教師【シナリオ・センター 20枚シナリオ_研修科課題】
トマトケチャップ IN or OUT?
登場人物
増渕公太郎(28) 公立中学 家庭科教員
杉本くるみ(21) 教育実習生
山野苺(13) 中学生
山野香苗(42) 料理研究家/苺の母
原口誠(48) 学年主任
増渕瞳(30)食品会社マーケター/増渕の妻
男子生徒、女子生徒
キャラクター書 ※職業シリーズのみ
増渕公太郎。28才。公立中学家庭科教員。生徒たちには「ハム太郎先生」と呼ばれて親しまれている。
両親と姉二人の五人家族で育つ。父親が単身赴任だったことから、母と姉に圧倒されて育ち、温和で穏やかな性格に。幼い頃から姉たちの家来として家事全般をしていた。
中・高一貫の私立男子校出身。男子校では悪友たちの「女の子と仲良くなりたい願望」が理解できず穏やかに過ごしていた。
進学先を決める際、地元の家政科単科の女子大が共学になり、共学一期生として入学。家庭科の教職も取得した。
一般企業に就活し内定を得ていたが、男性の家庭科教師に出会い感銘を受け、非常勤の臨時教員として中学の家庭科教師に。その後欠員募集で採用され、晴れて正規教員となった。
正規採用をきっかけに瞳と結婚。食品メーカーの企画セクションで働いている瞳とは、学生時代にスーパーのデリ部門でバイトしていた時に知り合った。夫婦の家事分担は気づいた方がやるがルールだが、ほぼ先に気づく増渕がやっている。
シナリオ本文
○中学校・職員室
増渕公太郎(28)と教師たちが、各々授業の準備をしている。
原口誠(48)の横に杉本くるみ(21) がいる。
原口が増渕に声をかける。
原口「増渕先生。こちら教育実習に来た令和大学の杉本さんです」
増渕「増渕です。よろしくお願いします」
くるみ、怪訝そうに会釈をする。
○同・廊下
「一年三組」というプレートが見える。
○同・教室内
教壇の前に立つ増渕とくるみ。
山野苺(13) と生徒達が着席している。
黒板に「杉本くるみ」と書かれている。
増渕「今日から二週間、杉本先生が一緒に授業をしてくれます」
苺「杉本先生は何の教科ですか?」
くるみ「家庭科です。一緒に調理実習しましょうね」
生徒たち、歓声を挙げる。
くるみ「あの……私、家庭科の先生が担当でついてくださるって聞いていたんですが」
生徒たち、笑っている。
男子生徒「増渕先生は家庭科の先生だよ。男だけど」
増渕「はい。私は家庭科担当です」
○同・職員室
増渕とくるみ、教員たちがいる。
増渕「杉本先生、調理実習のレシピは考えてきましたか?」
くるみ「はい」
くるみ、紙を増渕に渡す。
増渕、丁寧に見ながら、
増渕「トマトライス。メニューはいいと思います。ただ、これだと味が薄いですね。子供たちは、はっきりした味が好きですから、ケチャップを入れてはどうでしょうか」
くるみ「トマトの自然な味を生かしたいんです。私、管理栄養士専攻ですが今の濃い味付けが生活習慣病の温床なんですよ。男の先生にはご理解頂けないでしょうけど」
増渕「……わかりました。レシピ通りに作って試食してみましょうか」
くるみ「何度も作ってますけど」
○同・家庭科室
エプロンをした増渕とくるみ。
くるみ「増渕先生お料理できるんですか?」
手際の良い包丁さばきで、トマトを切る増渕。
くるみが呆然としている間に、増渕は軽快にフライパンを火にかけている。
○同・職員室
増渕、くるみ、原口と教師達が、紙皿でトマトライスを試食している。
ライスにはほとんど色がなく、トマトの角切りが混じっている。
原口「味薄いね。俺は糖尿予備軍だからいいけどさ」
女性教師「トマトの味すらしないです」
増渕「子供たちが挑戦するのに、ちょうどいいレシピです。トマトは栄養価も高い。少し調味料を工夫すれば……」
くるみ「いえ。味を濃くするのは食育的によくありません」
増渕「……わかりました。杉本先生のレシピでいきましょう」
○テレビ画面
「かななん9分間クッキング」というテロップと料理番組のオープニングア
ニメーションが流れている。
画面が変わり、キッチンスタジオに山野香苗(42)が映っている。
画面の香苗「こんにちは。料理研究家の山野香苗です」
○山野家・リビング
テレビをみている香苗。
画面の中で香苗が料理している。
苺が帰ってくる。
香苗「おかえり」
苺「ママ、また自分の番組見てたの? 痛いわー」
香苗「研究熱心と言って」
苺、カバンからプリントを出して香苗に差し出す。
苺「明日調理実習なの。材料持ってかなきゃ」
香苗「トマトライス? 苺、このレシピ通りに作ると相当まずいわよ」
苺「マジで?」
香苗「レシピにないけど、ケチャップ持って行きなさい。ただの塩じゃなくて塩胡椒にして。にんにくも抜いた方がいいわね。トマトの味が死んで、ただのガーリックライス状態になるから。今、ママが用意してあげる」
