120)ケトン・サプリメントの健康作用(その2):R-1,3-ブタンジオール
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術
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【ケトーシス(ケトン症)には内因性と外因性がある】
通常は、ケトン体の血中濃度は0.3 mmol/L(mM)以下と極めて低値です。しかし、絶食すると数日で増え始め、10日くらいするとブドウ糖濃度(血糖値)を超え、脳の神経細胞もケトン体が主なエネルギー源になります。
絶食時にケトン症が起こるのは、脳の神経細胞にエネルギー源を供給するための生理的な現象で、生理的ケトーシスと言います。一般に、血液中のβヒドロキシ酪酸の濃度が0.5 mM以上に増えている状態をケトーシス(ケトン症)と言います。
ケトーシスには内因性ケトーシスと外因性ケトーシスがあります。
内因性ケトーシスは飢餓、断食、ケトン食(低糖質+高脂肪食)、糖質摂取が少ない状況での激しい運動の後に発生します。これらの状態では、ブドウ糖(グルコース)の利用は制限され、体脂肪が燃焼することによってケトン体が産生され、ケトン体を脳やその他の末梢組織に代替燃料源として提供します。人間は、長期間の断食中に毎日約 150 g のケトン体を生成することができます。
図:飢餓、断食、ケトン食(低糖質+高脂肪食)などの状態では、ブドウ糖(グルコース)の利用が制限され、体脂肪(脂肪酸)が燃焼することによって肝臓でケトン体(アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸)が産生され、ケトン体は血中に移行し、脳やその他の末梢組織に代替燃料源として提供する。このように体脂肪の燃焼が亢進してケトン体が増えた状態を内因性ケトーシスと言う。
外因性ケトーシスは、ケトン体またはケトン体前駆物質を含む化合物を摂取した結果、血中ケトン体濃度が上昇した状態です。糖質制限は必要とせずに血中ケトン体濃度を高めることができます。
外因性ケトンの例には、中鎖トリグリセリド (MCTオイル)、ケトン塩、ケトンエステル、R-1,3-ブタンジオールが含まれます。これらはケトン食の代替として、食事制限なしで軽度のケトーシスを達成できます。
図:絶食時には体脂肪(脂肪酸)が燃焼することによって肝臓でケトン体(アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸)が産生され、ケトン体は血中に移行し、脳やその他の末梢組織に代替燃料源として提供する。β-ヒドロキシ酪酸およびそのミネラル塩(ケトン塩)、ケトンエステル、R-1,3-ブタンジオール、中鎖トリグリセリド (MCTオイル)を摂取すると、体脂肪を燃焼させずに体内のケトン体濃度を高めることができる。
ケトン療法の実用性を広げる努力の中で、食事による糖質や脂肪の摂取に関係なく生理学的ケトーシスの状態を誘発する外因性ケトンサプリメントを開発およびテストしてきました。
外因性ケトンは、血中ケトンの用量依存的な上昇を誘発します。個人のニーズと好みに応じて、普通食、糖質制限食、またはケトン食に加えて使用されています。現在利用可能な外因性ケトンサプリメントには、中鎖トリグリセリド (MCTオイル)、ケトン塩、ケトンエステル、R-1,3-ブタンジオールなどが含まれます。
中鎖トリグリセリド (MCTオイル)は炭素数 8 と 10 の脂肪酸の混合物で構成され、遊離脂肪酸に効率的に分解され、門脈を経由して肝臓に取り込まれて、肝臓で急速に代謝されてケトン体を生成します。摂取量が多いほどケトン体濃度は上昇しますが、胃腸に対する刺激症状(腹痛や下痢など)によって使用量は制限されます。
MCTオイルの場合は、小腸でリパーゼで脂肪酸とグリセロールに分解されて、門脈から肝臓に吸収され、肝臓で分解されてβヒドロキシ酪酸が産生されて血中に移行するので、血中濃度がピークになるのに3〜4時間程度かかります。
