さあ、襷を繋ごう!(男子編 その7 )
『ふたりの助っ人』
レースは4区へ。
レース展開はというと、1位と2位が大きく抜け出し、離れて3位と4位。少し離れた5位以下はやや縦長の展開。
しかし5位から出場圏外の11位までは35秒差しかなく、ひとつのミスが命取りになる予断を許さない状況となっていた。
前半3人の頑張りで6位と最高のスタートを切った我がチーム。
しかしそのタイム差を見ると、入賞もあれば出場権を逃す場合もあるというギリギリの闘いの中にあった。
そんな中、この4区と次の5区は戦前から凌ぐ区間との位置付けであり、苦しい展開になることは予想されていた。
そしてこの2区間こそが、県駅伝出場を果たすために越えなければならない最大の試練であった。
我がチームの4区はJ。
バリバリの元野球部で、瞬足巧打のショートストップ。しかもピッチャー、キャッチャーもこなす万能プレイヤーだ。
春のカップ戦で県3位になったこともある今年の野球部。
しかし最後の地区大会では延長の大接戦の末敗れ、県大会出場は叶わなかった。
そんな悔しい想いを胸に「駅伝では県大会に出る!」と入部してきてくれたのがJだ。
元々スピードと持久力があったとはいえ、たった3カ月の駅伝練習でHやIに迫る走力を身に付けるまでになっていた。
それもそのはず、これは後に聞くことになるのだが、入部当初今の自分の体型では走れないと悟り、内密にダイエットに励んでいたと言うのだ。
今の野球は中学生と言えど体重を増やしパワーを付けるのが主流。確かに入って来たときのJはガチムチであった。
それを約3ヶ月で7キロ落としたと言うのだ。
正直これにはショックを受けた。
成長期にある中学生が一時的とはいえ、走るためにダイエットをし、そしてその変化に気付けなかったのは完全に私の落ち度である。
J、ごめんなさい。本当にごめんなさい。
ただ、怪我や体調不良がなくて本当に良かったです…。
そんな頑張り屋のJが襷を受け取ると、一気に加速し前を追った。
そしてすぐに5位の選手の後ろに付いた。
長距離の難しさのひとつは、序盤の疲労の無い状態でいかに自分を抑え、スピードの出し過ぎを抑え、上手くレースに入れるか。
Jに対する心配ごとは、その部分も含めたレース経験の少なさ。レースマネジメント力不足にあった。
そしてその不安は的中することになる。
明らかに入りが速い…。
いわゆる「突っ込みすぎ」である。
「チームは想定外の6位!前の選手も見える!自分も頑張るぞ!うぉ、何か体が軽い!いける!いけるぞ!」と、走り出しはそんな感じだったと思う。
調整がバッチリ決まった時ほど陥りやすい罠。
+経験不足…。
(こればっかりは仕方ないよ)
芝生の丘を越え1キロを通過。
ツケが回る。
付いたはずの5位選手から離され始める。
目の前を走り抜けるJに、落ち着くよう声を掛けるが時すでに遅かった。
次に野球場の向こうに見えた時には、顎が上がり、上体は浮き立ち、見るからに苦しい走りとなっていた。
順位は2人に抜かれ8位。
残り区間を考えたらこれ以上落とせないギリギリのところまできていた。
しかしそんなことはお構いなしに襲い掛かる後続のチーム。
残り500mの坂の入り口に差し掛かったときにはもうひとりに抜かれ9位。
そのときのこちらの胸中ときたら、不安と心配でもう吐きそうなほどオエオエ。
心の中でひたすら「J頑張れJ粘れJ頑張れJ粘れ」と呪文のように唱えていた。
4区も最終盤。
突っ込み過ぎて足が上がり、もはや打ち上がる寸前のJ。
キツさに耐えきれず、気持ちが切れて一気にペースダウンしてもおかしくない状況。
それでもJは精一杯粘りに粘っている。
流石、学校一練習が厳しいと言われる野球部で磨いてきた体の強さや根性は伊達ではない。
そして体重を落としてまでこの大会に懸けたJの執念が、どこかからエネルギーを引き出し走らせているようにさえ見えた。
そして競技場に入る。
Jらしい体幹の強さを生かした軸のしっかりとしたフォームは消え失せ、動きも見るからに重い。
しかし最後にほんの僅か残った力の、その一滴一滴を振り絞るように走っていた。
まるで泥の中をもがくように、足掻くように、それでも必死に動かし、仲間に1秒でも早く襷を繋げようとするJの姿にまた涙が出た。
県駅伝出場という目標を叶えるために必要だった最後の1人。
陸上部外からの助っ人という初めての試みにも、自ら手を上げ、キツい練習に耐え、そして求められた役割を十二分に果たしてくれた。
ナイスラン。
駅伝をやってくれてありがとうJ。
ホントありがとうな。
よく走ってくれた。
そんなJを、競技場に響き渡る程のドスのきいた大声でリレーゾーンから呼び寄せる男がいる。
「ラストJ!!ラストだぁ!!来いやぁ!!」
その声の主は5区の走者。
そう、その男こそもうひとりの助っ人。
駅伝嫌いの応援団ハードラーことK。
(ごった煮)
そんなKが襷を受け取ると、苦しかったJの3キロの闘いを労うように肩をポンと叩いてから静かに走り出した。
そして、この走りだした男Kこそがこのレースの肝中の肝。
『Kimo in the Kimo! HA-HA!』←
その話はまた次回…
さあ、襷を繋ごう!
つづく