34)ミトコンドリアの品質を高めるミトファジーとミトコンドリア新生
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術34
ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。
【加齢に伴うミトコンドリア機能の低下が様々な病気を引き起こす】
加齢は時間に比例して徐々に進行する組織や臓器の機能低下を引き起こし、慢性疾患に罹患しやすくなり、最終的には死に至ります。
がん細胞は組織幹細胞におけるゲノムDNAの突然変異の蓄積によって発生します。この遺伝子変異は時間に比例して蓄積するので、加齢は遺伝子変異の蓄積の最大の原因になっています。これが加齢とともにがん細胞の発生が増える理由です。
さらに、がん細胞を排除する免疫細胞の働きも加齢によって低下してくるため、発生したがん細胞の増殖を許してしまいます。つまり、体の老化による組織機能の低下はがんの発生を促進することになります。免疫力の低下はがんだけでなく、感染症の発症を増やします。
加齢によって全身筋肉量と筋力が低下し身体機能が低下します。この状態をサルコペニア(加齢性筋肉減弱現象)と言います。さらに、加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下した「虚弱」な状態をフレイルと言います。
近年、サルコペニアやフレイルという老化現象や、様々な老化性疾患の発症に、ミトコンドリア機能の低下の関与が重要視されています。筋肉やその他の組織のミトコンドリアの量や機能の低下が、組織や臓器の機能低下の原因になっているからです。
糖尿病やメタボリック症候群、神経変性疾患、循環器疾患、がんなど多くの疾患の発症がミトコンドリアの機能障害との関連が強いことが明らかになっています。
健康的な加齢、老化関連疾患の予防、長寿達成のためには、ミトコンドリアの品質と機能を高めることが最も重要と言えます。
図:体の老化に伴って、全身の組織や臓器の細胞のミトコンドリアの量と機能が低下し、多くの老化性疾患を引き起こしている。ミトコンドリアの量を増やし機能を高めると、組織や臓器の機能を若返らせることができる。
【ミトコンドリアは自分で若返っている】
自動車が故障して止まったり、車体に傷をつけた場合、人間が修理しなければ元の状態に戻れません。
しかし、生き物は、傷ついたり病気になっても、自分で元の状態に治すことができます。骨折したり、怪我をしても、その傷は時間が経つと自然に治ります。生き物には、再生力や回復力や治癒力があるからです。
細胞は、自分で若返らせるようなこともやっています。例えば、ダメージを受けたり古くなったミトコンドリアを廃棄し、新しいミトコンドリアを増やすことによって、細胞内のミトコンドリアを若返らせています。
ミトコンドリアの完全性を維持し、正常なミトコンドリア機能を確保するために、細胞内ではミトコンドリアの品質を管理するメカニズムが存在します。細胞に備わったミトコンドリア品質管理システムを利用して、ミトコンドリアの正常な機能を回復させ、損傷したミトコンドリアの構成要素を排除および交換することにより、ミトコンドリアの機能を正常化させ、病的な細胞を正常に戻すことができます。
図:ダメージを受けたり、古くなったミトコンドリアはミトファジーによって分解され、正常なミトコンドリアは分裂して数を増やすことができる。このようにして、ミトコンドリアの品質を良い状態に維持している。
【古くなったミトコンドリアはオートファジーで除去される】
オートファジー (Autophagy) は細胞内タンパクや小器官を二重の脂質膜で包み込み、これをリソソームに輸送して分解する仕組みです。「auto-」はギリシャ語の「自分自身」を表す接頭語で「phagy」は「食べること」の意で、「自食(じしょく)」と日本語訳されています。
細胞質に隔離膜と呼ばれる扁平な小胞が現れ、膜は細胞質内の異常タンパク質や細胞内小器官を取り込みながら伸長し、先端どうしが融合して、オートファゴソームが形成されます。 オートファゴソームがリソソームと融合して内包物は分解されます。自己消化で得られたアミノ酸は栄養源として再利用されます(図)。
図:小胞体から分離した隔離膜と呼ばれる扁平な小胞が現れ(①)、異常なタンパク質や細胞内小器官を取り込む(②)。その後、膜は細胞質を取り込みながら伸長し、先端どうしが融合して、オートファゴソームが形成される(③)。 オートファゴソーム内にはミトコンドリアなどの大きな細部内器官も含まれる。オートファゴソームがリソソームと融合すると(④)、内包物は分解される(⑤)。自己消化で得られたアミノ酸、脂肪酸、核酸は栄養源として再利用される。