ケトン塩というのはβヒドロキシ酪酸のミネラル塩(ナトリウム、カリウム、カルシウム塩)です。βヒドロキシ酪酸のカルシウム/ナトリウム塩を製品化したものや、βヒドロキシ酪酸のナトリウム/カリウム塩を製品化したものなどがあります。
カルシウム/ナトリウム塩やナトリウム/カリウム塩はナトリウムなどの摂取量が増えるのでβヒドロキシ酪酸の摂取量は10〜30グラムが限界です。一度に多く摂取すると、塩類による下痢が起こります。しかし、尿がアルカリになるので、βヒドロキシ酪酸の尿中排泄量が増えて酸性になる尿を中和してくれるメリットはあります。
ケトンエステルはβ-ヒドロキシ酪酸に1,3-ブタンジオールなどがエステル結合したものです。
エステル結合とは酸と水酸基の脱水縮合によって形成される共有結合です。 狭義ではカルボン酸とアルコールによって形成された結合を意味します。
消化管などでエステル結合が分解されてフリーのβ-ヒドロキシ酪酸ができます。1,3-ブタンジオールも肝臓で代謝されてβ-ヒドロキシ酪酸になります。
ケトンエステルは特許によって製造・販売が制限されており、日本ではまだ普及していませんが、米国などでは運動パフォーマンスを高めるサプリメントなどとして販売されています。β-ヒドロキシ酪酸濃度を高めるので、認知症など神経変性疾患やがんの治療などにも利用されています。ただ、まだ価格が高いようです。
ケトンエステルの合成に使われるR-1,3-ブタンジオールは物質特許が無いので、比較的安価に利用できます。ただ、R体とS体のラセミ体だと生理活性のあるD体のβ-ヒドロキシ酪酸は半分しかできません。
【1,3-ブタンジオールにはR体とS体の2つの光学異性体がある】
同じ分子式を持ちながら、分子内の原子の配置が異なる化合物を異性体といます。たとえば、グルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)は同じ分子式(C6H12O6)を持ちますが、原子の配置が異なるために異性体となります。(下図)
「鏡像異性体」とは、立体化学的には同じ分子式や原子配列を持ちながら、空間構造が左右対称であるために光学的性質が異なる分子のことを指します。炭素原子に4つの異なる原子団が結合すると、鏡像異性体が存在することがあります。炭素原子が4つの異なる置換基で置換されている場合、その炭素原子は不斉炭素原子と言います。(下図)
図: 4つの異なる置換基で置換されている炭素原子を不斉炭素原子と言い、不斉炭素原子を持つ化合物は右手と左手のように、鏡に映った状態と同じ構造の異性体(鏡像異性体)ができる。
一方の異性体が光学活性であれば、もう一方の異性体も光学活性ですが、回転方向が逆になります。このように、鏡像異性体同士は物理的・化学的性質はほぼ同じでありながら、光学活性や生物学的活性などが異なることがあります。
生物分野では、鏡像異性体の中でも、アミノ酸や糖などの分子の立体異性体が重要視されます。たとえば、天然に存在するアミノ酸は全てL-アミノ酸であり、D-アミノ酸はほとんど存在しません。また、糖についても、グルコースやフルクトースなどはD-糖であり、L-糖は天然にはほとんど存在しません。このように、生物が利用する化合物は、特定の鏡像異性体のみが利用される場合が多いことが知られています。
鏡像異性体を区別するために、D体とL体、R体とS体が使われますが、詳しい事は略します。
不斉炭素原子を有し、鏡像異性体が存在する化合物を化学合成すると、通常、両方の鏡像異性体が等量存在する混合物ができます、これをラセミ体と言います。
ラセミ化は、医薬品などの製造において問題となる場合があります。鏡像異性体のうち、特定の鏡像異性体だけが効果を持つ場合があるため、ラセミ体の場合には効果が半減してしまうことがあります。場合によっては効果を阻害する場合もあります。このため、化学合成においては、できるだけ単一の鏡像異性体を得るような手法が開発されています。
