#05 群の中で育まれた脳
おさらい
前回の「こんにちは爬虫類脳」では、私たちは進化の過程で暖かさと保護を与えてくれたものに自動的に「良い・快い」という評価をくだし、ポジティブな気持ちになって近づきたいという欲求を抱くことを見てきました。
爬虫類脳で直感的に惹かれた次は、旧哺乳類脳の判断が入ってきます。旧哺乳類は製品の動作に反応し感情を生み出すレイヤーです。まずはこの脳の大まかな特徴をつかんで、詳しく見ていきましょう。
旧哺乳類脳:動作レイヤー
日々の行動や社会的な交流に大きく関わり、集団内での立場や地位、受容や拒絶に対する反応を引き出す。このレイヤーで起こる反応も無意識の領域。Graziano (2011)
Man’s Best Friend
爬虫類脳の次に見ていくのは、私たちが哺乳類やいくつかの脊椎動物から受け継いだ旧哺乳類脳です。哺乳類はトカゲに比べてずっと複雑で高度なことが理解でき、周りの状況に応じて行動を適応させられます。
まずは哺乳類の例を挙げ、この脳の特徴や爬虫類脳との違いをつかんでいきましょう。
私の一番身近な哺乳類と言えば、物心ついた頃からずっと実家で飼っていたので、イヌです。先日、一番下の弟から実家の黒柴「おはぎ」のビデオが送られてきました。なんでも帰省中に教えたということで、嬉しそうな顔をしたおはぎと弟の息の合った、おすわり・お手・おかわりのエンドレスなシークエンスが流れ出しました。
英語では Man’s best friend というフレーズがそのまま「犬」を意味するほどに、イヌは人間の懐に深く入り込んでいます。これはイヌを含む哺乳類全般が、人間と密な関係を築けるベースを持っているからだと思います。
どういうことかと言うと、哺乳類は爬虫類と違い、外界の変化を素早く微細に知覚できる感覚器官と脳神経を持っており、それに応じて反応を変化させることができます。つまりアクションに対するリアクションが生じます。だからコミュニケーションが可能になるのです。
興味深いことに最近の研究(ブダペストのエトベシュ・ロラーンド大学の動物行動学者アッティラ・アンディクスの研究(2014))で、犬が褒め言葉だけでなく声のトーンにも反応していることが分かりました。たしかにおはぎも飼い主の声に反応して喜んだり悲しんだり不貞腐れたりします。でも注意していただきたいのは、優しい声で褒められたから「喜ぼう!」とおはぎが意図して嬉しがっているわけではないということです。自然とそうなっているのです。
思い出してください、このレイヤーで起こる反応も、まだ無意識の領域なのです。
私たちはなぜ笑うのか
少し話が飛びますが、日本でも放送された『ライ・トゥ・ミー 嘘は真実を語る』(原題 “Lie to Me”)というテレビドラマをご覧になった方はいるでしょうか。主人公の精神行動分析学者が、マイクロエクスプレッション(微表情)を読み取る持ち前の技能を駆使して次々と犯罪を解決していくお話です。このドラマは実在するアメリカの心理学者ポール・エクマンの研究と彼本人に着想を得て製作されています。
エクマンは、表情は文化に根ざしたものではなく人類に普遍的なものだと、私たちが日々さらされているメディアとは縁のないパプアニューギニアのフォレ族を含む複数の文化圏を研究することで明らかにしました。つまり表情は文化に根ざしているのではなく、生物学的なところに起源を有しているというのです
エクマンの研究結果が示すように、私たちもまた、嬉しいから笑おうと意図して笑顔を作るわけではなく、外界の状況に反応して筋肉が収縮したり緩和したりした結果、自然と笑顔になっているのです。(もちろん作り笑いやポーカーフェイスなど意識を介した反応をすることが人間には可能です。微表情を見逃さずそれをも見破るのが、先ほどのショーの醍醐味です。)
表情は情報伝達手段
チャールズ・ダーウィンは1872年に出版された The Emotions in Man and Animals で、表情とは自分の内側で起こっている状態を他のメンバーに伝えるために発達した手段なのではないかと示唆しています。
表情についてそのような説明をされると、改めて考えてしまいますね。そういう切り口で見ると、表情というのは非常に社会的な側面を帯びているように見えてきませんか?
