もう楽にして・・・ 1
仕事中に、八重ちゃんからの電話が鳴った。
出なくても、何となくわかった。
「美穂ちゃんの意識が朦朧としてるから、今すぐ来て」
パソコンの電源を落とす。上司に簡単に説明をし、旦那に連絡を入れ、そのまま岡崎の緩和ケア病院へ向かった。
会社を出てから着くまでの1時間半、最短時間を検索しながら、心は空っぽのまま。
昼過ぎに病院に着いて扉を開けると、美穂ちゃんがこちらを向いて微笑んだ。
「手を握って」
と美穂ちゃんは言った。
そして沢山喋ってくれた。
「ギブとはやっと色々話せるようになったよね。ギブが妹で良かった。色々ありがとうね。」
「先にお父さんのところに行くね。お母さんのこと、頼むね。」
私が、「美穂ちゃんの事大好きだよ。とっても尊敬してる。」って伝えると、美穂ちゃんは、とても嬉しそうに、照れ臭そうに、微笑み、涙を一筋こぼした。
それからも、時々苦しそうにしたり、痛そうにする事もあったけど、私たちの視線を感じると、ふと我に返り、少し会話を交わした。
時々、おかしな事も言った。
何も持たない手で、スマホを見ている仕草をしたり、何も持たない手で、ハサミを動かす動作をした。そしてハッと我にかえり「私、今何か言った?」「うん。わけわからん事喋ってたよ。」「やだあ、恥ずかしい。」そんなやり取りを繰り返した。
その度に涙が溢れそうになるけれど、こんな時間が永遠に続けばいいとも思った。いや、続くんじゃないかなって思った。
だって、美穂ちゃんはこんなにも近くにいて、そして息をしている。
果物を食べたいと言った。
小さく切ったリンゴや苺を、美味しそうに食べた。「美味しい?」って聞くと、黙って頷く。みんなで驚いた。
酸素のぶくぶくする音が、テレビの音に聞こえると言って笑った。えー、聞こえないよ と答えると、漫才してるみたいじゃない?と言った。
そんな事を繰り返しながらも、苦しそうな時間がどんどん溜まってきているのを感じた。