69)ドコサヘキサエン酸(DHA)はうつ病や自殺を減らす
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術69
ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。
【多価不飽和脂肪酸にはω3 系とω6 系がある】
脂肪酸は1 個ないし複数個の炭化水素(CH2)の連結した鎖(炭化水素鎖)からなり、その鎖の両末端はメチル基(CH3)とカルボキシル基(COOH)で、基本的な化学構造はCH3CH2CH2・・・CH2COOHと表わされます。
脂肪酸には、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸があり、飽和脂肪酸では、炭化水素鎖の全ての炭素が水素で飽和しています。一方、不飽和脂肪酸では炭化水素鎖中に1個ないし数個の二重結合(CH=CH)が含まれます。不飽和脂肪酸中で二重結合の数が2個以上のものを多価不飽和脂肪酸と云い、5 個以上の二重結合を持つ脂肪酸を高度不飽和脂肪酸と呼びます。
リノール酸 CH3(CH2)3 CH2CH=CHCH2CH=CH(CH2)7COOH では、CH3 に最も近い二重結合は、CH3から6番目のCにあります。この位置に二重結合を持つ全ての脂肪酸をω6系不飽和脂肪酸に分類します。
α-リノレン酸CH3CH2CH=CHCH2CH=CHCH2CH=CH(CH2)7COOH では、CH3に最も近い二重結合はCH3から3番目のC にあります。この位置に二重結合を持つ全ての脂肪酸をω3系不飽和脂肪酸に分類します。
最近ではω6の代わりにn-6 を用いてn-6系不飽和脂肪酸、そしてω3の代わりにn-3を用いてn-3系不飽和脂肪酸と呼ぶことが多くなっています(図)。
図:ω3系不飽和脂肪酸とω6系不飽和脂肪酸の化学構造。
構造式では連結部の炭素(C)と炭素と結合する水素(H)は省略されている。メチル基(CH3)側から数えた炭素の番号はω1(あるいはn-1)、ω2(あるいはn-2)と表示する。最初の二重結合がω3の位置にある不飽和脂肪酸をω3系不飽和脂肪酸あるいはn-3系不飽和脂肪酸と言い、ω6の位置にある不飽和脂肪酸をω6系不飽和脂肪酸あるいはn-3系不飽和脂肪酸と呼ぶ。
ω6 系不飽和脂肪酸はリノール酸 → γ-リノレン酸 → アラキドン酸のように代謝されていき、アラキドン酸からプロスタグランジン、ロイコトリエン、トロンボキサンなどの重要な生理活性物質が合成されます。プロスタグランジンなどのアラキドン酸代謝産物は炎症や細胞のがん化を促進したり、がん細胞の増殖を速める作用があるのですが、体のいろんな生理作用に必要であるため、動物は食物(植物および肉類)からリノール酸を摂取しなければ生きていけません。
ω3系不飽和脂肪酸はα-リノレン酸 → エイコサペンタエン酸(EPA) → ドコサヘキサエン酸(DHA)と代謝されていきます。ω3 系不飽和脂肪酸は炎症やアレルギーを抑え、血栓の形成や動脈硬化やがん細胞の発育を抑える作用があります。したがって、食物中のα-リノレン酸/リノール酸の比を上げると、血栓性疾患、脳梗塞および心筋梗塞、炎症、アレルギー、発がん、がんの転移、高血圧などの発症率が低下すると考えられています。
EPAやDHAを前駆体として生成されるレゾルビンやプロテクチンという物質が、炎症の収束に重要な役割を果たしていることが明らかになっています。つまり、DHAやEPAを多く摂取すると体内の炎症を抑制します。
【食事からのDHAの摂取が減少するとメンタルヘルスに悪影響を及ぼす】
オメガ3系不飽和脂肪酸のα-リノレン酸は亜麻仁油や紫蘇油(エゴマ油)に含まれます。ドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)は魚や微細藻類など海産物に多く含まれます。α-リノレン酸は人体では合成できないので、食事から摂取する必要があるので必須脂肪酸です。
α-リノレン酸からEPAやDHAに体内で合成されることになっていますが、α-リノレン酸からEPAへの変換は10%以下、DHAへの変換は0.1%以下とほとんど起こらないことが明らかになっています。
つまり、亜麻仁油や紫蘇油を多く摂取しても、血液中のEPAは少し上昇しますが、DHAはほとんど増えません。α-リノレン酸(炭素数18、二重結合3個)からEPA(炭素数20、二重結合5個)と DHA(炭素数22、二重結合6個)に変換するのに必要な脂肪酸の鎖の長さを延ばす酵素と二重結合を作る(不飽和化する)酵素の活性が極めて低いからです。
したがって、最近はEPAとDHAも必須脂肪酸と同様の扱いになっています。つまり、食事やサプリメントでEPAとDHAを摂取しないと不足するのです。
