言葉では説明しづらい価値をどう伝えるか。企業に「アート」を提案するプロに学ぶ
「わたしの伝えかた」は、支援先スタートアップで働く方々が持つ、説明や提案、交渉などに関するコミュニケーションのノウハウを探るシリーズです。
今回取り上げるのは、株式会社The Chain Museumのプロジェクトマネージャー・臼井智子さん。オフィスやマンション・店舗などにアートを取り入れたい企業へ、オーダーに合った作品を提案し納品までを率いる役割を担っています。
アートという、数値や言葉で表しづらいものの価値をどのように伝え、クライアントから納得を得ているのか。そこには、前職からタフな交渉に携わってきた臼井さんが実践する、地道なコミュニケーションの工夫がありました。
ヒントはクライアントの「ありたい姿」にある
──仕事内容について教えてください。
The Chain Museumではアートに関する複数の事業を行っています。その1つに、商業施設やオフィスにアートを導入したいクライアントに最適な作品を提案する「コーディネーション事業」というものがあり、私はプロジェクトマネージャーとして関わっています。クライアントへの与件ヒアリングから、アーティストの選定と提案、作品の制作進行管理、納品までを管轄する立場です。
クライアントへの提案内容は、社内のアートスペシャリスト(アーティストや現代アートに専門知識のあるキュレーター)とともに作り上げるものから、私のみで一括して担当し納品する小規模なプロジェクトまであります。
──クライアントからはいつ、どのような依頼がくるのですか?
オフィスにアートを設置したいクライアントであれば、オフィス移転のタイミングでお声がけいただくことが多いです。たとえば「新しいオフィスは『空』をテーマにした開放的な空間にしたいので合う作品を探して欲しい」や、「アートを通じて社員に気付きを与えたい」などの内容ですね。
──「気付きを与える」のような抽象的な依頼だと、提案内容を考えるのも難しそうです…
そうですね。なので与件をお伺いする際に、依頼に至った「課題」も併せて伺っています。
「なぜ社員に気付きを与えたいのか」「なぜ開放的な空間にしようと思ったのか」を質問しながら深掘っていく作業です。すると「風通しが悪く閉鎖的な社風なのを変えたい」とか「社員自らがアイデアを発想できる会社にしたい」とか、クライアントの“ありたい姿”とも言えるようなものが見つかることが多い。そこから「こういう作品を置けば解決されるのではないか?」と案を膨らませていきます。
提案というより、ストーリーを作る感覚
──アートという特殊な納品物であっても、通常のクライアントワークと同じく課題起点で考えていくわけですね。提案時のコミュニケーションで意識していることはありますか?
「担当者のことを想像して、担当者になりきる」というのは意識しています。「こういう課題を抱えている企業の担当者であるこの方は、どのような立ち位置で、どういうモチベーションで望んでいるのだろう」と想像したうえでコミュニケーションを取る。より円滑にプロジェクトを進めていくためにも重要だと思っています。実務的なところでいえば、「この方が社内で稟議を通す際にはこういう伝え方のほうがよさそうだな」と考えた上で提案することもできるかなと。
また、プレゼン時にはヒアリングで伺った内容だけではなく、先方の企業ビジョンや経営計画などからヒントを得て提案をすることもあります。たとえば、「明るい社風の会社にしたい」という与件しかお伺いしてなくても、仮に「多様性を尊重する」といったその会社が大切にされている姿勢があれば、どちらの与件も満たせる様なアーティストや作品を選ぶという感じです。
提案を作るというよりも、ストーリーを作る感覚かもしれません。そのほうが先方の担当者も「この作品を会社に入れる意義」を社内に進言しやすいですし、なにより良い提案になると感じています。
──一見しただけでは価値が分かりにくいアートであっても、相手に合わせてストーリーを補強することでクライアントに理解していただきやすいと。
はい。関連した話でいうと、弊社ではオフィスに作品を設置した後に、クライアント企業の社員向けトークイベントを開催することもあります。なぜこの作品を設置したのかという背景や、この作品を手がけたアーティストの詳細などをアートスペシャリストとともにお伝えする企画です。
担当者だけではなく、クライアント企業に勤める皆様に作品や作者をより深く知っていただくことでアートと触れる楽しみを知っていただけたらと考えています。現代アートの潮流なども語れるアートスペシャリストがいるからこそできる、弊社の付加価値として提供しています。
交渉力を養う「準備と観察」
──ときには提案がスムーズに通らなかったり、NOを言わないといけなかったりする状況もあるかと思います。シビアな交渉時に気をつけているポイントはありますか?
