『メルクマークの開幕宣言』

メルクマークの開幕宣言


 その地球外知性は大きく分けて三つの属性に分裂した。一つめは【フィギュア】と呼ばれる三次元彫刻のかたちで、これを模した彼らは当初、忠実にその大きさや材質を再現したために、その影響は一般家庭のテレビの上に置かれる食玩や、サブカルショップのディスプレイに固定されたサンプルの数が少し増える程度に留まった。後にフィギュア星人と呼ばれ、三番目に発見され一番厄介な存在となる彼らは、この段階では自分がコピーした【フィギュア】の役割を果たしそうと必死であり、ひたすら沈黙を守り続けていた。

 二つめの属性は絵画、もう少し細かくする【イラスト】と呼ばれるものだった。これは平面であり、ある場合においては質量を持たなかった。イラスト星人もまた、当初は沈黙を守り続けつつ地球の様々なイラストに擬態した。地球人が彼らの存在とその脅威性に気づくころ、イラスト星人は二番目に発見されて二番目に厄介だと判断された。
 三つめの【サウンド】と呼ばれる属性はコピー完了とほぼ同時に、自分が模した音を撒き始めた。この音は地球人にとっては女性の喘ぎ声にも似たもので、発生と同時に二つに分類された地球人の片方の、下半身と呼ばれる部位を強く刺激した。それが原因で最初にサウンド星人が発見された。その後、サウンド星人は様々な音に擬態した。テレビの砂嵐の音、鳥がはばたく音、雑誌をめくる音。ただしサウンド星人は常に音として響き続けなければいけなかったため、静寂な環境で発見されやすく、出くわしても耳栓をすればどうとでも対処できたために三つの属性のなかではもっとも脅威性が低いと判断された。

 サウンド星人の発見から間もなくイラスト星人も発見された。このころになると地球では「このエイリアンはどこからやってきたのか」が議論され始めた。アーカム大学に在籍する尾張氏は、「そもそも彼らは議事概念存在であり知性は有するが肉体は持たず、惑星に住んでいたわけでもないので星人という呼び方は相応しくない」と主張したが、ロマンがないとの理由で多くの一般人はこの見解を聞く気にならなかった。イラスト星人のなかで質量を持つものが最初に駆逐された。知名度のある漫画の表紙にそっくりそのまま擬態したイラスト星人は、それが人気を博しているものであることはなんとなく理解できたものの、どうして古本屋に十円という値段で並んでいるのかまでは理解できなかった。世間ではその漫画は大人気で、多くの人々を支え続けているにも関わらず道端に落ちている丸く薄い物体一つと等価である。その矛盾がイラスト星人の知性処理速度に悪影響を与えたがために、彼らは質量を持つことをやめてデジタルになった。

 デジタル型イラスト星人に進化した彼らはしかし、人間の一カロリー未満の動作で簡単に削除されたり、コンピューター上で自動的に削除できる存在と化した。ただしこのなかでデジタル型ポルノイラスト星人だけは重宝された。生き残ることに必死になったイラスト星人は、二つに分類された地球人の片方の、下半身と呼ばれる部位を強く刺激するタイプのかたちになり、なぜか彼らは自分を見ると生殖器を触り始めて余分なカロリーを消費し始めて子孫を残すような行為をひとりで行い始めるので、この行為を助ければ地球人と共生関係を築けると判断した。その結果、デジタル型ポルノイラスト星人はより官能的な表現を伴いはじめ、成人向けイラストレーターと呼ばれる職業の人々は己の技術を向上させるためのサンプルとして彼らをビジネスパートナーに選んだ。デジタル型ポルノイラスト星人は彼らと結託し、彼らが必要とするあらゆる情報を提供した。宇宙の神秘をその身に宿した成人向けイラストレーターは人間の域を超えて、よくわからない神秘的なものになった。人々の性欲を自在に操る彼らは地球人にとってサウンド星人以上の脅威存在ではあったが、まあまだ話は通じるし、自分が描いたエッチなイラストを見てくれる一般人がいないと彼ら自身が困るため、これまでどおり普通に生活している。

