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連続怪獣小説『大怪獣アイラ』#3

 三谷脚本の『古畑任三郎』、もっと古く言えばピーター・フォークの『刑事コロンボ』のように、殺人事件の犯人を冒頭で誰かわかるように描き、それについて刑事が追い詰めていくという、それまでのサスペンスの謎解きのシステムを逆に利用したエンタテイメント的な描写法がある。
 けれどこれについてはさらに遡ればドストエフスキーがすでに『罪と罰』で成功させていたことでもあった。
 というわけでここでネタバレを。
 最初はミトコンドリア、次にミジンコが出てきたこの連続怪獣小説ですが、『大怪獣アイラ』#3では、終わりの場面にキッシンググラミーというお魚さんが出てきます。
 今回の巨大怪獣は、キッシンググラミーです。
 ではどうぞ、前回の、放送室占拠事件の続きから。

 ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓

 明確に意図的な放送室の不法占拠・教師への傷害・校内設備の損壊であったにも関わらず、高校側は警察を呼ぼうとしなかった。加藤シホさんは正門まで担任に付き添われ、敷地を出るとすぐに御両親のワゴンで連れていかれた。きっと沈黙と戸惑いが支配する、けれど自分の家に。
 それを廊下の窓から見送ると私には、さらに数時間の教師からの尋問が課されていた。大人にも立場があるのはわかる。どこかに落とし所を見つけなければならない。彼らの早急の問題は「誰に責任を負わせるか」及び、いかに「責任を負う気はあったのに自然とそうはならなかった」という演技が出来るかということ。

 あとで知ったことだけれど、ちょうどこの日のこの夕刻、福岡県・九州産業大学の最寄り駅で電車が緊急停車。負傷者多数のこの事故の原因は、レールに大量に発生した海藻のような物体であった。複雑に絡み合い、蠢きながら増え続けるそれは、目撃した大学生によると「異常に磯くさい増えるワカメ」。この海藻は実際のところ巨大なサイズを別にすればワカメとしか呼びようがない形状であり、そして電車を超える速度でレールを埋め尽くしながら移動していったという。

 さて、放課後の話。
 とりあえず問題の多い当事者よりは、割って入った私をスケープゴートにしたほうが容易だと判断したようで、空き教室にほとんど軟禁状態で、様々な質問をされた。おそろしいことに、
「彼女とは恋愛関係にあったの?」
という、出どころ不明・プライベート無視の疑問を突きつけられた。
 恋愛関係にあれば共犯者に使える、ということだろう。
 幾つかの会話の記憶はある。私にとって不快ではない数少ない人物のひとりでもあった。でもそれだけ。
 私はただ、彼女を守る人間が誰か、あの時、誰かひとりでも必要だと感じただけ。
 けれど彼らにはそれが、よくわからないらしかった。
 孤独な誰かに出会って、その人と一緒にいてあげなければと思う。
 そんなに不合理?
 曰く、不可解?

 西陽の差し込む教室内、そこへ全員のスマホからJアラートの速報が響いた。
 尋問してくる数人の教師と同様に私も、すぐにスカートのポケットから端末を取り出して確認してみる。
 いつものように、北の某国からミサイルが発射されたらしい。どうせまたいつものように海に落ちて不発だろう。スマホをしまおうとしていると数秒後また、iPhone13にJアラート。と同時に、おそらくは近くの市役所のスピーカーから、聴いたことのない不穏なサイレンが耳をつんざくように街を包んだ。
「◯◯国から発射されたらしきミサイルは
福岡県東区周辺へ着弾。
着弾。
都民の皆様も只今より不要不急の外出を控え、
続いての情報をお待ち下さい。
繰り返します。
◯◯国から発射されたらしきミサイルは……」

 というわけで尋問はそこで終わり、先生達も部活生もどうやら警備のおじさんまですべてが帰宅して、学校はおそらく完全に無人化。帰り道、近所のスーパーも店仕舞いしていた。ファミマだけは普通に営業していた。あと、各局がニュース速報を流しているなか、テレ東は『けいおん!』を再放送していたらしい。てへぺろ。

