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「やべえ まじかわいい」論|『海街ダイアリー』完結に寄せて

2006年から連載されていた『海街ダイアリー』が、2018年12月に完結した。全9巻での完結だ。

4姉妹を中心とした鎌倉に住む人の暮らしを追った生活系のマンガだ。
2015年には、是枝監督により映画化もされた。

良い作品であることは間違いないのだけど、最終9巻で思わず唸ってしまったシーンがあった。
4姉妹の末っ子すずが、とある事に対して深く心配をしているシーン。
すずの彼氏である風太はそんなすずの様子を見て心の中でこうつぶやく。


やべえ

まじかわいい

はっ

ば ばか!こんな時に何考えて

本来は、そんな彼女を「大丈夫かな?心配かな?」と思うのが普通だが、風太は「かわいい」が強く先に出てしまう。

吉田秋生おそるべし。
なぜそう感じてしまう男心を知っているのだ。
※吉田秋生さんは、女性です

そりゃ彼女であるすずのことを好きなのはわかるのだけど、どの程度好きなのか、本当に好きなのかを、読者に伝えるのは難しい。
それを、こう表現するのかと関心してしまった。


2018年11月12日(月)放送の『プロフェッショナル 仕事の流儀』で脚本家の坂元裕二さんがこんなことを話していた。
※坂元裕二さんは、かつてはトレンディドラマの脚本家(ex.『東京ラブストーリー』)、2010年台は数々の話題のドラマの脚本(『Mother』『それでも、生きてゆく』『最高の離婚』)を手がけている

スキ

と言葉でストレートで伝えるのでは伝わらないと。

そしてこんな図示をしていた。

この図の赤い部分を伝えるのが脚本で、物語は日常の細部に宿る、と。

「やべえ まじかわいい」論とでも呼ぼうか。
要は「物事を伝えるには、いかに直接輪郭を伝えずに輪郭が浮き出るように細部を伝えるか」が重要であるという考え方だ。

細部の中でもどれをどの程度、どういう構成で入れるのか。その細かな調整によってストーリー、脚本の出来は大きく変わる。

かの名作マンガ『タッチ』にも、同様に表現された名シーンがある。
達也の兄、和也の葬式の後、その深い悲しみがセリフ0で表現される。

達也は和也が好きだったクラシック音楽を大音量で聞きながらシーツを掴む

それだけのシーンである。

達也は「和也が死んで、胸にぽっかり穴が開いたようだ」とは言わない。
爆音で音楽を聞いているだけだ。
ただ、その張り裂けそうな悲しみの感情の強さが強く伝わってくる。

これは物語や脚本の基本なのかもしれないが(ストーリーテリング)、海街ダイアリーの最終巻がとても良かったので何か書きたくなった。
ぜひ1巻から読んで欲しい。こんなに繊細で、優しくて、そして前向きな作品に今まで出会ったことはない。

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