旅と名所絵葉書
旅先から手紙を送る。なんて行為がものすごく風流なものになってしまって随分と経つ気がする。
海外にいた時に、なんとなく実家に一枚送ったものの、エアメールの到着よりも自分の方が早く帰宅してしまった。なんてマヌケなことになってしまったのを思い出す。
旅慣れてない頃にやりがちなミステイク。
いまなら間違いなくEメールでほぼタイムラグなくやりとり出来てしまうわけだから、絵葉書を旅先から送るのは廃れるのも仕方ない文化なのかもしれない。
年賀状も暑中見舞いも送らない(逆に相手に気を使わせてしまいかねないし、もはや民間事業者である〒の思惑通りに動くのも癪に触る)し、ペンフレンドもメル友にとって変わられたわけだしね。
「いま、ボクはこんなところで暮らしています」
をイメージしやすいのが風景写真絵葉書だったけど、いまや添付画像か動画の時代。
コレクション要素がメインとなってしまったポストカードが未だに土産物屋の店頭に並びつづけるのは何故なんだろう。(仕入れ値の安さと在庫管理のしやすさでしょうよ)
しかし、葉書サイズの写真を部屋に飾るのも難しいし、お土産だよ!と12枚パックの名所ポストカードボックスを渡されても「あ、はい…」となってしまいそう。
比較的価格も安価な部類であるし、なにか使い道があればいいのにな。といつも見かけるたびに思ってしまう。
同じのを10枚くらい買ってシャドーボックス(わからない人は検索してね)を作ってみるなんてのも楽しいかもしれない。
超立体奥行きバリバリのギンギラ千手観音シャドーボックスをわざわざ制作してお土産として渡すという、かなり手の込んだハイブロウな困らせ術なんて考えただけでワクワクする。
そんなものを作る素材として絵葉書を大量に買いに行く目的の無駄な旅をしたいな。
一見馬鹿げたことの中に、何かの大きなヒントがある。
偉そう。
GIO.