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雑誌「アルプ」二冊

この山の雑誌「アルプ」は僕が会社勤めをしながら山登りをしていた30代の初め頃に神田神保町の古書店で購入したものだ。だからもう30年以上前になる。第196号「特集 尾崎喜八」は昭和49年(1974年)発行で定価1,000円だったものが5,000円、第208号「特集 木」は昭和50年(1975年)発行で定価750円だったが3,000円の値がついていた。かなり思い切って購入したことだろう。
帰りには多分、今はなき「キャンドル」というおじいさんとおばあさんがやっていた珈琲店で薄暗い明かりの下で食い入るように読んだはずだ。

造本上でいうと、この本の装丁は表紙の硬い上製本と違って表紙が本文より厚い程度で見返しの紙もない並製本ということになる。現在は本文の背と表紙を貼る化学のりが強力になって、一部の辞書や絵本、教科書など以外は糸でかがることはしなくなったが、かつては本文を16ページごとに折って丁合し、糸でかがっていた。だから264ページの本を全開にして机に置いても閉じでしまうこともなく、しかも丈夫である。しかもこの雑誌は自社の刊行本以外、全く広告を載せていない。

さて、「特集 尾崎喜八」号は、発行の約4ヶ月前に逝去した詩人であり、ロマン・ロランやヘルマン・ヘッセの訳本を世に送り、クラシック音楽を愛し(シューベルトと誕生日が同じことを喜んでいた)、何より山を愛していた尾崎喜八の特集である。
寄稿するのは詩人の草野心平や真壁仁、田中冬二、そして詩人であり哲学者である串田孫一。画家の辻まこと、音楽評論家の皆川達夫や宇野功芳など。皆が尾崎の自然の厳しさや暖かさを見つめる澄み切った眼に導かれている。この本を手に取り、尾崎が巻頭に寄せる文中にある「ベートーヴェンのピアノソナタOp.28”田園”」を聴いた。

もうひとつ、「特集 木」号は、岩見禮花の木肌のフロッタージュによる版画が表紙を飾っている。
堀辰雄の妻で随筆家の堀多恵子が「朴の木」という文を寄せているほか、画家の畦地梅太郎、森林生態学の四手井綱英などが日本人と木にまつわる話や思い出などを書いている。

この「アルプ」二冊は僕のかつての山登りの記憶とともにいささかカビ臭くなったようだ。

アルプ第196号 昭和49年6月発行、アルプ第208号 昭和51年6月発行/(株)創文社

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