考えられない葦はただの雑草〈ダーウィン賞〉
注意*本記事はグロテスクな表現、及び不愉快に感じる表現が含まれております。閲覧にはご注意ください。
1.ダーウィン賞とは
ダーウィン賞とは、自らの愚かな行いによって「死亡」もしくは「生殖能力を喪失した」ものに対して贈られる賞のことです。
元々はアメリカの大手掲示板におけるブラックジョークが発祥でしたが、そこで上げられる荒唐無稽な実例の多さと不謹慎さの丁度良い塩梅が、インターネットの発展と共に有名となっていきました。
その中でも最も有名なのは、1994年、アメリカで自動販売機の中身を盗もうと上に乗っかり、自動販売機を揺らしたところ倒れてしまい、そのまま機械の下敷きになって死亡した男性の話でしょう。
飲料を買うだけのお金がなかったのでしょう、とはいえ、一時の欲望で一生を滅ぼすなんて……
「何を言っている。」
え?
「飲み物を買うだけの金はあったんだ、偏向報道はやめろ。」
え……ならなんでお金を払わなかったんですか?
「……………」
ちなみに選考基準は5つの基準が制定されておりーー
①子孫がおらず、永遠に遺伝子プールからその存在が抹消されること
②驚くべき愚行であること
③自らの行為で死の原因を作り出すこと
④一応正常な判断能力を有していること
⑤一部の例を除き、目撃者等の信憑性など、真実であると証明できること
とはいえ、毎年全てに受賞者が現れるわけではなく、時にはノミネートした者のみが発表される場合があります。
今回はそういったダーウィン賞に受賞、もしくはノミネートされた方々について紹介していこうと思います
2.鶏
1995年8月31日、エジプト
「井戸から鶏の鳴き声が聞こえるぞ!」
エジプト南部に位置する村に住む農夫は、井戸の中から聞こえてきた家畜の鳴き声に驚きました。
家畜は自分や家族が生活していくうえで必要な存在、『こうしてはおれぬ』と慌てた農夫はーー
「おりゃ!」
井戸の中に飛び込みました。なんで?
「待ちな!アンタ!」
それを見た農夫の姉が、井戸の中にのぞき込みます。重い水しぶきが上がる音が鳴り響くものの、姉の声以外には鶏の鳴き声も農夫の声も聞こえてきませんでした。
響き渡る姉の声、最悪の事態を想定した彼女はーー
「なんてこと……!早く助けに行かないと!」
井戸の中に飛び込みました。だからなんで?
「姉さん!」
姉が飛び込んだ様子を見た弟と妹はーー
「助けに行こう!」
「うん!」
井戸の中に飛び込みました。だから……ええ……
「孫どもが井戸に飛び込んでいきおった……」
衝撃的な光景を目にした祖父母は、これを見てーー
「あたし達が助けずして、誰が助けましょうや。行きますよ、爺さん。」
「うむ。」
井戸の中に飛び込みました。
その後、彼らが井戸の中から出てくることはありませんでした。
しかし、南に240マイルあるナズラット・イマラ村の井戸から、彼らの遺体が引き上げられることになりました。
警察はその後の調査によって、彼らが井戸に転落したこと、そして目撃者の証言から、彼らが鶏を救出するために転落したことが明らかになりました。
なお、鶏は救出され、全くの無傷だったそうです。
何事も冷静さが大事ですね
ドラマや救助者の証言から、よく自ら水辺に飛び込んで救助者を助ける場面が出てきますが、素人の我々が同様のことをしたならば、要救助者がもう一人現れることになってしまいます。
それ故に、溺れた人を救出する際、要救助者を救うために救助者が自ら水辺に飛び込むことは基本的にタブーとされています。
3.口喧嘩の果てに
「俺の言うことが聞けないなら死ね!」
「はあ!?何それ!?本気で言っているの!?」
1998年2月、アルゼンチンはブエノスアイレス。アパートの8階に住む夫婦が口喧嘩をしていました。
夫は感情から妻を抱え上げ、そのままバルコニーに向かいます。
「ちょっ……いや!離して!!いやあ!!」
「死ね!!」
バルコニーに来るなり、夫はそのまま妻の体をバルコニーから放り投げてしまいます。
8階の高さを誇るアパートから落とされた妻ですがーー
「な……!?」