 あとで知ったことだけれど、ちょうどこの日のこの夕刻、九産大最寄り駅のレールに巨大ワカメが発生、そのまま街から街を「増えながら」覆い尽くし、そして辿り着いたのが『海の中道海洋生態科学館』。様々な海洋生物を飼育・展示するこの水族館を巨大ワカメは包囲、そして増えながら「呑み込んだ」らしい。
 まるで蛾の繭のようにドーム状に一帯を囲んだワカメの群生体だったのだけれど、ちょうど「北のあの国」がミサイルを発射した直後、ワカメを突き破り宙空に、2匹の魚が浮かんだ。
 水族館の飼育員なら誰もが知っているはずのその形に、けれど臨場した誰もが「それが何か解らなかった」。あまりに大きすぎたからだ。

 「よく知っている」にも関わらず「そんなわけがない」から解らない。

 本来は数センチほどの小さな熱帯魚、なのに頭部から尾まで直径40mほどもあろうかというキッシンググラミーが2匹、突然に浮かび上がった。
 そしてこの2匹は向かい合い、くちをパクパクとしながらたまにその唇をぶつけあっている。
 いったい何を?

 九州全域の航空自衛隊は、既に感知した◯◯国からのミサイルへの対処のためにスクランブル発進をかけている準備中ではあったけれど、次に来た報告が「市民密集地区へ未確認生物発生」。いったい攻撃目標をどこに定めるべきか、官邸へ指示を仰ぎつつ待機せざるを得なかった。
 誰にも、何が起きているのか正確な判断は出来ない中、某国の新型ミサイルは大陸間を従来の3分の1の速度で通過、福岡へ到達した。

 キッシンググラミーという本来は小さなこの魚は、時折、クチとクチをぶつけ合う、という可愛らしい仕草をする。恋人同士のようなこの触れ合いを人間は、キスをするグラミーとして認識する。けれど実際にはこれは、彼らなりの「喧嘩」の仕方なのだ。彼らがキスをしている時、それは殴り合いと同じ。

 水族館上空に浮いて、ぶつかりあってはキスをする、体長40mほどのキッシンググラミーが2匹。
 そこへ大陸間弾道ミサイルが飛来。
 一体のキッシンググラミーの口の中へ、そのミサイルが真っ直ぐに突っ込んだその瞬間、もう一体のグラミーがその口を自身の口で塞いだ。
 すぐに彼らは宙空で、丸焦げになって地に落ちた。
 ミサイルの爆発の衝撃は彼らの体内だけで吸収されて、偶然にも、直下の街々の被害は少ないものになった。

 ☓ ☓ ☓ ☓ ☓ ☓

 余談、というには申し訳ないくらい私にはとても有り難いことなのだけれど、まぁこれを読んでくれている君には余談なのかもしれない。
 放送室を占拠した加藤シホさんと、彼女を助けようとした私について、学校側は「責任を問わない」と非公式に両家族へ告げた。
 加藤シホさんは確かに暴力行為を働いたけれど、それを止めようとした私への複数人の教師による「不条理かつ威圧的な尋問」について訴訟する準備をしている、という意思を、あのクレイジーな母とおどおどしている父がはっきりと学校側へ表明してくれた。とっても苦労したはずの、たくさんの署名の紙を抱きながら。
 当然ながら学校側からの謝罪は無い。けれど「不問」ということなので、かえって今後、学校の中ではわりと何をしても許される立場になったような気がしている。

 そうしてまた、解りかけてきたこと。
 加藤シホさんの言葉のとおり、あのミトコンドリア、ミジンコ、ワカメ、キッシンググラミーにはおそらく、間違いなく、連続性がある。
 なぜこの異常事態が同時期であるにも関わらず、他国で同時多発的に出現しないのか?
 地球全体の生態系の異常では無いからでは?
 つまりこれらの巨大生物の発生は

 一個体の生物が「姿を変えながら」移動しているのでは?

 ……ま、それはそうと、明日はお休みなので、ゆっくり眠りたい。
 近所の動物園でシカが脱走したんだそうだ。
 私はどうだろう?
 いったい何をどうすれば私は、私から脱走できるのだろう?




















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