細胞は栄養飢餓に陥るとオートファジーにより細胞質内のタンパク質や小器官(ミトコンドリアや小胞体など)の一部を分解および再利用し、細胞の生存に必要なエネルギーやアミノ酸を得ています。
さらに、オートファジーを使い老廃物や損傷したミトコンドリア、病原体、異常タンパク質を除去しており、それにより神経変性疾患、がん、糖尿病、心不全、各種の炎症や感染症など、さまざまな疾患の発症を抑制していることが明らかになっています。つまり、オートファジーは細胞内の老化した成分を除去して細胞を若返らせる作用があります。
オートファジーの機序でミトコンドリアを分解することをミトファジーと言います。カロリー制限や絶食はミトファジーを亢進して異常なミトコンドリアの除去を亢進します。
オートファジーが抑制されると腫瘍が発生しやすくなります。これは、細胞内に異常タンパク質や不良ミトコンドリアが蓄積することが引き金になると考えられています。
【スペルミジンはオートファジーを促進して老化を抑制する】
スペルミジンは、すべての生物に存在する天然ポリアミンで、細胞の成長と増殖、組織の再生、核酸(DNAとRNA)の安定化、酵素活性の調節、タンパク質翻訳の調節など、多くの生物学的プロセスに影響を与えます。さらに、スペルミジンは抗炎症作用と抗酸化作用を示し、ミトコンドリアの代謝機能と呼吸を促進します。
スペルミジンの外来性補給は、マウスを含むさまざまなモデル動物の加齢および加齢性疾患に様々な有益な効果を発揮します。たとえば、スペルミジンの摂取は寿命を延ばし、心臓と神経を保護し、抗腫瘍性免疫応答を刺激し、メモリーT細胞形成を刺激することで免疫老化を回避する作用があります。
これらの抗老化作用の多くは、細胞保護的オートファジーの促進と関連しています。スペルミジンはオートファジーを刺激する作用があります。オートファジーについては28話で、スペルミジンについては29話で解説しています。
細胞のオートファジーを促進すると、老化した細胞成分や細胞内小器官を若返らせる効果があります。がん、神経変性、心血管疾患などの加齢に伴う状態は、有毒な物質の細胞内蓄積に直接関係しており、オートファジーによるその除去は、加齢性疾患の発症を抑制します。
スペルミジンの組織濃度は年齢依存的に低下します。これは、オートファジーの減少を意味し、加齢性疾患の発症を促進する可能性があります。
100歳以上の超長寿の人はポリアミンの低下が少ないという報告があります。つまり、ポリアミンの体内量を若い人のレベルに維持できる人が長寿を達成できることを示唆します。
スペルミジンは動物や植物や微生物などほとんどの生き物に存在するので、私たちは食事からスペルミジンを摂取しています。鶏レバーや納豆、キノコ類、チーズ、小麦胚芽などに多く含まれます。スペルミジンは大豆に多く含まれ、大豆を発酵して作る納豆や味噌や醤油にはさらに含有量が高くなっています。
私たちは、1日に平均10mg程度のスペルミジンを食事から摂取していますが、食事の内容によって食事から摂取するスペルミジンの量は大きな個人差があります。
加齢とともにポリアミンの体内産生量は減少します。年齢を重ねるごとにスペルミジンを合成する酵素の量や活性が低下するためです。
図:ダメージを受けたり老化したミトコンドリアはミトファジーによって分解される。スペルミジンはミトファジーを促進する。スペルミジンは鶏レバーや納豆、キノコ類、チーズ、小麦胚芽などに多く含まれる。
【ミトコンドリアは増やすことができる】
細胞内でミトコンドリアが新しく生じることをミトコンドリア新生 (Mitochondrial biogenesis)と言います。
ダメージを受けて機能異常を起こしたミトコンドリアはミトコンドリアに特異的なオートファジーによる除去システムのミトファジー(mitophagy)によって分解され、新しいミトコンドリアがミトコンドリア新生によって作られます。
このようなミトファジーとミトコンドリア新生のバランスによってミトコンドリアの品質が決まります。これは、ミトコンドリアの品質を良くすることも可能であることを意味します。
図:細胞内のミトコンドリアの数や体積や形態や機能は、ミトコンドリアの新生(発生)、融合、分裂、分解(ミトファジー)のバランスで制御されている。融合が進行すると大きな管状のネットワークを形成し、分裂が進むと小さなミトコンドリアが増える。ミトコンドリアの融合と分裂のバランスの異常が、様々な疾患の原因となっている。(参考:Journal of Cell Science 123: 2533-2542, 2010)
