《BL小説》獣とごはん!!第1話
自分のことが、よくわからなかった。
やりたいことも、目指すものも、好きなことも、ない。
見つけようと躍起になった時もあったかもしれないが、今はもう諦めた。
だいたい、そういうものがあったからといって、なんだというのだ。
そんなことを考えていると、結局いつも、なぜ人間というものが存在し、宇宙というものが存在し、この世界があって、なんの意味があって…などという考えに行きついて、訳が分からなくなる。
自分のことすらもよくわからないというのに、宇宙のことなんかがわかるわけがないのは、当然のことなのに。
バスケットボールは、物心ついた時から続けていた。
好きなことがちゃんとあるじゃないか、と他人は目を輝かせるが、自分にとっては全く自慢できるようなものではなく、言ってみればそんなもの、ただの石ころなのだった。
才能は多分、ある。
でもある時から、衝動に襲われるようになった。
奇妙かもしれないが、それは衝動という名の無力感なのだった。
自分はこんなに必死にボールを追いかけているけれど、一体何がしたいのか。スリーポイントシュートを決めて、一体何の意味があるのか。
そして、どうして自分以外の他人はそれをして、あるいは見て、そんなにも楽しそうなのか。まるで、生きることがさも楽しいかのように。
そんな衝動はいったん爆発してしまうと、歯止めが効かないのだった。
できることがバスケットボールしかないので、逆に言えば逃げ場がなく、そのフィールドでしかぐちゃぐちゃの衝動をぶつけられなかった。
このフィールド内では不運にも俺が最強だったので、何も怖がる必要がないその時間が嫌いなはずなのに、いつの間にか溺れていった。
そんなことを何回も繰り返しているうちに、スイッチはほんの少しの力でも入るようになってしまい、初めて本気で人を殴った時、俺は本当に、獣になった。
新しい部屋に入ってもやることが特になくて、真っ直ぐに二段ベッドのある寝室に向かう。
足をかければ壊れてしまいそうな梯子を上るのが面倒だったし、別にどちらでもよかったので、より簡単に横になれる下の段に転がり込んだ。
狭かったが、手足を丸めて目を閉じれば、すぐに意識が遠のいた。
眠ることに関しては、バスケットボールと同じくらいに才能があると思う。
どれくらいの時間がたっただろうか。
やがて誰かの視線を感じて、目を覚ました。
冷めた瞳でそいつは起きたばかりの俺の顔を見下ろしていた。
(女みてえに細え男だな)
思ったことはそれだけで、特に関心はなかったので再び眠ることにした。
目を閉じる。
その男がルームメイトになるということに気がついたのは、次に目を覚ました時だった。
寝室を出て、部屋の様子を見てぎょっとする。
「何だ?これは…」
まず目についたのは、彼の机の上だった。
“それ”が本当にあるのかどうか確認するのに時間がかかった。
ピンク色の花が、細いガラスの花瓶に生けられている。それに隣にあるのは何だ?つぶらな瞳のパンダのぬいぐるみが、こちらを向いて笑っている。
それからなんだこの匂いは…。いわゆる、“お母さんの出汁”だ。よくわからないが、そんな感じだ。
男二人の部屋が、どうしてそんな優しい匂いでいっぱいになる。
混乱していると、
「あっ…起きたの?」
という声がして、振り向く。
フリルのついたエプロンをした先の男が、おぼんを両手に立っていた。
(なんだこいつは…)
そう思って彼の手元をまじまじと見つめる。
この優しい匂いは間違いなくそのおぼんに乗った丼から漂っていた。
「あ、君も食べる?」
俺があまりにもそれを凝視していたせいか、あらぬ勘違いを生んでしまう。
いやしかし。
今日は朝から何も食べていない。返事をするかのようにぐーっと俺の腹の虫が鳴る。
部屋に響きわたったその間抜けな音にそいつはにっこりと笑い
「食べて食べて。ちゃんとふたりぶんあるからさ」
とキッチンへと踵を返していった。
「う…んめえ…」
思わず口から出た言葉に、自分で驚く。
「それはよかった」
なんだこれは。どうして俺はよく知らない男が作った飯を、よく知らない男と向かい合って食っているんだ。
そしていつものようにすぐに考えるのが面倒になって、目の前の温かな食べ物をがつがつとかきこんだ。
目の前の男はそしらぬ顔で、女みてえに上品にそれを口に運んでいる。
だいたい、そうなのだ。
俺は獣のくせに、いつだってごちゃごちゃ考えすぎなのだ。
そしてそれを気づかせたのは、この男が作った、妙に安心する親子丼の味なのだった。