なんと、奇跡的に送電線に引っかかって生存。
「……くそぉ!」
それを見た夫は何を思ったのか、そのままバルコニーから飛び降り、送電線へと飛び移ろうとしていました。
しかし彼が妻の元に届くことはなく、そのまま地面に衝突して死亡してしまいました。追撃しようとしたのか、もしくは妻を助けようとしたのか、その理由は不明です。
なお、その後妻は近くのバルコニーに移り、住民に救助されました。
夫婦で共に生活する中で衝突することは何度もあります。
しかし殺されかけるという事例は、さすがに夫側の人間性に問題があるように思えます。
こういう暴力性を秘めている人ほど、兎角他人からの評価が非常に高く、極めて高い社交性も持っています。気を付けていきましょう。
4.エレベーター
2010年8月25日、韓国にてーー
「頼む!!待ってくれぇぇぇぇ!!!」
車椅子を全力で動かす、男性。彼が向かう先には、まもなく閉じようとしているエレベーターの扉がありました。
男性は急いでこれに乗り込もうとするもののーー
「うわぁぁぁ!!頼む!!待って!!待ってくれ!!」
無情にも、扉は閉まってしまいました。
「ふざけやがって……!!」
それに腹を立てたのか、男性はそのまま車椅子で扉に突撃。この時、既に扉がぐらついていたのですが……
「たかがエレベーターのくせに俺を置いていったこと、後悔させてやる!!」
憤懣やるかたなかったのか、二度目の突撃を敢行。結果ーー
「なんだ!?うわ、うわ!?うわあああぁぁぁ………」
扉を突き破り、男性はそのまま昇降路に転落。残念ながらそのまま死亡してしまいました。
なお、彼が転落する一部始終は、エレベーターの出入り口に設置されていた監視カメラに写っており、この映像は一部の動画サイトでも閲覧することが出来ます。
⚠️閲覧注意です
とりあえず落ち着きましょう。
頭に血が上っていては普段できることもできなくなってしまいます。エレベーターに突撃する衝動を抑えることなどできるはずもありません。
生きている以上、怒りという感情を感じないタイミングは皆無に等しいです。しかしこの事故のことを知っていれば、今後怒りを感じたとしても冷静になりやすくなるかもしれません。教訓にしましょう。
5.冷めなかった熱狂
2014年3月2日、オランダ・ロッテルダム
この日、ロッテルダムではサッカーの試合がありました。
夕方の駅には300人以上の人がごった返しており、冷めやらぬ興奮でにぎわっていました。
「見てろお前、俺の母ちゃんは臆病者を産んだわけじゃねえってこと、証明してやらぁ!!!」
「何言ってやがる、俺の親父は地元じゃ全身肝っ玉でできているって言われて育ってきたんだよ。息子の俺に至っては全身心臓でできてんのよ!!(?)」
アルコールの匂いを吐き出す二人の男性が、軽快に笑いながら線路の上ではしゃいでいました。
彼らが話している内容、それは度胸試しーー
列車に轢かれないギリギリを攻めるという、まさに命懸けのことをしようとしていました。
「見てろ、俺は今日!男になる!」
一人はレールの中央部分に寝そべりました。昔テレビで観ていたことが、今まさに活きると思うと胸が躍りました。
「くそ、いざやるってなると、緊張してくるな。」
もう一人はホームのすぐ近くに寝そべりました。線路に転落した人を抱え、走る電車をホームの横に転がり込むことでやり過ごしたという動画を最近見たからでしょう。
ガタンガタン……ガタンガタン……
列車の音が近づいてきました。二人の度胸が、今まさに試される瞬間が訪れようとしていました。
「「来い!!」」
ーーーー。
列車が通り過ぎたものの、二人はお互いの度胸がどれほどのものかを知ることはできませんでした。
列車は二人が想定していたよりも床が低く、幅が広いものでした。故にレールの中央にある隙間もほとんどなく、ホームとレールの隙間もほとんどありませんでした。結果、二人は即死。列車も数時間の運行停止を余儀なくされました。
人は生きている間に、一度は命を懸けて臨むものがあります。度胸とはその時に使うものです。