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)はミトファジー(ミトコンドリアの分解)を誘導し、ミトコンドリア新生を促進します。AMPKを活性化する薬として糖尿病治療薬のメトホルミンやブルーベリーに含まれるプテロスチルベンがあります。つまり、メトホルミンやプテロスチルベンはミトコンドリアの品質を良くする効果が期待できます。運動やカロリー制限やケトン食や魚油もAMPKを活性化します。
ミトコンドリア新生で最も重要な働きを担っているのが、PGC-1α(Peroxisome Proliferative activated receptor gamma coactivator-1α)です。日本語訳は「ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α」です。
PGC-1αは転写因子のPPAR-γと結合して、PPAR-γの転写活性を高める因子として見つかりました。
PGC-1αは核内受容体を中心とするさまざまな転写因子と結合し標的遺伝子の発現を制御する転写コアクチベーターです。骨格筋、心筋、脂肪、脳などの臓器においてミトコンドリアの生合成および酸化的リン酸化を促進するなど細胞のエネルギー産生を制御する役割が知られています。
運動すると骨格筋のPGC-1α量が増えます。
運動や絶食やメトホルミンがAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、AMPKはサーチュインを活性化して転写因子のPGC-1αとFOXOファミリータンパク質を活性化し、ミトコンドリア機能や代謝を制御することが知られています(下図)。
図:運動や絶食やメトホルミンは筋肉細胞内のAMP/ATP比を上昇し(①)、AMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する(②)。AMPK活性化はNAD+/NADH比を高め(③)、サーチュイン1(SIRT1)を活性化する(④)。AMPKはPGC-1α(Peroxisome Proliferator- activated receptor gamma coactivator-1α:ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)をリン酸化し(⑤)、さらにSIRT1で脱アセチル化されて活性化する(⑥)。サーチュイン1はFOXOファミリーなどの転写因子を脱アセチル化して活性化する(⑦)。活性化したPGC-1αやFOXOはミトコンドリア機能や代謝を制御する。(図中のPはリン酸化、Acはアセチル基を示す)
【ミトコンドリア新生を亢進するとミトコンドリア機能異常を改善できる】
高脂血症治療薬のベザフィブラートはPPARを活性化し、ミトコンドリア新生を亢進するPPARγコアクチベーター-1α(PGC-1α)の発現を増強します。ベザフィブラートでミトコンドリア新生を亢進し、ミトコンドリア機能を活性化すると、ミトコンドリアの機能異常を是正できるという報告があります。
ミトコンドリアDNAの変異などでミトコンドリアの酸化的リン酸化の活性が低下した細胞にベザフィブラートを添加すると、ミトコンドリアの量が増え、ミトコンドリアのタンパク質の合成が亢進し、酸化的リン酸化活性が上昇し、ミトコンドリアにおけるATP産生能を亢進することが培養細胞や動物実験で報告されています。
ベザフィブラートはミトコンドリア新生を亢進するだけでなく、さらに異常なミトコンドリアの分解(ミトファジー)を亢進して、ミトコンドリアの品質を良くできます。スペルミジンはオートファジーを亢進し、古くなったミトコンドリアの分解を促進します。
PGC-1αの発現と活性を高める方法として、カロリー制限や断食、メトホルミン、プテロスチルベン、ケトン体のβヒドロキシ酪酸、PPARのリガンドのベザフィブラート、NAD+を増やしサーチュイン1を活性化するニコチンアミド・モノヌクレオチドとニコチンアミド・リボシドなどがあります。
この様な方法を組み合わせてミトコンドリア新生とミトファジーを亢進すると、ミトコンドリアの品質をよくできます。その結果、体の老化を抑制し、寿命を延ばすことができます。(図)
図:PPARの汎アゴニストのベザフィブラートや、AMP活性化プロテインキナーゼやサーチュイン1を活性化するカロリー制限、断食、メトホルミン、プテロスチルベン、ケトン体のβヒドロキシ酪酸、ニコチンアミド・リボシド、ニコチンアミド・モノヌクレオチドはPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)を活性化する。PGC-1αはミトコンドリア新生を亢進して新しいミトコンドリアを増やし、ミトファジーを亢進して異常なミトコンドリアの分解を亢進する。スペルミジンはミトファジーを亢進する。これらを組み合わせると、ミトコンドリアの品質を良好に維持し、老化を抑制し寿命を延長できる。