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#08 ユーザビリティ関門

おさらい

前回の「性能関門 」では性能だけを切り取って比較したときにはじきだされる性能の高さが絶対的な「性能の高さ」に繋がるわけではなく、役割をいかにうまくこなすかという観点で微妙なニュアンスを帯びてくること。具体的には熟練度、ライフスタイル、価値観、使用の文脈が評価に影響を及ぼすことを見てきました。

さて、動作レベル最後の関門ユーザビリティまでやってきました!

ここでは使いやすさ、つまり使い手からみたプロダクトの理解のしやすさや動かしやすさを見ていきます。

旧哺乳類脳:動作レイヤー
日々の行動や社会的な交流に大きく関わり、集団内での立場や地位、受容や拒絶に対する反応を引き出す。このレイヤーで起こる反応も無意識の領域。Graziano (2011)
ユーザビリティ:製品がどれだけその性能を発揮でき、ユーザーはそれをどこまで使いこなせるか

ユーザビリティとは?

まずは言葉の意味をしっかりつかんでおきましょう。元になっている英語は Usability です。Use (使う) + able(できる) + ity(性質・状態)からきており、ユーザーがどれだけ簡単に製品の性能を理解でき、使いこなせるかに着目するコンセプトです。

日本でも注目を浴びている UX(ユーザーエクスペリエンス/ユーザー体験)の分野では “Usability” は「使い勝手」と訳されたりもしますが、日本語の使い勝手には、いかに自分の意図に合わせた使い方に適応させられるかという意味も含むので、それでは元の意味から飛躍してしまいます。他に「使いやすさ」「利用制」「使用性」など訳されていますが、まだ一般的な訳語が定まっていないので、ここではあえてカタカナで「ユーザビリティ」としたいと思います。

ユーザビリティはWebサイトやソフトウェアに対してよく使われる言葉ですが、それらに限定したアイデアではありません。いわゆる手で触れることができる工業製品にも当てはまるコンセプトです。

ISO 9241 の定義では、ユーザビリティは…

特定の利用状況において、特定のユーザーによって、ある製品が、指定された目標を達成するために用いられる際の、有効さ、効率、ユーザの満足度の度合い

とされています。

ユーザビリティが低く、使用中に混乱するようでは、使用者はネガティブな感情を感じてしまいます。反対に、ユーザビリティが高い製品は使いやすく、楽しんで目標が達成でき、温かいポジティブな感情を感じさせてくれます。

ユーザビリティのイメージ

ユーザビリティのイメージとしては、行きたい目的地(役割)があって、そこへ連れて行ってくれる乗り物(性能)があるとしたら、ユーザビリティはそこまでの道のりのコンディションです。

森の中を走る自動車

たとえスピードの速い自動車に乗っていても、道が混んでいたり障害物があって進めなければ、不機嫌、延着、諦めの原因になってしまいます。

反対に、舗装もきれいで道も空いていれば、持ち前のスピードを存分に生かして、気持ちよく走行でき、満足感と達成感をともない余裕を持って予定より早く到着できます。結果、温かいポジティブな感情が生まれます。

言葉の意味とイメージをつかんだところで、早速、具体例を見ていきましょう。最初に成功事例を2つ検証し、続いてユーザビリティが低いケースと高いケースを列挙して、アイデア定着していきたいと思います。

組み立て説明書

世界共通語を話すIKEA

いきなりですが、輸入商品のパッケージや説明書を読んで、不思議な日本語に出会った経験はありませんか?てにをはがおかしかったり、何を指しているのか不明な指示語が入っていたり、意味はわかるけど単語のチョイスが浮いていたり。文章のトーンが全体の醸し出す雰囲気に馴染んでいなかったり、決めゼリフのはずなのに刺さらなかったり。

おそらく翻訳者にテキストのみが渡され、どんなビジュアルと使われるか分からない状態で訳した結果、背景と馴染みの悪い文章になってしまうだと思います。

母国語は話者にとって非常に馴染みが深いため、少しのズレでも違和感に感じてしまいます。不気味の谷現象*というやつで、むしろ少しのズレほど私たちの違和感や嫌悪感を刺激します。ズレが大きければ、きっと日本人じゃない人が書いたのだろうなとか機械翻訳をそのまま使ったのだろうなとか、簡単に理由を推し量れるからです。

*不気味の谷現象とは、ヒューマノイドの姿やしぐさをどんどん人間に似せていく場合、ある程度までは親近感が増すが、人間にかなり近づいたところで急に不気味さや嫌悪感が出てくる。この現象を森政弘・東工大名誉教授らが「不気味の谷」と名付けた。この谷を越えて人間に似せていくと、今度は急速に親近感が増す。
https://kotobank.jp/word/不気味の谷-184622 (2020年7月15日)出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」(築地達郎 龍谷大学准教授 /2007年)

最近では Google 翻訳など手軽に使えるので、翻訳なんて簡単と思いがちですが、実は思う以上にデリケートなエリアです。ジャンルや想定される読者に応じて、トーンやリズム、用語の難易度や漢字の使用率を考え合せ、狙った効果が得られる文章にする必要があります。

それを踏まえた上で想像してください。数カ国でビジネス展開する企業で、扱う商品数が多い場合、すべての言語で分かりやすい説明を均一に提供するのは、頭を痛める課題です。精魂込めて作り上げた製品が、翻訳が不味いために普及しなければ、ビジネスが成り立ちません。

たとえばスウェーデン発祥の世界最大家具量販店 IKEA はどうこの課題に取り組んでいるのでしょう?

