創作怪談 「絆の理由」
これは、とあるアパレルショップで働いている立花さんという女性から聞かせて貰った話。立花さんが働いているお店では、呪いの試着室と呼ばれる試着室があるそうです。呪いの試着室は、普通に売り場の中に設置されており、お客さんは何も知らずにその試着室を使用しているとの事。どういう事か聞いてみると、話は立花さんがまだ新人だった頃の7年前に遡る。
かつてこのショップで働いていた女性スタッフが、閉店後の店内で自殺した。自殺の原因は、店長からのいじめによるものだった。店内で自殺したのは彼女なりの復讐なのだろう。しかし、彼女の復讐も虚しく営業はすぐに再開された。これで全てが終わったと思われたが、事件が起きたのは彼女の死から2週間後。閉店後の店内、例の試着室の中で店長の死体が発見された。閉店作業をしていたスタッフが店長の悲鳴を聞き、何事かと試着室を覗いたら店長が倒れていたとの事だった。外傷はなかったそうです。そして、そのスタッフは
「試着室で、自殺した彼女の姿を見た。彼女が、倒れている店長を見下ろしていた」
と語ったそうです。しかし、その試着室が撤去される事はなかった。血痕が残っている訳でも、何か臭いが残っている訳でもない。それに新しい物に替えると言っても、試着室だってタダじゃない。お客さんに黙っていれば大丈夫だろうと判断され、営業再開後もそのまま売り場に設置され続けた。営業が再開され数日経ったある日。立花さんがレジでお客さんの会計をしていると
「すみません、試着中に試着室を開ける時は一声掛けて貰ってもいいですか?試着中にいつの間にか店員さんが入ってきていたのでビックリしてしまって…」
と言われた。だがもちろん、店員がそんな事をするわけがない。どんな店員だったか聞くと、お客さんは
「黒髪のロングで、目がパッチリしていて、えくぼがあって、背が低い方でした」
と言う。その特徴はまさに、自殺した彼女と一致していた。そしてお客さんは
「ビックリはしましたけど、でもその店員さん、私に似合う服を選んでくれたんです。それが今日買ったこの服なんですけど、自分では選ばない様な物です。あの店員さんのお陰で、新しい自分に出会えた気がします。お礼を言おうと思ったら居なくなっていて、なので『あの客がありがとうって言ってたよ』と伝えて下さい。また来ます」
と言った。お会計が終わった後、どの試着室を使用していたか聞くと、お客さんは
「お店の1番奥にある試着室です」
と答えた。その試着室は、店長が亡くなった、そして彼女が現れた試着室だった。「あの子お客さんの前にも出たんだ…」と思い、この事を他のスタッフにも伝えた。すると新しい店長が
「お客さんの服選んだって事は、試着室から出て店の中を歩いたって事だよね?ちょっとカメラ確認してみようか」
と言い、防犯カメラの映像を確認する事になった。映像にはまず初めに、商品を持って試着室へ入るあのお客さんが映し出された。暫くすると試着室から出てきて、商品を元の位置に戻す。そして別の商品を手に取りまた試着室へ入る。出てくると、商品を持ったままレジへと向かった。この間、お客さんが見たという彼女は一切映像に映っていなかった。彼女に選んで貰ったという服も、お客さんが自ら選んだ様にしか見えない。しかし、お客さんは1人で来ているはずなのに、誰も居ない場所へ向かって何かを喋っている場面がチラホラ見られた。それに、お客さんが言った見た目の特徴は彼女と一致していた。恐らく、お客さんが言っていた事は本当なのだろう。皆が沈黙していると、彼女と仲の良かった店員が
「あの子、仕事熱心だったから出てきちゃったのかもね」
と呟いた。すると新しい店長も
「そうだね!それに、最初はお客さんを驚かせちゃったかもしれないけど、最後はお客さん喜んで帰って行ったんだよね?やっぱりあの子凄いよ!私たちも見習わないとね!」
と言った。
その後も、彼女は時々お客さんの前に現れたようで、その度にお客さんを驚かし、そして笑顔にしていた。立花さんもお客さんから
「いつの間にか店員が試着室の中に居て、でもその店員が服を選んでくれた。私にとても良く似合っていたんです!」
という様な話を何度も聞いた。その度に、なんだか彼女と一緒に仕事をしている様な気持ちになったそうです。この試着室は、この店にとってなくてはならない物になっていた。
ここまで話を聞いた私は、1つの疑問が浮かんだ。立花さんは最初“呪いの試着室”という言葉を使っていた。ここまで聞いた限りでは、とても良い話で呪いの要素は1つもない。この疑問を立花さんにぶつけると、立花さんは
「問題はここからなんです。ただの良い話では終わらなかったんですよ」
と言って話の続きを聞かせてくれた。
彼女の霊が出るようになって4ヶ月程が経ったある日。同僚の佐久間さんが退職することになった。退職した次の日、佐久間さんが店にやって来た。立花さんが
「どうしたんですか~。買い物するなら昨日すれば良かったのに。もう社員割り効きませんよ~」
なんて冗談を言うが、何やら様子がおかしい。何かに怯える様に身体が震えていた。これはただ事ではないと思い
「何かあったんですか?」
と尋ねる。すると佐久間さんは何も言わず、吸い込まれる様に店の1番奥にある例の試着室へと入っていった。元店長の件がフラッシュバックする。慌てて駆け寄り試着室の扉を開く。そこには、倒れた佐久間さんの姿があった。お客さんに見られたら店内でパニックが起こると思い、他のスタッフと一緒に休憩室に運ぶ。直ぐに救急車を呼んだが、その場で死亡が確認された。他のスタッフにこの出来事を話すと
「あの子、まだ私たちの事恨んでるんじゃ…」
と騒然となった。恐怖からか、スタッフの6分の1程が一気に退職したそうです。しかし、辞めていったスタッフは全員佐久間さんと同じ末路を辿った。これは流石に偶然の一致で片付けることは出来ない。残ったスタッフは全員
「私たちは、一生この店を辞める事は出来ないんだな…」
そう思ったそうです。仕事熱心だった彼女。いじめられたり、いじめを見て見ぬふりをされた事は今でも恨んでいるが、この店に来てくれたお客さんを笑顔にしている限りは一時的に許してくれているんじゃないか。そう結論付けられた。
最後に立花さんは
「新しくスタッフを募集するのはもう止めたんです。関係ない子をこれ以上店の呪いに巻き込むわけにはいきませんからね。今は、スタッフ皆一致団結して店を盛り上げていこうって頑張ってるんです。店が潰れたらどうなるか分からないですからね。あの店は、私たちの人生その物です。店で働いている限り、私たちはあの子に許されるし、あの子への償いも出来る。あそこはただの職場じゃありません。私たちとあの子の約束の地なんです」
そう言って話を締め括ってくれた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?