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スマホを持ってないとこうなる京都編
私は今の今まで携帯と名の付くものを持ったことがない絶滅危惧種人間。
「最後のひとりになってもノー携帯ライフを貫いてやるぜ!!」
という筒井康隆的ロック魂で持たないわけではない。
(筒井康隆の「最後の喫煙者」という皮肉たっぷりの小説があったのだ。)
ただただ、なんかめんどくさいし、出費も増えるし、なるべく身軽でいたいし、といったぼんやりとした理由でここまできてしまったのである。
しかし、気づけば今やガラケーすら絶滅寸前の世の中。
「ホーページはこちらから!」(QRコード)
「メニューはこちら!」(QRコード)
「問診票はこれで!」(QRコード)
と怒涛のQRコード攻め。
さらにはLINE登録を勧められたりして、そのたんびに、
「あ、スマホ持ってなくて……」
「あ……そ、そうなんですね……」
と気まずい会話を繰り返さねばならない。
仕事の時もQR決済の仕組みがよくわからないまま、何も聞かれませんように!と祈りながらレジ操作しているし、お客様に「写真撮ってください」とスマホを渡されると(よくある)、不慣れでうまく撮れなくてグダグダ。
今やスマホを持たない方がめんどくさいし、他人様に迷惑をかける世の中になってしまった。
そろそろ潮時か。潮時なのか。
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昨年5月に京都に行った時の話だ。
その日、動物園でゴリラの写真をたんまり撮って大満足でホテルに帰ってきた私は、電話の前で悩んでいた。
3日間、名古屋・京都とゴリラ旅で浮かれまくり、最終日の明日もダメ押しでゴリラを見て帰ろう―――とさっきまで思っていた(一応説明しておくと私は大のゴリラ好き)。
だがしかしだ。
京都まで来たのなら、嫁として、しばらくご無沙汰している大阪の義父母にご挨拶すべきではなかろうか(おこづかいもらえるかも、という下心があったことは否定しない)。
ゴリラか義父母か。
激しく悩んだが(悩むな)、意を決してホテルの電話の受話器を取った。
「はいもしもし」
「お義母さん、こんばんは、え です」
「あら、えちゃん。元気にしとるん?」
「はい、おかげさまで。お義父さんお義母さんもお元気ですか?」
「うん、まあこのごろ
(約300文字省略)
「ところでお義母さん、突然なんですが」
「うん」
「実は今京都に来ていまして」
「えっ、そうなんや」
「はい、それでもしご都合よろしければ明日お会いできないかと」
「あらうれしい。うんだいじょうぶよ~年寄りは暇やからね。今いろいろ
(約400文字省略)
で明日は午前中クリニックに行くんよ。午後からでもええかなあ」
「はい大丈夫です」
「じゃあね、どうしよう。12時半には京都行けると思うから電話くれるかなあ」
「わかりました。12時半ですね」
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携帯以前と携帯以後で大きく変わったと思うものに「待ち合わせ」がある。
携帯を持っていない私の中では「〇時◇分に△△の前で」とはっきり決め、尚且つ時間厳守がセオリー。
しかし、まわりの携帯民の感覚はちょっと違うのだ。
「〇時くらいに△△のそばに来たら連絡して」みたいなアバウト待ち合わせが普通だし、気軽に遅刻してくる。
このときも義母とのアバウトな待ち合わせに一抹の不安を感じた私であったが、まあなんとかなるだろう、と思い直し就寝。
翌日、ホテルをチェックアウトした後、本屋で藤沢周平の「橋ものがたり」を買って甘味処で読みながら時間を潰す。
周平の人情物語にぐいぐい引き込まれ、さくさくページが進む。
12時すぎ、そろそろ電話しなくてはと甘味処を出て京都駅構内で公衆電話を探した。探した。探したのだが。
京都駅、公衆電話がない!
