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#06 役割関門

おさらい

前回の「群れの中で育まれた脳 」では、哺乳類は爬虫類と違い、外界の変化により反応を変化させることができるためにコミュニケーションが成り立つこと。群れの中で育まれたこの旧哺乳類脳は、製品の動作に反応して、群れの他のメンバーに対してするようにパワーやステータスを読み取ったり従順なのか支配的なのかを感じ取ったりすること。そしてコミュニケーションが成立し会話が始まるには、製品がまずは役割・性能・ユーザビリティの3つの関門をくぐる必要があることを確認しました。

ここから3本は、ケーススタディを通して、3つの関門である役割・性能・ユーザビリティを詳しく見ていきます。3つの関門をすべてを青信号でクリアしていった製品の代表としては、世界一売れているイヤホンである Apple社の AirPods を検証していきます。

役割に焦点を当てるこの回では、赤信号・黄信号・青信号が出た製品を見ながら経験・訓練・教育・文化・価値観がどのように評価に関わってくるのか、その微妙なニュアンスも含めて確認していきます。

旧哺乳類脳:動作レイヤー
日々の行動や社会的な交流に大きく関わり、集団内での立場や地位、受容や拒絶に対する反応を引き出す。このレイヤーで起こる反応も無意識の領域。Graziano (2011)
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役割:製品が作られた目的や意義

クリスマステーブル

出会ってしまったのは事故

赤信号

動作レベルでまず問われるのが、そのプロダクトが一体なにをするものなのか、どんな役割を果たすのかです。商品の一番の要に当たる部分なので、これは外さないでしょう!と思われるかもしれませんが、この関門をクリアせずに市場に出回っている商品は少なくありません。

私にも苦い思い出があります。

すでに処分してしまったので写真はありませんが、去年の冬、来たるクリスマスのディナーにピッタリだと思い、真鍮のティーライトホルダーを一箱購入したことがあります。一つのホルダーで隣同士にティーライト(写真)がセットで入れられて、それが三個入っていました。

ティーライト

買った瞬間に脳内はすでにクリスマス。テーブルセッティングなど大好きな私は、帰宅後、早速手持ちのティーライトを出してきて雰囲気チェック!

アルミ容器に入った小さなロウソク
と思いきや、あれれ?入りません。

ティーライトとホルダーを見比べ『このティーライト、一般的なものより大きいのかな?』と真鍮のホルダーではなく私の持ってるキャンドルの方に非があるのだと思いました。だってまさかキャンドルホルダーがキャンドルをホールドできないとは思いませんよね。きっと世の中には大きめと小さめのティーライトがあるんだなと思いました。

しばらくして街で小ぶりに見えるティーライトを見かけたので、あーよかった!といそいそと買って帰り今度こそはと試してみると、また入りそうでギリギリのところで入りません。

なんなんだろう?なんでなんだろう???

不思議に思って比べてみると、小ぶりに思えたのそのティーライトは、容器が透明なプラスチックだったゆえにに小さく見えただけで、前のアルミのとまったく同じ大きさでした。

そこで初めて気がつきました、このキャンドルホルダーが破格セールになっていた理由に!私の買った真鍮のホルダーは、直径がティーライトと寸分違わぬ大きさで作られていたため、ホルダーとして機能しない不良品だったのです!

あと一回り大きければ…。デザインから製造の過程で一度でも誰かテストしていれば…。

このティーライトホルダーが示すように、本来の役割を果たせない商品には「好き!」と思ってもらうチャンスはありません。ないどころか、苦い思いや軽い怒り(あるいは激しい怒り)を残してせっかく買ってくれた人の生活から消えゆく運命をたどります。

システム化された所持品

背景が変わることからくる小さなズレ

黄信号

今度はちょっと違ったケースを見ていきます。真鍮のティーライトホルダーが赤信号だとしたら、こちらは黄信号。プロダクト自体は本来の役割をきちんと果たしているのに、背景が変わったためにうまくユーザーニーズを満たせなくなった例です。習慣や前提の違う文化圏に進出しようと考えているビジネスは留意したいポイントです。

最近私の住んでいるポートランドにも、日本企業が進出してくるようになりました。2019年には MUJI と紀伊国屋がダウンタウンにオープン!どちらも日本にいるときから大好きなお店なので、私はオープン当日から足を運んでいます。昔から親しんでいた商品やアメリカでは手に入らない、痒い所に手が届くような商品が手に入るのが嬉しいです。

ずっと健在して欲しいので、応援と紹介をかねてマイ・オススメ商品をアメリカ人にプレゼントするのですが、あるときふと気が付いたことがあります。『ノート、ルーズリーフ、それからそのサイズをもとにした収納系はあげられないなぁ』って。

日本はA4、B5などが一般的な紙のサイズですが、アメリカはA4より少し横幅があり縦に短いレターサイズが主流です。

おそらくアメリカではMUJIや紀伊国屋で何も知らずにノートやホルダーやファイルを買った人は、家に帰ってサイズが違うことに気づくと、自然な消費者心理として、お店を非難するでしょう。それだけにとどまらず、他の商品に対しても警戒したりお店に対してネガティブなイメージを持ったりするはずです。