ちなみに、旧哺乳類脳を持つ動物で群れで行動する種のほどんどには、行動様式の違いはあるものの、なんらかの社会性が見い出せると言います。ゾウにしろライオンにしろサルにしろ、群れの中には役割分担・協調行動・縄張りなど、一定の組織的構造が存在します。
では、この背景で表情がどう有益なのでしょうか?
たとえば群れの力を持つ個体が歯をむき出しにすることで「俺は怒ってる!」と伝えられ、それを受けた個体が頭を垂れることで「あなたを恐れています」と伝えられたなら、血を流すことなく序列が確立できたりしますね。
製品の動作・属性に反応する脳
爬虫類脳と比べると、ずいぶん複雑な形相をみせてきた旧哺乳類脳です。群れで生活しているわけではない現代を生きる私たちですが、旧哺乳類脳は、私たちの日々の行動や社会的な交流に大きく関わり、集団内での立場や地位、受容や拒絶などに関する私たちの反応や感情を引き出しています。
言い換えると、旧哺乳類脳は、社会的な交流や集団内でのやりとりの中で、メンバーの振る舞いをもとに性格や雰囲気を感じ取り、それに付随して私たちの感情を引き出しているのです。
では製品との関係においては、どのようなカタチで私たちに影響しているのでしょう?
ざっくり言うと、実際の使用・使用経験に付随する私たちの反応、つまり、製品の「動作」に対して生まれる私たちの感情をつかさどっています。
製品は生き物ではありませんが、旧哺乳類脳はあたかも群れの一員であるかのようにみなし、その動作や属性に反応し、私たちの感情を引き出しています。
具体例を挙げて感覚的につかんでみましょう。次の2枚の写真を眺めて、受ける印象の違いを感じてください。
これは私の受けた印象ですが、黄色いレトロなワゴンからは楽しくてフレンドリーな印象を受けます。子供っぽく、中性的な雰囲気。それに少しスピードは遅めかもしれません。多少車中で騒いだり、お菓子をこぼしても、おおらかに笑ってくれそうな雰囲気がします。対して黒いベンツからはシリアスで攻撃的で近づきがたい雰囲気を感じます。大人っぽく男性的で、スピードも早そうです。運転中は無言を好み(商談は例外としてOK)、コーヒー以外は車内に持ち込まないでくれと言っているような印象を受けます。
多分に私見の入った印象になりましたが、このように旧哺乳類脳は見た目や雰囲気、フィードバックやメッセージを通して、パワーやステータスを読み取ったり、従順なのか支配的なのかを感じ取ったりします。私と違う印象を持った方も多いのではないでしょうか。その理由はすぐにご説明しますのでご辛抱ください。
役割・性能・ユーザビリティが鍵を握る
認知科学者ドナルド・ノーマンはこのレイヤーのことをBehavior(ビヘイヴィァー) の形容詞 Behavioral レベルと呼んでいます。
Behavior は人や動物のことに使われると「行動、振る舞い」という意味になり、物体や機械に使われると「動作、動き具合」という意味になります。
ここでは製品の動作に対する私たちの反応を検証するので「動作レベル」と呼びます。
この使用・使用経験にまつわる動作レベルで私たちが「好き!」だと思うには、製品は役割・性能・ユーザビリティの三つの関門をくぐりぬけなければなりません。
役割 :製品が作られた目的や意義
性能:製品がどれだけうまくその役割を達成できるか
ユーザビリティ:製品がどれだけその性能を発揮でき、ユーザーはそれをどこまで使いこなせるか
前章で爬虫類脳の直感レベルにおける反応は、古今東西・老若男女を問わず万人に共通しているとお話ししましたが、この動作レイヤーでの反応は経験・訓練・教育・文化・価値観などに左右されます。
先の2台の自動車で私とは違う印象を持った方、これが理由かと思われます。どれが正解というのはなく、否が応でも私見が入ってしまう性質のものなのです。
その微妙なニュアンスも拾いながら、まずはケーススタディを通して鍵となる 3つの関門を見ていきます。その後に、私たちが製品から読み取ったパワーやステータス、従順なのか支配的なのかの判断が、どのような形で最終的な評価に絡んでいるのかを見ていきます。
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この記事は、グローブ・ポーターのオフィシャルサイトで公開した記事の転載です。