多数並ぶ国旗_s

ヨーロッパ・北米・アジア・オセアニア 52カ国に 400以上の店舗を持ち、サイトには実に 12,000もの製品が並んでいます。その多くは消費者が自分で組み立てることを前提にした組み立て式家具。

まさに多言語翻訳地獄に陥るにはもってこいの条件が揃っています…。説明書が不明瞭で誤解を招くと消費者はイライラ・ムシャクシャ。カスタマーサービスは鳴り止まない電話に夜も眠れません!

IKEA はこの難題に、一体どう取り組んでいるのでしょうか?

IKEA でお買い物した方はもうお分かりだと思いますが、IKEA の説明書はなんと 52ヶ国どこでも同じ、たった一つの世界共通語で書かれています。

『なにそれ、私にも分かるの?』

と不安になった方、どうかご安心ください。私にも、あなたにも理解できます。なぜなら言葉を介さなくても情報伝達できる視覚言語、ピクトグラム(絵文字)が用いられているからです。

まだ目にしたことのない方は、ぜひ「イケア 説明書」で画像検索してみてください。組み立てに必要なパーツや道具がイラストで描かれているのが見つかるはずです。

言葉で説明がなくても、矢印や記号がイラストと組み合わさることで、シンプルなピクトグラムからでも驚くほど豊富な情報を読み取ることができます。パーツの中に形状の似たものがあれば、拡大イラストで違いが強調してあったり、ひっくり返す動きが入る箇所には矢印や記号で補足されていたりと、十分に意図が伝わる説明書になっています。

IKEA はこの方式を採用することで、世界中誰にとっても一目で理解できる組み立て式家具を実現しました。

このように、製品に付随して横からサポートすることで、製品自体のユーザビリティを高めることもできるのです。

お手

ちゃんと通じてるね

役割および性能関門をクリアしてきた AirPods。最後のユーザビリティも検証しましょう。

役割関門のところで、私は AirPods のことを「パワードスーツを着ているような」とか「生活の隅々にオイルが差されたような」と形容しました。それは耳に装着すると瞬時に繋がるところから始まり、すべての側面において私のやりたいこと、やって欲しいことを予期しているかのようなサポート力により「私」が「拡張」されたように感じるからです。期待された役割を美しいまでにこなすその性能、シームレスに私の延長としてそこにいてくれるユーザビリティの高さ、それらが融合して口を衝いて出た言葉です。

たとえば音楽を聞くとします。装着するときは片耳に入れるだけで AirPods 始動。すでに装着しているときは片耳外すだけで停止。

文字にすると『それで?』なんですが、0 からなら片耳だけ入っているのは「オン」。1 からなら片耳だけ取ると「オフ」と文脈に応じて私(ユーザーアクション)の意図を読んでくれるので、一連の行動が中断されることがありません。これは私が最初に感動した点です。

それから起動する際にピコン!とソフトな発動音がします。まるで『起きたよ!』『ここにいるよ!』と言ってくれているようで、AirPods が異常なく起動していると分かり、安心感を持って使えます。

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製品もアプリケーションもサービスも、人間と同じで、アクションに対するリアクション(フィードバック)があると、ちゃんと通じているなと安心して次へ進めます。

些細な点ですが、確実にユーザビリティの高さに貢献しています。

それから AirPods の直感的な操作も高いユーザビリティを保証してくれます。

説明書を読まずして使い始めた私ですが、音楽鑑賞中にスキップしたい曲が流れてきて、ボタンはないしどう操作したものか、そもそもそういう操作が可能かすら分かりませんでしたが、なんとはなしにイヤホンをトントンと叩いてみると、なんと次の曲に動いてくれたのです。小さな驚きと感動で心が弾みました。

賞賛に値するのは直感的操作を実現している AirPods(もしくは Apple社)の方なのですが、説明書を読まずとも意図した操作ができてしまい、自分が賢くなったような気分になるから不思議です。そんな嬉しさも手伝って、製品に対してさらに好感を抱いてしまうのが人間心です。

