トカゲの世界観」で爬虫類脳をのぞいてみましょう!

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*1 *三位一体脳説とは、ヒトの脳が爬虫類脳・旧哺乳類脳・新哺乳類脳という三つの基本的構造を保って進化したというものです。近年の神経科学の発展により鳥類や魚類・両生類・爬虫類にも新哺乳類脳(つまり人間や猿人類に特有とされている脳)が見受けられることが分かり、この説は神経科学界では支持を失いました。しかしながら、三位一体脳説は、感覚情報と脳の構造や機能の関係を分析する上で非常に分かりやすいので、各デザイン分野では現在でも有効なモデルだと捉えられています。
*2 Weinshenk, S. (2009). Neuro Web Design. Berkeley: New Riders Press.
*3 Graziano Breuning, L, (2011). I, mammal: Why your brain links status and happiness. San Francisco: System Integrity Press.
*3 Gorp, T. V., & Adams, E. (2012). Design for emotion. Waltham, MA: Morgan Kaufmann.

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この記事は、グローブ・ポーターのオフィシャルサイトで公開した記事の転載です。


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