しかし、変なところで使う度胸ほど無駄なものはありません。命は重く、お金には代えられません。そんな重すぎるものを捧げる場面にこそ、度胸というものは必要になるのです。
せめて我々は、命を懸ける場面を間違えないように生きていきたいものです。
6.神を信じた者
2018年11月14日、インドにとある宣教師が訪れました。
彼は探検家かつ信心深いキリスト教信者でした。彼がインドに訪れた理由は一つ。北センチネル島にいる先住民達にキリスト教の素晴らしさを伝え、入信させるためです。
「あの島に住まう者達には、まもなく永遠の命が与えられることでしょう……しかし主よ、あの島に住まう者の誰もあなたの名を知りません。
私は命を捨ててでも、あの島に住まう者に伝えなけらばなりません。あなたの名を、天命が施されることを、それが私が成さなければならない役目なのだと。」
何言ってんだコイツ。
北センチネル島の先住民、センチネル族と言えば、数百年にも及ぶ非常に長い歴史の中で人類との接触を拒絶し続けた民族として有名です。
近付いた者には有無を言わさず攻撃態勢を取るため、インド政府はおろか、地元の住民ですら北センチネル島には近付かないと言われています。
彼は地元の漁師に賄賂を払い、北センチネル島に接近するよう交渉、結局は金かい。これを快諾した漁師は、彼を連れて北センチネル島に向かうことを約束しました。
11月15日ーー北センチネル島に接近するものの、漁師達は『これ以上は危険』と言って島から500~700メートルほど離れたところで止まりました。
そこで彼は、聖書といくつかの贈り物と共に小型のカヌーに乗って島に接近。島の海岸には強い警戒状態にあったセンチネル族が、大声を上げながら弓矢を構えており、近付こうとすると矢が飛んでくる有様でした。
そのため、最初の訪問では撤退を余儀なくされ、機会を改めて訪れた際にも再撤退。合計で2度の訪問と撤退を行いました。
「主よ、私は今日、この命を捨てる覚悟であの者達と話をして参ります。あなたの加護がいかに尊いものかを示す必要があります。」
11月17日、三度目の訪問。それまでは上陸前に撤退していた彼ですが、今回は上陸を強行。漁師にはあらかじめ自分のことは見捨てるように言い置いていたため、北センチネル島に上陸したのは彼一人でした。
それが、彼が生きている最後の姿でした。
漁師達は、センチネル族によって首にロープを掛けられ、海岸を引きずられている彼の様子を目撃しており、その翌日には海岸に埋葬されている様子も目撃されています。
センチネル族は極めて攻撃的なことで知られていますが、そもそも外部から持ち込まれた病原体が彼らに良からぬ影響を与えることも学者達の間では想定されており、このことも彼らとの交流に関する課題として挙げられています。
彼の死は、殉教者として栄光あるものとして、彼が所属していた宗教法人は報じましたが、この扱い方には彼の親族を含め、多くの人々からの批判に晒されることになりました。
そもそもの話、どんな状況であれ宗教の押し売りはよくありません。それがたとえキリスト教という世界的に信仰されているものであったとしてもーー相手がセンチネル族ではなく、通常の人であったとしてもーー。
7.最後に
人の死というセンシティブな話題を面白おかしく取り扱っている以上、当然、ダーウィン賞にも『不謹慎である』という批判は少なくありません。
国家における死生観の違いもその要因となっていることは確かでしょう。
ここで学ぶべき大事なこととはーー
『死や危機に瀕した際に、どれだけ冷静でいられるか』
『過去に学ぶことがいかに大切か』
この二つであると私は考えております。皆さんも正しく学び、正しく生きていきましょう、そのために常識というものはあるのですから。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
最後にダーウィン賞の事例を面白くまとめている『ヤマヤデの生き様ッ!』様をご紹介して、この記事を締めさせていただきます。
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