世界の人口のほとんどは、ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)のような海洋由来のオメガ-3多価不飽和脂肪酸が不足していることが指摘されています。特に、ドコサヘキサエン酸(DHA)は、脳と目(網膜)の発達に重要であるため、DHAの摂取不足は神経・精神機能と視力に悪い影響を及ぼします。
DHAは幼児期から成人期に至るまでメンタルヘルスに重要な役割を果たします。脳では、DHAは細胞膜の流動性、機能、神経伝達物質の放出に重要な役割を担っています。DHAの摂取量が少ないと、注意欠陥多動性障害(ADHD)、自閉症、双極性障害、うつ病、自殺念慮など、多くのメンタルヘルス問題のリスクが高まることが、多くの研究で明らかになっています。
食事やサプリメントでDHAを補充することは、多くの精神的健康状態を改善する効果が期待できます。
過去100年間で、米国のオメガ6脂肪リノール酸(LA)の摂取量は、総エネルギー摂取量の3%未満から7%以上になりました。オメガ6の摂取量は、主に大豆、トウモロコシ、ベニバナ油などのオメガ6が豊富な種子油の消費により増加しており、後者の2つはオメガ6/3の比率が60以上です。
日本食品成分表2022(八訂)のデータによると、ω6/ω3の比率は、大豆油が8.14、トウモロコシ油が65.13、ベニバナ油(サフラワー油)はハイオレイック(高オレイン酸)タイプで63.86、ハイリノール(高リノール酸)タイプで318.05です。
ベニバナ油(サフラワー油)の在来種はリノール酸73-82%、オレイン酸9-17%です。
ハイオレイック(高オレイン酸)タイプはリノール酸13-16%、オレイン酸74-79%です。
オレイン酸はオリーブオイルに多く含まれる一価の不飽和脂肪酸です。リノール酸の取りすぎは健康に良くないということで高オレイン酸タイプのベニバナ油が主流になっています。
オレイン酸から、植物や微生物中で、ω6位に二重結合を作るΔ12-脂肪酸デサチュラーゼ によりオレイン酸の二重結合が一個増えてω-6脂肪酸であるリノール酸が生成され、ついでω3位に二重結合を作るΔ15-脂肪酸デサチュラーゼ によりリノール酸の二重結合が更に一個増えてω-3脂肪酸であるα-リノレン酸が生成されます。
亜麻仁油と紫蘇油(えごま油)はω6/ω3比は0.2くらいですが、その他の植物油はω6/ω3比は10以上です。中にはω6/ω3比が100を超えるものもあります。(下表)
【シーフードの消費の多い国ではうつ病の発生率が低い】
米国では食事脂肪源が大豆油、トウモロコシ油、ベニバナ油などのオメガ6が豊富な種子油にシフトしたため、食事によるリノール酸の摂取量が大幅に増加しました。
過去1世紀の間に、オメガ6の多い油の消費が増え、西欧諸国のオメガ6/3比を約4:1以下から約20:1に押し上げました。オメガ6/3比のこの約5倍の増加は、脂肪組織のリノール酸の増加に反映されており、米国では1950年代から半世紀の間に約2.5倍に増加しています(下図)。
このオメガ6摂取量の増加(=オメガ3摂取量の減少)がうつ病の発生率の上昇と平行しているという指摘があります。以下のような論文があります。
【論文内容の抜粋】
大うつ病の年間有病率は、国によってほぼ60倍の変動を示している。冠状動脈疾患による死亡率の国際的な違いと同様のパターンであり、これは冠動脈疾患と同様に、食事の危険因子が関与している可能性を示唆している。
健康なボランティアの調査で、魚に含まれる必須脂肪酸のドコサヘキサエン酸の血漿濃度の低値は、脳のセロトニン代謝のマーカーである脳脊髄液5-ヒドロキシインドール酢酸(5-hydroxyindolacetic acid)の低濃度と相関している。
低濃度の5-ヒドロキシインドール酢酸がうつ病と自殺に強く関連していることは、多くの研究で支持されている。
ドコサヘキサエン酸は神経組織に選択的に濃縮されており、神経系の機能に重要であるため、魚の摂取量の増加は大うつ病の年間有病率の低下と相関している可能性があるという仮説を検証した(図)。
ワイスマン(Weissma)らによって報告された大うつ病の有病率の国際比較は、信頼できる国際的なデータの1つである。
魚の消費量に関するデータは、漁獲量に輸入量を加えて輸出量を差し引いて計算されたものであり、直接の食事調査や組織分析からのデータほど信頼性はないが、国の間での比較に使える推定値を提供する。
日本の厚生省によって報告された大うつ病の年間有病率に関するデータは13万人を対象に解析されたが、無作為化された人口サンプリング方法や診断における厳密な基準は採用されていなかった。ただし、これらの日本のデータを除外しても、相関分析に大きな影響はなかった。