β-ヒドロキシ酪酸を化学合成するとD体とL体の2種類が1:1に混ざったものができます。これをラセミ体と言います。人体で生理的に産生され、体内で生理活性を示すのはD体なので、化学合成したラセミ体では半分の効果しかありません。
細菌を使った製法では自然に存在するD体のみが得られます。最近ではD体のみのβ-ヒドロキシ酪酸を使ったケトンサプリメントも販売されています。
1,3-ブタンジオールの場合は、R体とS体の2種類の異性体があります。体内(肝臓)でD体のβ-ヒドロキシ酪酸に変換されるのはR体の1,3-ブタンジオールです。
図:R-1,3-ブタンジオールは肝臓で代謝されてD-β-ヒドロキシ酪酸に変換される。
【R-1,3-ブタンジオールはサプリメントとしての利用されている】
R-1,3-ブタンジオールは透明で粘稠な液体で、水に溶け、わずかに甘い味がします。 溶媒、湿潤剤(水分の保持を助けるため)、および他のさまざまな化学物質の製造における化学中間体として一般的に使用されています。 また、ポリエステルやポリウレタンなど、特定の種類のプラスチックの製造にも使用されます。
R-1,3-ブタンジオールは全くの無毒です。
1,3-ブタンジオールをラットに 43 日間、炭水化物 の代替として自由に与えた場合(1日カロリーの 23.4% で高脂肪食に追加された) 、1,3-ブタンジオールは容易に代謝されることが示されました。
成長期の若いラット、ニワトリ、ブタに、段階的なレベルの 1,3-ブタンジオール を含む飼料を与えました。エネルギーの最大 20% を 1,3-ブタンジオール に置き換えても、これらの種の体重増加や食物効率には影響しませんでした。
米国では1950年代から、長期にわたる有人宇宙旅行のための栄養密度の高い食品の開発が行われました。スクリーニングされた多くの既知の化合物の中で、1,3-ブタンジオールが最も有望でした。1,3-ブタンジオールは、ラットの食事で 20% を超えないレベルで与えられた場合、1g当たり約 6 kcal を供給します。1g当たりのカロリーはグルコースが4 kcal、脂肪が9 kcalです。
1,3-ブタンジオールは肝臓でβヒドロキシ酪酸に変換され、最終的に (末梢組織レベルで) アセト酢酸 に変換されエネルギー源として利用されます。R-1,3-ブタンジオールを10g摂取すると、糖質制限やケトン食を実践しなくてもβヒドロキシ酪酸の血中濃度を1mM程度まで数時間高めることができます。
米国では既に、R-1,3-ブタンジオールのサプリメントが販売されています。苦味がありますが、10倍以上に水などで希釈すれば簡単に飲めます。個人的にはコーヒーに混ぜて飲用すると、苦味の強いコーヒーくらいの味で抵抗なく飲めます。
低用量の1,3-ブタンジオールは、ケトン体β-ヒドロキシ酪酸とは無関係に、加齢に伴う血管機能障害を逆転させることが報告されています。以下のような論文報告があります。
【要旨の抜粋】
世界人口の高齢化に伴い、寿命を延ばし、血管系などの重要な末端器官の劣化を減らすために、新しい治療法を開発することが必要である。 1,3-ブタンジオールは、ケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸の生合成を刺激するために一般的に投与される。
1,3-ブタンジオールを多く摂取すると、全身のβ-ヒドロキシ酪酸 を有意に増加させることができるが、1,3-ブタンジオール自体は、ナノモル濃度で血管拡張を引き起こす作用がある。 したがって、β-ヒドロキシ酪酸生合成とは無関係に、1,3-ブタンジオールが新しい老化防止治療薬になる可能性があるという仮説を立てた。
この仮説を検証するために、若年および老齢の Wistar-Kyoto (WKY) ラットに 4 週間飲料水を介して低用量 (飲水に5%の1,3-BDを混和して投与) の1,3-ブタンジオールを投与し、治療後の血管機能と代謝の指標を測定した。
