さあ、襷を繋ごう!(男子編 その8)
『肝 -kimo-』
さて残すは5区と6区のみ。
順位は9位。(県駅伝出場権は10位まで)
我がチームの5区はK。
Kは110mハードルと幅跳びの選手で、4×100mリレーのメンバーでもある。
あと、部の円陣で声出しをする係。
あと、恐竜と兵器をこよなく愛している。
そしてハイテンションか沈んでいるかどちらか。
まあ、基本的には元気な声のデカい愉快な男である。
そんなKは「長距離が大嫌いだ」と公言してはばからない。
理由は「キツいから。苦しいから。」←
そんな男がなぜ駅伝部にいるのか?
理由は簡単。
父親に「早々に陸上部を引退しても勉強をするわけがないし、どうせろくでもないんだから駅伝をやれ。」
という恐ろしいものだった。
(それに従うKも偉いが…)
本当のところは、長距離は嫌いだけど、「仲間ともっと陸上をやりたい」という気持ちだったと思う。
そんなKのその走力はというと…
・・・レギュラーで一番劣る…。
しかもその時の気分によって、ちゃんと走る時もあるしジョグほどのスピードになる時もある…。
口癖は「もう無理…」(おい)
それはそう。
短距離の選手が長距離を走るのはキツい。超キツい。
そもそも筋肉とエネルギー供給系がそうなっていない。
そしてその「キツさ」に対する耐性も長距離選手のそれとは違う。
短距離は速筋に爆発的なパワーを発揮させるため「ケツワレ」に代表される筋疲労系の短時間爆発的キツさ。
一方長距離は走り続けられるギリギリのラインで心肺に負荷を掛け続ける、ジワジワゼーゼーハーハーのキツさ。
Kはそんな長距離的キツさが大嫌いなのだ。
実際、
「俺、県大会の掛かった駅伝とか無理です…」
「俺、大会に出ませんよね…?」と
事ある毎に訴えていた。
しかし戦力から見て、どう考えてもKには走ってもらわなければならなかった。
このKの強化はもちろん、前述した気持ちによってジョグほどの走りになってしまう癖がレースで出ないか…?
いわば
『Kがレースでちゃんと走ってくれるか問題』
大袈裟に言うと、これこそが県駅伝出場権獲得への最大懸念事項であり、このレースの
『肝(きも)』
であった。
対策① Kの強化
基本的に長距離の練習をしたくない人間なので、ポイント練習の時はとにかく上手くはぐらかしながら、
「大丈夫、Kならやれるさ。何も考えず眠ったように走れば大丈夫、すぐ終わるさ…」と、よく分からない声掛けをし走らせていた。
そうこうして入部から3カ月が経った。
そして駅伝メンバー発表の日、自分が走る事が確定するとさすがに覚悟を決めたのか
「俺、どうすればいいですか…?」とアドバイスを求めてきた。しめしめ…。
対策② Kの走る気を引き出す
「Kのミッションは、とにかくアンカーのFに襷を繋ぐこと。でも速く走ろうとか、何位にならなくちゃとか、そんなことは考えなくていいよ。頭の中をクリアに、ただ自分の身体、体力、苦しさと向き合い、走り終わったときに『全てを出し切った』と思えるように走ろう。それがKのタスクだよ。名付けて『心頭滅却すれば火もまた涼し。作戦』だ!」
と伝えた。
すると、
「そのミッション自分に任せて下さい…、自分やります…」
と言ってくれた。(ひやひや)
(Kは軍事や兵器に明るいので、ミッションとかタスクとか作戦とか言うと喜びます)
そんなKが襷を肩に走り出した。
(どんな奴だよ‥)
大歓声の中でも目を細め全くの無表情である。
一切をコントロールし、己の心と対話しているようだった。
まるで山奥の小さな池に一匹で浮かぶアメンボが如く、湖面に波紋をたてないよう静かに、しかし伸びやかに進んでいた。(何言ってんだ?)
1キロ地点。目の前を通過するK。
「Kナイスリズム!自分との勝負だから!」
と声を掛けるとそのまま小さく頷いた。
「なぜ走る?走るとは?仲間とは?苦しさとは?」
残りの2キロ、Kはそのひとつひとつと真正面から向き合っていた。
立派だった。
そして見事に11分間のミッションを完遂してみせた。
一言で言うと、
ちゃんと走った!超ちゃんと走った!
きっちりと9位を守り切り、アンカーFに襷を繋いでくれた!
まさに死守!!
ゴール後、真っ白になり大の字に倒れ込んだK。
(その表情は確認できなかったが、満足感で満たされてたら嬉しいな…。)
凄い!凄い!とにかく良く頑張った!Kありがとう!最高ぅ!!
(語彙&雑)
そしてKから魂の走りとタスキを受け取り、9位で走り出したF。
しかし10位とは6秒差、出場権外となる11位とは7秒差。
まさに死闘!大混戦!!
どうなるの?ねぇアンカー勝負どうなるの??!!
って、それはまた次のお話。
(下手すると数ヶ月後)←
『さあ、襷は繋がった!行こう、県駅伝へ!!』
つづく
おまけ
K、レース後の感想。
「人生最高にキツかったです!もう二度と駅伝はやりません!でも楽しかったです!」←
以上。