いやほんと、なんで?ってくらい公衆電話ないのよ、京都駅。
この携帯時代でも、他の駅はちょっと探せばあるよ?改札の横とか。
百貨店の中も探したし、外にも出て探したけどやっぱりない。
私は探した。
必死に公衆電話を探した。
♪あーの日あーの時あーの場所で
君に会えなかあったらぁ~♪
唐突に脳内に流れる小田和正。
ああ……私と義母は東京ラブストーリーのカンチとリカのようにすれ違ってしまうのか…………!?
「あ、あった!!」
焦って探しまくっている私を電話の神様(なんだそりゃ)もあわれに思われたのか、ついに公衆電話発見!
時刻は12時半。
財布の中を覗くと10円玉が5枚。100円玉が2枚。
確か昔は公衆電話から固定電話へ掛けたなら10円で1分話せたはず。
公衆電話から携帯に掛けた場合は10円でどれくらい話せるのであろうか?
見当もつかないが、とりあえず10円を5枚投入して義母に電話する。
🔷🔷🔷🔷🔷
「もしもし、お義母さん、え です」
「あ、えちゃん」
「今どちらですか?」
「ごめんね~~今日に限ってまだ終わらなくてねえ~~
ガチャン!
予想以上に10円玉の落ちるスピードがはやい!
まだクリニックにいるんよ~」
「もうちょっとかかりますか?」
「う~ん、そうやねえ……」
「もう少し後に掛けましょうか?」
ガチャン!
お義母さんまだ大阪にいるのかい!
「いつもは12時には終わるのに今日に限ってねえ患者がいっぱいでねえ。い つ終わるかわからんわ~」
「またもう少ししたら掛けますよ」
「ありがとう~ごめんね~
ガチャン!
お義母さん、お義母さん、そういうの後で聞くから!
えちゃんは今日何時の新幹線に乗るの?」
「6時過ぎですが」
「そう~遅くなってもだいじょうぶかなあ~」
「大丈夫です大丈夫です」
ガチャン!
義母よ!それ今話すことか義母!!もうだめだ……なんとか10円玉で乗り切りたかったがここで100円玉投入……
「ほんならね~~~1時半にもっかい電話くれる~~?ごめんねえ~~~」ガチャ
100円玉を投入したとたん、電話終了。
もちろんおつりは出ないのであった。
座れる場所を求めて再び彷徨い、駅からけっこう離れた地下街で藤沢周平を読む。
周平、京都の街ですさんだ私の心を癒してくれ。
2回目の電話は若干怒りを込めて最初から100円玉投入。
無事に義母と再会をはたし、天ぷらなど食べて楽しいひと時を過ごした。
(義父は所用で来られなかったとのこと)
おこづかいもいただいた。お義母さん大好き。本当にありがとう。
ゴリラに会えばよかったとかちょっと思ってしまった私を許してください。
別れ際、以前「大谷翔平と通訳はできてると思う」などとゲス発言をしていた義母に唐突に「水原さん大変なことになっちゃいましたね」と振ってみた。
「あの人にとったらあれくらいの金額、とられても気付かんやろ」
ゲス発言を大いに期待していた私だったが、ごくごく普通の感想であったことをご報告したい。
大谷さん、真美子さん、小さなルーキー誕生、楽しみですね。
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さて、そんなノー携帯ライフを貫いてきた私であったが、
なんと!
会社から仕事用iPhoneが支給されることになったのだ!!
まさかの仕事で初スマホである。
先日受けたスマホ研修ではプライベートで所持しているスマホの機種によって出席者の席が割り振られていた。
スマホを持っていない私はもちろん特別席だ。
「持ってないの!?」「ほんとに無いの!?」「持ったことないの!?」
と100回くらい聞かれ、付きっきりで教えていただいた。
ありがとうございます。
プライベートでの使用は原則禁止だが、
「QRコード読んだりしてもいいですか?」
という問いに、
「いいよ、いいよ!使って使って!!」
と言っていただいたので、