自分たちを「依頼の受け手」だと思いすぎないことでしょうか。先方を「クライアント」として上の立場だと思いすぎてしまうと、無意識に下手に出てしまうこともあると思います。そうすると私たちからNOを言えずにプロジェクトにトラブルが起きてしまったり、「どうしたら通るか」という思考で考えた本質的ではない提案をしてしまったりする。クライアントと自社は上下ではなく、いいものを一緒につくりあげる対等でフェアな立場なんだという意識は常に持っておきたいなと思っています。
前職は不動産会社でリーシングをやっており、賃料交渉など今よりもタフな交渉をする場面が多くありました。相手方の要望もよく分かる一方で、こちらのビジネスとしての折り合いもつけなければならない。一番のポイントはどこで、それをどうしたらクリアできるのか色々な可能性を探りながら対話を重ねていくことだと学びました。中には強気な要求をしてくるクライアントもいましたが、そういう中でも相手の流れに巻き込まれすぎないように主体的にハンドリングする意識も持つべきだと経験したんです。
──「提案する/される」関係性である以上、その意識を持ち続けるのはなかなか難しそうですが、工夫されていることはありますか?
クライアントフェーシングをされている方ならごく普通のことかと思いますが、落ち着いて提案や交渉をするためには「準備」を欠かさないということですかね。
たとえば初めてのクライアントから相談を受ける打ち合わせの前には、アートについてこれまで何か取り組みをしていたか、今どんなことに注力をしているのか、どんな人々が使い訪れる場所なのか、などできる範囲で情報を調べてから自分なりにイメージを持ってお会いするようにしています。スタートの時点で信頼感を持っていただく上でも重要かと思っています。
いい妥協点を探るのもプロジェクトマネージャーの役目ですから、準備を積み重ねて対等な関係性を作り上げていくと良いのかもしれません。
あと私が意識しているのは、周りの人の話し方を観察することでしょうか。相手との距離の詰め方であったり、場の和ませ方だったり、逆にこの伝え方はよくないかも、ということだったり。もちろん自分のキャラクターもあるので全てを取り入れることはできないですが、自分だったらこうしようかなと考えながら日々勉強しています。私も元々プレゼンや交渉に苦手意識があったのですが、準備と観察は自然と実践するようになりました。
仕事の醍醐味を感じた、クライアントの会話
──提案時にはクライアントの視点に立ちつつ、きちんとハンドリングも取る目線の切り替えが求められそうなお仕事ですよね。
プロジェクトマネジメントの大変さはもちろんありますが、この仕事で出会うクライアントの担当者の方は非常に熱量を持ってくださっていることが多いです。なのでこちらもなんとか実現のお手伝いをしたいという強い気持ちで向き合えますし、形になった際にはとても嬉しい。そこがこの仕事の面白さの1つですね。
──なるほど。そういった他企業のプロジェクトマネージャーでは味わえない醍醐味は他にありますか?
新しい価値観との出会いを作れる点ですね。クライアントのオフィスに私自身が作品を設置させていただくこともあるのですが、その場で見に来てくれた社員の方同士が「私にはこういう風に見えるけどどう?」みたいな会話を耳にしたこともありました。
また、アーティストの方にとっての様々なきっかけを作れる立場でもあるのではないかと思っています。あるアーティストからは「作品が倉庫で眠っているよりは多くの人に見てもらえて嬉しい」「スタジオにこもりきりだったので普段関われない方たちと交流するいい機会をいただけた」などの言葉をいただいたこともありました。
弊社は「気付きのトリガーを、芸術にも生活にも。」というビジョンを掲げていますが、まさにそれを身をもって体験できているなと。クライアントとアーティスト、双方にとっての良い媒介になれる。そこがこの仕事の一番やりがいのあるところだと感じています。