低用量の1,3-ブタンジオールは、加齢に伴う内皮依存性および非依存性の機能障害を逆転させるのに十分であり、これはβヒドロキシ酪酸の増加とは関連していないことが観察された。
1,3-ブタンジオール の直接的な血管拡張メカニズムのさらなる分析により、それが主にカリウム チャネルと一酸化窒素合成酵素の活性化を介した内皮依存性血管拡張であることが明らかになった。
要約すると、βヒドロキシ酪酸を増やさない濃度の1,3-ブタンジオールは、加齢に伴う血管機能の低下を逆転させることができる栄養補助食品である可能性があることを報告する。
これらの結果は、1,3-ブタンジオールには複数の濃度依存的な作用機序があることを強調している。
1,3-ブタンジオールは、肝臓で代謝されて、最も豊富なケトン体である β-ヒドロキシ酪酸に変換されます。一般的に、1,3-ブタンジオールの健康作用はβ-ヒドロキシ酪酸によると言われています。 しかし、この論文では、低用量の 1,3-ブタンジオール で、β-ヒドロキシ酪酸とは無関係に、加齢に伴う血管機能障害を逆転させるのに十分であることを報告しています。
飲料水に5%の1,3-ブタンジオールは1リットルの水に50gの1,3-ブタンジオールを入れることになります。 人間は1日に1リットル程度の飲料を飲みますので、50gの1,3-ブタンジオールはかなり量が多いとも言えます。 R体の1,3-ブタンジオールを1回10g摂取すると血中のβ-ヒドロキシ酪酸は1mM程度まで上昇します。
いずれにしろ、R-1,3-ブタンジオールはβ-ヒドロキシ酪酸を増やす作用と、直接的な血管拡張作用によって、抗老化作用や健康作用を発揮すると言えます。
日頃から、1日10g程度のR-1,3-ブタンジオールの摂取は抗老化に効果が期待できます。
【中鎖脂肪ケトン食とR-1,3-ブタンジオールの併用による『がんのケトン体療法』】
ケトンサプリメントを使った外因性ケトーシスの利用は、脳、筋肉、心臓などの高エネルギー要求組織の代替エネルギー燃料として機能する血清ケトン体を増加させる戦略として有効です。アルツハイマー病や認知症などの神経変性疾患の治療や、持久力などの運動パフォーマンスの向上において、糖質制限を行わなくても、ケトンサプリメントを使った外因性ケトーシスだけで十分な効果が期待できます。
一方、がん治療の目的では、糖質摂取を減らすケトン食でなければ、抗がん作用は期待できません。それはケトン体濃度が上がっても、血糖とインスリン濃度が上昇している状況では、がん細胞の増殖を抑えることはできないからです。つまり、がん治療の場合は、中鎖脂肪酸を用いたケトン食を実施しながら、さらにケトンサプリメントを使って血中ケトン体濃度を高めることが重要です。がん治療の場合は、血中のグルコースとインスリンの濃度が低い条件で、ケトン体の濃度が抗腫瘍効果に比例するからです。外因性の ケトンサプリメントを経口投与すると、ケトン食のケトン体 の血漿レベルが急速に上昇します。
内因性ケトーシスの場合は、糖質摂取を減らし、インスリン分泌が低下し、体脂肪の燃焼を亢進する必要があります。一方、外因性ケトーシスでは、糖質制限は必要なく、血糖上昇やインスリン分泌が存在してもケトン体が増えます。
がん治療の場合は、血糖上昇とインスリン分泌亢進はがん細胞の増殖を促進する要因になるので、外因性ケトーシスだけでは効果が期待できません。糖質制限が重要です。しかし、内因性ケトーシスと外来性ケトーシスを同時に実行すると、ケトン体濃度を高め、抗腫瘍効果を増強できます。
アルツハイマー病などの神経変性疾患の治療の場合は、外因性ケトーシスだけで効果が期待できます。脳神経にケトン体というエネルギー源を与えることになるためです。
脳神経は、ブドウ糖よりケトン体を好んで利用します。
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