 いっぽう、フィギュア星人はこれまでの二つに比べて非常に危険な進化を遂げていた。彼らがサンプリングした【フィギュア】の多くが何らかのモチーフを介して作られた二次的芸術品であることを理解した彼らは、親元のイメージをコピーすることでより高度な性質を得られると判断した。この判断はサウンド星人やイラスト星人にもリンクされ、フィギュア成人はサウンドとイラストの情報をも吸収しはじめた。その結果、スタチュー型美少女フィギュア星人の多くが原作アニメと同じ声で喋り出し、原作アニメと同様の動きをするようになった。フィギュア星人の所持者であることに気づかなかったオタクたちの多くはこれに感動したが、可動型怪獣フィギュア星人が親元の映画に登場するイメージをコピーした段階で絶望に変わった。可動型〝巨大〟怪獣フィギュア星人が仙台駅や横浜中華街や国会議事堂を破壊したころ、人類の側についた可動型〝巨大〟ロボットフィギュア星人と人類のひとりが「俺はガンダムで行く」と果敢に怪獣フィギュア星人に立ち向かったりした。次々と巨大化するフィギュア星人を前に地球人は弱点である関節部を狙うことで意外とすんなり処理できることに気づき、構造的欠点をついた掃討作戦でフィギュア星人は一斉に撃滅された。

 唯一生き残ったフィギュア星人の、ほんのわずかなものがガレージキットという材質を取り入れたことで急激に生存性を高めた。さらに彼らはガレージキットのなかでも二次的要素のないものを選び、最終的に可動型オリジナルフィギュア星人に進化した。この特徴的かつ独自性の高い関節は従来の可動フィギュアの弱点を完全に克服し、さらに圧倒的な強度を誇った。地球人のなかのだれも、この可動型オリジナルフィギュア星人に対する攻略手段を持たなかった。生みの親の原型師ですら「自分のガレージキットの弱点がわからない」と苦笑する有様だった。

 解析の結果、三つの属性に分裂する前の彼らが地球人のなかのあるひとりをサンプリングしていたことがわかり、さらにコピーすることができなかった四つめの属性があったことを突き止める。それが文章だった。
 アーカム大学の尾張氏は、彼らが文章を音と同じ属性であると判断し、途中でコピーを諦めたことを解説した。

「地球外知生は感情や思考を刺激するものを模した。簡単に云えば、感動を生じさせる芸術作品です。それが大きく分けて三つの属性だったのです。
 彼らは当初、人類にとっての【イラスト】を崇めるような何かと捉えていたのです。だからそれが安く売られることに対して価値の矛盾が生じた。デジタルになったのは、画像に価値の変動がないとわかったからです。紙のままではいずれ物理的に劣化する。これが価値を下げる要因であると彼らは判断しました。同様に地球にとっての【フィギュア】を創造的な何かであると捉えました。有機的な組み立ての動作に注目したのです。そして【サウンド】を意思を発するような何かと捉えた。つまり、イラストやフィギュアには感動要素はあるが意思疎通の役割はなく、人間は……いや、地球上の生物の多くは音でコミュニケーションしていると彼らは判断したのです。少なくとも初期段階では。しかし彼らは音と声を混合していた。だからまず言葉に擬態しようとした。声と音の区別がつかなかったのは、彼らにとって言葉の概念が曖昧だったからです。というより文字がわからなかった。動物は鳴き、植物は葉を揺らし、人間は声を持つ。それで意思疎通していると彼らは思っていたのだから、どうして文字を書くのかを理解できなかった。彼らにとって文字は、絵のように崇められているわけでもなく、彫刻のように創造的でもない、音のように会話するためにも使われない。そんなものに擬態しても仕方がない……そう、判断したわけです。彼らにとって文字は、最初に捨てた無価値の属性だった。けれど」

  可動型〝巨大〟オリジナルフィギュア星人が進化を続け、今やこの惑星で最も美しく強い個体になろうとしている。人類に対処法はなく、間もなく完全な芸術的支配者が誕生しようとしている。

 それを受け入れようとする人々を前に尾張氏は続けた。

「彼らは感動に擬態しようとしたけれど、どうして感動するかまではわかってない。そんな不完全なものに屈するのか。あのようなフィクションを理解できない存在に、君たちは負けるというのか。
 絵も彫刻も音も我々を進化させてきた文化です。けれど彼らが文字を理解できなかったのなら、それは致命的な弱点だ。唯一外来種の敵に対抗できるのはその部分です。あらゆる感動をコピーされても、人類が文字を捨てた知生体に負けるわけがない。地球外知性が立体と創造の化身となって侵略を開始したなら、物書きだけがそれに対抗できる。あれがもし絵でも、あれがもし音楽でも、文章ならば倒せる。そしてもし彼らが文章をコピーして、最強最悪の文章が生まれたら、そのときはイラストや、音楽や、フィギュアで倒してくれ。コピーできない新しい感動を、きみたちが作れば勝てる。圧倒的で理不尽な侵略でも、敵が知生体ならばフィクションで対抗できる。フィクションの力を信じろ。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?