ノートが役割をこなせていないわけではないのですが、標準化されているものがある場合(ここでは紙のサイズ)たとえばカバンもそれに合わせて作られている場合が多く、そこからはみ出してしまうとシステムとして機能しなくなってしまいます。システムというと大げさに聞こえますが、要は全体として上手く機能しなくなってしまいます。そうなると生活に上手く溶け込めず、その製品は役割が果たせない結果となってしまいます。

ブランドにとって不信感ほど払拭しがたいものはないので、こういう場合、販売国の標準サイズに展開しないのであれば、せめて商品棚にそうはっきりと明示した方が、セールスは減るかもしれませんが、ネガティブな感情を引き出してしまうコストに比べれば割りにあっていると思います。

これ、どうぞ

私のこと私以上に知ってるのね

青信号

役割部門の最後の例は、ピカピカの青信号で関門をクリアしていった製品です。製品が役割を果たせているかどうかは取りも直さずユーザーのニーズを満たせているかどうかです。

すでにプロダクトカテゴリーが確立していれば満たすべきニーズは把握しやすいですが、まだ存在していないニーズを満たそうとすると、非常に難しいです。これはイノベーションと呼ばれます。しかしこれを何度もやってのけ、世界中にファンを作っている企業は確かに存在しますね。

真っ先に頭に浮かぶのはアップル 社ではないでしょうか。

最近の私のもっぱらのお気に入りは AirPods です。とはいえ2016年の夏に発売されてからの数年間は、全く気にもとめていませんでした。無くても問題ないし、別に必要ないし、欲しいとも思わない。むしろコードのないイヤホンなんて絶対失くす!そう思っていました。夫がサプライズでプレゼントしてくれなかったなら、きっと今でも AirPods の恩恵を知ることなく日々を過ごしているはずです。

でも使ってみると、少々大げさな言い方ですが、まったく新しい世界が広がっていました。私自身そもそも満たしてほしいとさえ認識していなかったニーズなのですが、いったん使うと『そう、これぞ私の探し求めていたもの!』と思っている自分がいました。

ハンズフリーで通話ができる。コード無しで音楽が聴ける。音声だけで Siri を通じて携帯が操作ができる。——文字にするとそれだけなのですが、まるでパワードスーツを着ているような、生活の隅々にオイルが差されたような、そんな感覚にしてくれる製品でした。

AirPods(第二世代)の味を知って1ヶ月。あろうことかニューバージョン AirPods Pro の発売が始まりました。こういうとき、正価で買ったコートが時を置かずして半額セールになっているのを発見してしまった時のような、ドドーンという重さを胃のあたりに感じるものですが、その時の私はリリースのニュースを聞いてもシールドに守られているかのようにびくともしませんでした。あまりにも満足していたので、これ以上どう良くなるっていうのよ!と強気に思っていたのです。

ニュースを届けてくれた(ショックを隠しきれていない)夫に「何が変わったの?」と聞くと「ノイズキャンセリング」と「イヤーチップの 3サイズ展開」が大きな違いだと。その時になって私は初めて胃に重い一撃を食らいました。敢えて不満を言うならこの二点という、まさにその二点が改善されていたからです。

初めて装着した時、このイヤホンちょっと大きいなと感じたこと。たまに耳から落ちそうな感覚を覚えること。移動中にオーディオブックを聞いているとき道路の騒音で何度もボリュームを上げなければいけなかったこと。走馬灯のように思い出されました。

『どうしてアップル社はそんなに私のことが私以上に分かるのかな…?』

半分怖いような半分尊敬が入り混じったような畏敬の念に打たれながら、考えるより前に手がキーボードを叩き、返却期間を確認している私がいました。残念なことに返却可能期間をちょうど1週間過ぎていて、ニューバージョンへ移行はできませんでした。 それでも私は今でもハッピーです!

打撃を食らったのかハッピーなのかどっちなの!?というエピソードになってしまいましたが、これがプロダクトの役割に対する一番望みたいユーザーリアクションの例です。ユーザーの期待する役割を超えて、もっとこっちまで行けるよ!と世界を広げてくれるなら、こんなに嬉しいことはないですね。

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役割のケーススタディを3本ご覧いただきました。

読みながらご自身の経験で何か思い出すこともあったのではないでしょうか。面白いエピソードがありましたら、ぜひコメント欄にて教えてくださいね。

さて、記憶が新しいうちに、役割関門の検証を行いましょう。

役割:製品が作られた目的や意義
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あなたの「好き!」なもの、どんな目的や意義がありますか?

私の場合:

役割:入浴後に体を拭いて水分を拭き取る & 髪の毛を適度にタオルドライ

あなたの場合はどうなりましたか?

次は性能、つまり製品がいかにその役割を達成しているかに注目します。

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この記事は、グローブ・ポーターのオフィシャルサイトで公開した記事の転載です。


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