連続怪獣小説『大怪獣アイラ』#2
エイトセントラル女子高校、3年B組の同級生である加藤シホさんが、机や椅子でバリケードを築いて放送室を占拠した。
加藤シホさんは制服を着ない。みんながブレザーを着ている中で、ひとりだけ体育のジャージで登校している。加藤シホさんは学業優秀、であるけれど、誰からも評判が悪い。いつも誰かを睨みつけている。
公安にマークされているカルト宗教に属している彼女は終末思想の持ち主であり、だから桜島の巨大ミトコンドリアについても独自の解釈を持っていた。
とはいえくだんのミトコンドリアは数日前に雲のように消滅。
けれど次に起きた事象は、日本国を確かに掻き乱していた。
昼休みの後、5限目の私の数Ⅱの時間に加藤シホさんは、校内全域へ、最大音量で演説を始めた。
「神様が嘆いています。
みんな、どうして悔しくないの?
あの未確認飛行物体が桜島から消えてすぐ、今度は熊本の水前寺公園の上空に、体長およそ20mのミジンコが浮かびました。
みんな、中継の映像 観てる?
今も傾いた陽に透けて、足をごしごしと動かしながら宙に回転しています。
少しずつ移動していて、たぶんこのまま行けば熊本城に衝突します。
みんな、どうして悔しくないの?
神様が嘆いています。
あのミトコンドリアと、今回のミジンコ。これには必ず連関があり、おそらくは、いえ間違いなくこれは、神様の御意志です。
わたしたちの罪が、ミジンコとして空を飛んでいるのです。
祈りましょう。祈らないと、きっとみなごろ」
教室のスピーカーに突然、何かを壊すような雑音がして、次に「いいから来い!」という教頭の坂本の声が聴こえた。どうやら加藤シホさんは教師達に捕まったらしい。
加藤シホさんはカルト宗教に染まってはいるけれど、たとえばエヴァの碇シンジのモノマネが上手かったりジョン・エヴァレット・ミレイの『オフィーリア』を模写したりヴァージニア・ウルフの小説のリズム感を愛していたりする、とても美しい感性の人で、あんまり話したことはなかったけれど、もし今、この人を守るなら、たぶんそれは私だと決めつけて、席を立って、放送室へ向けて走った。
廊下を走っていると、職員室前で窓ガラスに消火器を叩きつけている加藤シホさんを目撃した。教頭の坂本はどういうわけか流血している右耳を押さえながら呆然としてそれを眺めている。ガラスが何枚も破れていく。教師がぞろぞろと、けれど遠巻きに彼女を取り囲む。
頼りにならない大人どもめ。
駆け寄って、消火器を蹴って放して、加藤シホさんを胸に抱いて呼び掛けた。いち髪の香りがした。
「怖くないよ。怖くない。」
すると加藤シホさんは、このように叫んでいた。
私の鎖骨のあたりで。
「どうして人類が泣くのかわかる?
みんな、どうして泣いてるの?
怖いからじゃないんだよ!
欲しいから泣いてる。
今じゃない今が欲しいから
過ぎ去らない今が欲しいから!
あたしが泣いてなにがわるいの……
……あたしが泣いたら、誰が寂しくなってくれるの?」
桜色に染めた髪を撫でると彼女は、胸に埋もれて嫌がって「クソが」と呟いた。
私はこの人を、美しく感じた。
ミジンコは熊本城に衝突。
そして雲に溶けて消えた。
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