アンヒューマン紀
エゴが「私」という思考を支えるにはその対極の思考である「他者」が必要だ。「私」という概念は「他者」という概念がないと生き延びられない。
-エックハルト・トール-
自分の歌と感情とを見つめたり感じたりしながら、
巨大な迷路の入り口に立っていました。
そもそも、感情はどうしてあちこちと彷徨うのだろう?
そもそも、何を伝えたいのだろう?
・・そもそも、私って何なんだろう?
音楽を通してカラーセラピー、アロマセラピー、ヨガ、精神世界の本など、自分の興味と縁に導かれて色々なものに触れてきました。
自分の中にある言語化できない何かは「大切である」ということ以外に明確な表現ができず、手を貸してくれる方々に迷惑ばかりかけていました。
そんなことばかりが続くと、心が小さくなっていく。
語彙力の無い、無知な、そのくせ我を通さないと気が済まない自分はなんてどうしようもない人間なんだろう。考えれば考えるほど、探せば探すほどわからなくなって、「私」を心から信じてあげられなくなった時だったのかもしれないな。そんなアンヒューマンな歌がコチラです。
うちは曲を先に作っていくので、その時代の傾向だったこともありますが、メロディがとてもシンプルな曲です。何より感情的であることを一度やめてロジカルに音楽に向き合ってみようという試みで歌入れをしていた時期でした。この曲は唯一、三和さんが詞を乗せてくれていて、不思議で精巧な言葉の世界観がそのまま音楽になっています。
最後に。心が小さくなっていて、自分自身を信じてあげられなくなったと書きましたが、面白いのは「そう思い込んでいただけ」だということ。
自分自身が望んだ変化なら簡単に受け入れられるのに、未知の変化は脅威に感じてしまう。自分が想像できない形へ変化することへの恐れが、混乱を生んで、影を作っていく。生きていればそんな日もあるよね。
今日も読んでくださってありがとうございます。
私の大切な曲、タイムラグを聴いてくださった方、ありがとう。