細かい喜び・嬉しさの重なりで「ちゃんと通じあってるな」「寄り添ってくれてるな」と思えると、安心感を持って使えます。

一つ、私の AirPods(第二世代)でユーザビリティが悪いなと思う点があります。酷似している左右のイヤホン、ケースに戻す際にいつも手のひらでどっちがどっちか分からなくなるのですが、かなりの確率で、間違った方に入れては取り出し入れ直す退屈な作業に耐えなければならないところです。(ニューバージョンの AirPods Pro では、右のイヤホンには「R」左には「L」と印字され、このトラブルは解消されたとのことでした。)

日常の中のユーザビリティ

ここまで読んでいただき、ユーザビリティがなんたるか、感覚的につかんでいただけたのではないでしょうか。

最後にまとめとして、日常の中のユーザビリティが低い例・高い例を確認してアイデアを定着していきたいと思います。

雨天渋滞

ユーザビリティが低い例
- 機能を詰め込みすぎて、どの機能も最適化されていない多機能アプリ
- クリックしたのに、反応がないボタン
- 女性用展開が、男性用製品をただ縮小してピンクにしただけ
- 文字数制限が短すぎて、長い会社名に対応できていないフォーム
- 施設内の案内掲示板の地図が、掲示板毎に北の位置が違ったり、現在地の印がない
- 削除ボタンをクリックすると、確認アラートなしにコンテンツを完全消去してしまうソフトウェア
- 切り替えが早すぎて、文章を読み終える前に自動で次の画像に移ってしまうスライダー
- ナビゲートやレイアウトが奇抜すぎて、欲しい情報にたどり着けないウェブサイト
- 利用者が多く、窓口も複数あるのに案内の人がいない施設
- 製造元が同じ商品間で、実際のグレードと商品名に食い違いがある
- 日常着なのにドライクリーニング指定
- エラーが出る度に入力内容が消え、毎回一からの入力を要するフォーム
- 右か左どちらを押したら良いか分からない片開き戸
- 低すぎる位置に設置してあるトイレットペーパー
- 比較対象がなくサイズ感がつかめない商品写真

見晴らしのいいまっすぐ伸びた道

ユーザビリティが高い例
- 通勤電車で読まれることを想定し、辞書に使われる軽い紙を使用した長編小説(村上春樹の「海辺のカフカ」)
- 腕に巻いて携帯できるプールのロッカー鍵
- 市販お弁当に同封された、手で開封可能な調味料
- 読みやすい文字数で改行してある文章
- 自然な高さに設置してあるコートフック
- 重ねて収納できる収納ボックス
- 注ぎ先に固定しやすいよう、切り込みが注ぎ口に入れられている詰め替え用液体
- ひとり立ちするしゃもじ
- 左右対称・上下対象で、どちらから差し込んでもOKな充電器
- どの国の通貨でもお買い物できる空港の免税店
- 一般的な型ができあがったもの(例えばサインインはウィンドウ右上)に関してはそれに従った予想可能なデザイン
- 絞り口が小さくなって使用量を調整しやすくなった調味料の容器
- 洗濯機で洗える運動靴

リストを見ながら、ユーザビリティの低いケースと高いケース、日頃使う製品でなにか思いつくものがありましたか?コメント欄にてあなたの個人的経験、募ってます!

さぁ、とうとう最後の関門、ユーザビリティの検証までやってきました。

ユーザビリティ:製品がどれだけその性能を発揮でき、ユーザーはそれをどこまで使いこなせるか
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あなたの「好き!」なもの、その性能を、どれだけ発揮できていますか?あなたはどこまでうまく使いこなせていますか?

前回と同様に、役割・性能面での回答を思い出してから、ユーザビリティの検証を行ってみてください。

私の場合:

役割:入浴後に体を拭いて水分を拭き取る & 髪の毛を適度にタオルドライ
性能:先に紹介したありがた迷惑の一件で、タオルの重さや厚さ、乾きやすさも考慮に入れるようになった私の厳しめの採点でも高得点ゲット。気に入ったのでさらに2セット購入するほど。
ユーザビリティ:ふわふわ感はあるのに洗濯機がパンパンにならない厚さで、乾きも良く生乾き臭知らず。洗濯・乾燥の繰り返しで一部だけ縮むなど不具合もない。おかげで、たたんだときの見た目もきちんと四角で、収納時もスッキリ。

あなたの検証結果はどうなりましたか?ぜひお聞かせください。

さて、関門は3つともクリアできていましたか?もともと「好き!」と思っている物なので、おそらくすべてにチェックマークが入ったのではないかと推測します。

関門をくぐり抜けたのを確認したら、次は使用・使用体験を通じた製品と会話に焦点を当ていきましょう。会話と通しパワーやステータス、従順なのか支配的なのかなど製品のパーソナリティーを読み取りながら、最終的に自分にとって役に立つのか否かを評価していく、その過程を見ていきましょう!

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この記事は、グローブ・ポーターのオフィシャルサイトで公開した記事の転載です。


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