非常食がお家になった話
3月である。
毎年この時期になると、職場で備蓄していた非常食が社員に配られ、持って帰るように言われる。賞味期限が少なくなってきたので新しいものに買い替え、古いものは社員に消費させるのである。
去年は水、もしくはお湯を入れれば食べられる混ぜご飯、確かわかめごはんときのこごはんか何かだったと思う。
今年は米粉を使ったライスクッキーと、チョコレート味の長期保存可能なクッキーだった。
最近の非常食の進化はめざましい。種類も豊富だし、味もそれなりにおいしい。乾パンくらいしかなかった昔に比べると、雲泥の差だ。
非常食と言えば思い出すのが数年前。
その年、我が家ではある時期から謎にコバエが増え始め、家の中を飛び回るようになった。
なぜコバエ?
生ごみを溜めていたとか、ベランダに堆肥コンポストがあったとか、そんなことはなかった。
「なんか最近コバエ多いよね?」
「そうやなあ。」
「なんだろうね。」
「どっから飛んでくるんやろな。」
夫にも心当たりはないようだ。
原因はわからなかったが、それほど気にもせず、まあそのうちいなくなるだろうくらいに思っていた。
しか―――し。
ある日戸棚を開けた私は驚愕の現場を目撃して戦慄した。
その戸棚には缶詰やレトルト食品、乾物などを入れていたのだが、扉を開けた瞬間、結構な数のコバエが中から飛び出てきた。
「うわあっ!」
まさか!?
嫌な予感しかしない。
どれほどそのまま扉を閉めようとしたことだろうか。
だが、ここまで来たからには目をそらすことはできない。
私は恐る恐る手前の缶詰を取り出し、奥を覗いた。
無数のコバエが飛び交うその向こうに何やら横になった缶が見える。
それは数か月前に夫が会社からもらった缶入りパン―――。
乾パンではなく、缶の中に柔らかいパンが入った非常食だった。
夫が持ち帰った後、とりあえず戸棚の奥に置いたまま、その存在をすっかり忘れていたのだ。
賞味期限が過ぎて缶の中に何がしかのガスが発生したのだろうか、缶が破裂して中のパンがあたりに飛び散っていた。
いったい、いつ缶が破裂したのか。
知らないうちに飛び散ったパンがやがてコバエのお家になり、コバエが幸せな家庭を築いていたのだった。
缶とパン。その周りを飛び回る無数のコバエ。
恐怖。
パニックになった私は、
「うわあああああああーーーーーー!!!」
と叫びながら、食品を戸棚から全部出し、掃除機でコバエのお家を吸引。
パンの缶は二重のビニール袋に入れて密封。
お家があらかたなくなったあと、跡地にファブリーズをブシャブシャかけて、ごしごしごしごし、拭いて拭いて拭きまくった。
その後、コバエは我が家からいなくなった。
あの缶の破裂は何が原因だったのだろうか。
パンの缶特有のものなのか、他の缶でもありうるのか。
賞味期限が過ぎていたし、もしかしたら我が家に要因があったのかもしれない。
謎は尽きないが、家の中をコバエが飛び始めたらお気を付けいただきたい。
もしかすると…………。