香苗、立ち上がってキッチンに向かう。
○中学校・家庭科室
生徒たちが調理実習をしている。
様子を見ている増渕とくるみ。
女子生徒が増渕を呼ぶ。
女子生徒「先生、トマトが切れない〜」
増渕、女子生徒のグループに行き、包丁でトマトを切る。
苺のグループではフライパンにケチャップを入れている。
それを見たくるみ、苺の手からケチャップを取り上げて大声を出す。
くるみ「ちょっと、何勝手なことしてるの!」
ケチャップの中身が飛び散り、苺の顔にかかる。
苺、顔のケチャップを手で拭い、走って出て行く。
増渕、気が付いて苺を追いかける。
○同・職員室(夕)
神妙な面持ちの増渕と、泣いているくるみ。
原口は話を聞いている。
原口「それで苺くんは?」
増渕「追いかけたんですが、間に合いませんでした。自宅にも帰っていなくて。保護者にも連絡がつきません」
くるみ「(泣きながら)一生懸命作ったレシピなのに。今の中学生はバカにしてます。傷つきました」
原口「……泣きたいのは苺くんだろうにね」
香苗が職員室に入ってくる。
増渕、香苗の姿を見て駆け寄る。
増渕「山野さん!」
香苗「増渕先生、苺がお世話になってます。教育実習生の杉本という先生はいらっしゃいますか?」
くるみ「えっ、山野香苗?」
増渕「苺さんのお母様で、料理研究家の山野さんです」
○同・面談室(夕)
増渕、原口、泣いているくるみと、香苗が向かい合って座っている。
香苗「私が苺にレシピと違う食材を持たせました。理由も聞かずに怒鳴るなんて、昭和生まれの私でも教師からそんな仕打ち受けたことはありません」
原口「行き過ぎはあったかもしれませんが、この杉本くんも教育実習の学生ですので、一生懸命作ったレシピを否定されて、前途ある若者が傷ついたという点もあり……」
香苗、ドンと机を叩いて、
香苗「教育実習生を傷つけないために、子供たちにまずい料理を作らせて、我慢して食べさせろと……」
原口「いえ、決してそんな意味では……」
香苗「家庭科の先生になるんでしたら、レシピのクオリティを上げるのも勉強ですよね。それを一生懸命やったのにとか。傷ついたとか。理解できません」
しんとする中、増渕が口を開く。
増渕「山野さん、苺さんへの行き過ぎた不適切な指導を心よりお詫びいたします」
頭を下げる増渕。
増渕「ただやはり今回はレシピ通りに作っていただきたかったと思います」
香苗「増渕先生も苺がこの教育実習生を傷つけたと非難されるのですね」
増渕「いえ違います。よりよい方法を模索するのは良いことです」
香苗「だったらなぜ?……」
増渕「それでもまずは一度教えられたことをやってみて、美味しくないという体験をする。なぜだろうと考える。それも中学生には大切だと思うんです」
香苗、考えてから、増渕の言葉に頷く。
○増渕家・ダイニングキッチン(夜)
料理をしている増渕。
増渕瞳(30)が帰ってくる。
瞳「あーもう疲れた。朝から会議とプレゼン2社と撮影と店舗まわり。もーお腹空いた」
増渕、テーブルに料理を並べる。
増渕「ちょうど、ごはんできたよ」
瞳「トマトづくし? おいしそー。そうそう、私が担当してる新ブランドのケチャップで山野香苗とコラボするの。売れるわー、でも山野さん急にOKしてくれたのよね。何かあったのかな」
増渕、ワインを空ける。
増渕「乾杯しようか」
瞳「やった」
増渕、瞳のグラスにワインを注ぐ。
<Fin>
調理実習のレシピと母の勧めでケチャップを持って行ったくだり。
まんま私の中学の時の実体験です。
母は著名な料理研究家でも何でもなく普通の食堂を経営してただけですが、味には頑固オヤジ並みのこだわりがあって「このまま作ると相当まずい」は母の台詞そのままでした。
基本、人に優しく穏やかな母でしたが、料理のことは譲らない面があり。
私と弟に美味しいものしか食べさせたくない。本当は給食も食べさせたくない人でした。
家庭科の先生は女性で「教育実習生の心を傷つけた」という理不尽な怒られ方をしたのは実体験です。
母に告げ口すると学校に怒っていくことが目に見えてたので言いませんでした。
今年亡くなった母の面影を感じる習作として、これを2本目に公開しました。
講評では習作の典型な「主役が主役じゃない。脇役の方が目立ってる」「20枚で妻の登場いらなくね?」で、今読んでもその通りだなあと思います。
キャラクター設定濃いめにすると、シナリオに反映したくなっちゃいますが、あくまでバックグラウンドですね。
「男性の家庭科の先生」というキャラクターはほめて頂けるので、時代にもフィットしてるし、いつかきちんと取材して描きたいです。