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母親の歴史
おはようございます。今大学の授業をPCで受けながら(流しながら)、この文章を書いています。だめな学生ですね。
今回は母親の歴史について話します。僕の母親は高齢出産でした。で、今はもう還暦を目前に控えているわけですけど、僕は母親のことを大切にしています。当たり前のことですが、この年齢になって僕の母親も一人の人間として、今までの人生を歩んできたのだということを知りました。
小学校5年生の時だったと思います。僕はお母さんと一緒に台所で何かを作っていました(確か焼きそばだった気がする)。その時テレビがついていて、よく日曜日のお昼ぐらいに流れている「オトコとオンナでお互いの不満を言い合おう」みたいなテーマの番組がかかっていました。
そこで、僕は訊いてしまったんです。
「お母さんとお父さんってどっちも初めての結婚で結婚したんだよね?」
その時、少しの間沈黙が流れました。
そうして、僕は自分が間違った質問をしてしまったことを認識しました。お母さんは静かに、「びっくりしないでね、お父さんは初めての結婚だけど、お母さんは一回離婚してるんだ」と僕に言いました。お母さんは、持っていた包丁を置いて、体を僕の方に向けて言ってくれました。
僕はとってもびっくりしました。なぜか胸がドキドキしてお母さんの前から逃げ出したくなりました。でも何かしていたくて、フライパンの中で炒まりきった野菜たちを木べらで右左に移動させました。
「びっくりさせちゃったよね。でもいつかは言わないといけないと思ってたんだ。でも正当化するようだけど、今どき離婚してる人なんてたくさんいるし、気にしてもしょうがないと思うんだ。」
セイトウカ? 漢字に変換できなかったけど、きっと大人が使う言葉なんだろうということは分かりました。その言葉の響きは今でも思い出せます。
すると事態を嗅ぎつけたのか、父親が走ってやってきました。
「なにしたのさ、祐希」
「離婚したこと伝えた」とお母さん。
「何で今伝えんのや」
「だって訊かれたんだもん」
「今伝えねでもいいべや」
「じゃあいつ言うの?」
お母さんがそう言うと、お父さんは大きな足音を立てながら居間に戻りました。お母さんはうつむいていました。
「でも良かったね、こんなに賢い息子が生まれたんだから!」
まるで僕は野菜を炒めることが本業で、この騒動への言及は片手間のことであるかのようにしながら、そう元気に言いました。
でもその言葉を言ったあと、みるみるうちに視界が液体で満たされたので、僕は自分の部屋に駆け込みました。
その日の記憶はそれ以降、思い出すことができません。
僕にとってお母さんは「お母さん」で、それだけの存在でした。お母さんが生まれて成長して今があるということは知っていたけど、僕にとってお母さんは「お母さん」でした。
だからお母さんが、どんな気持ちで専門学校に行ったのかとか、葛藤はあったのかとか、どんな男の人と出会ってきたのかとか、どんな恋をしてきたのかとか、仕事場でどんな風にいびられたのかとか、若き日の友人とどんな馬鹿騒ぎをしたのかとか、そんなことには少しも考えが及ばなかった。ましてや、お母さんがお父さん以外の男の人と結婚していた時があったなんて、11歳の僕には衝撃でした。
やっぱり、その男の人がどんな顔をしているのか、どんな性格なのかとかは気になります。今すれ違った人がその人じゃないよな、とかも思ったりしました。子供がいたかは怖くて聞けていません。大体の年齢を逆算して考えればあり得ない話でもないから。
お母さんが離婚したことの話をしたのは後にも先にもその一回だけです。ですが、僕の心には常に、お母さんに離婚歴があるという情報があります。それはマイナスでもプラスでもなく、単なる事実として。
僕には妹がいますが、妹にそのことは伝わっているのかも気になります。もう小学校は卒業しているけど・・・・・・。びっくりしないことはないだろうから、フォローしてあげたいと思う。成長した今の僕として。
僕にとってお母さんは「僕の母親」だが、お母さんが恋する乙女、新入社員、誰かの親切な友達、誰かのかわいい彼女だった時代のことをちゃんと心のどこかに置いておきたい。そしてお母さんの人生の途中に僕が存在しているということも忘れないでいたい。