魚の消費量と大うつ病の有病率との相関関係は、赤血球膜中のドコサヘキサエン酸の濃度と大うつ病の発症率の関連に関する最近の臨床報告と一致している。さらに、血漿中のエイコサペンタエン酸とアラキドン酸の比率が高いほど、うつ病の重症度が軽いというデータもある。
見かけの魚の消費量と大うつ病の年間有病率の低下とのこの相関関係は、魚の消費が大うつ病の有病率に違いをもたらす可能性があること、または魚や魚油を食べることが治療に役立つことを必ずしも証明するものではない。さまざまな文化的、経済的、社会的、およびその他の要因が、この単純な相関関係に関与している可能性がある。
うつ病はその症状のあらわれ方で、大きく2つに分類されています。抑うつ状態だけが起こるタイプの「うつ病(大うつ病性障害)」と、抑うつ状態と躁(そう)状態の両方が起こる「双極性障害」です。
米国精神医学会が発行している診断基準「DSM-5(The Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-5)」では、うつ病のことをmajor depressive disorderとしているため、これを日本語に訳して、正式には「大うつ病性障害」と呼ばれています。
DSM-5のうつ病診断基準によると、以下の9の症状のうち5つ以上が2週間ほとんど毎日存在し、それによって社会的・職業的に障害を引き起こしている場合にうつ病と診断されます。
①抑うつ気分
②興味または喜びの著しい低下
③食欲の増加または減少、体重の増加または減少(1か月で体重の5%以上の変化)
④不眠または過眠
⑤強い焦燥感または運動の静止
⑥疲労感または気力が低下する
⑦無価値感、または過剰・不適切な罪責感
⑧思考力や集中力が低下する
⑨死について繰り返し考える、自殺を計画するなど
その他に、疼痛、性欲減退、悲観、心気症、不安などの症状もあります。
魚の摂取と大うつ病の両方に関与する様々な要因(交絡因子)が存在するので、魚の摂取量の増加が大うつ病の発症率低下を引き起こしているとはまだ断定はできません。
例えば、魚の摂取量が多いことは肉の摂取が少なくなり、肉の摂取量の低下がうつ病の発症低下と関連している可能性もあります。この場合、魚の摂取が直接的にうつ病を減らす原因ではなくなります。
しかし、DHAの摂取不足がうつ病の発症を増やしている可能性を支持する研究結果が、数多く報告されているということです。以下のような論文もあります。
【要旨の抜粋】
背景: オメガ3多価不飽和脂肪酸の抗うつ効果と、魚の摂取量とうつ病の有病率との逆相関の関係を示す研究結果が報告されている。いくつかの研究では、うつ病患者ではオメガ3(n-3)多価不飽和脂肪酸のレベルが低いことが示されている。
方法: うつ病患者と対照被験者の間で多価不飽和脂肪酸のレベルを比較する14の研究のメタアナリシスを実施した。
結果: 対照被験者と比較して、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、および総n-3多価不飽和脂肪酸のレベルはうつ病患者で有意に低かった。アラキドン酸または総n-6多価不飽和脂肪酸に有意な変化は認めなかった。
結論: メタ解析の結果は、うつ病患者のEPA、DHA、および総n-3多価不飽和脂肪酸のレベルが低いことを示した。したがって、n-3多価不飽和脂肪酸がうつ病の病因に関与していることを意味する。この調査結果は、うつ病のリン脂質仮説と、うつ病の代替治療としてn-3多価不飽和脂肪酸を使用する根拠をさらに支持する。
【要旨】
背景: 妊娠中の母親は、胎児の神経発達をサポートするために、体内のドコサヘキサエン酸(DHA)を胎児に選択的に移行させている。したがって、食事からのDHAの十分な摂取がないと、母親はDHAの欠乏を引き起こし、産後の期間にうつ病を発症するリスクを高める可能性がある。母親のシーフードの消費量と母乳のDHA含有量は、どちらも産後うつ病の有病率と関連する可能性が予測される。
方法: エジンバラ産後うつ病尺度を使用した産後うつ病の公表された有病率データ(41件の研究でn = 14532人の被験者)を解析した。これらのデータは、23ヶ国から公表されている母乳中のDHA、エイコサペンタエン酸(EPA)、アラキドン酸(AA)の含有量、およびシーフード消費量との相関が解析された。
結果: 母乳中のDHA濃度が高い(r = -0.84、p <0.0001、n = 16か国)およびシーフード消費量が多い(r = -0.81、p <0.0001、n = 22か国)は両方とも、それぞれ産後うつ病の発症率の低下と関連を認めた。母乳のアラキドン酸およびエイコサペンタエン酸(EPA)の含有量は、産後うつ病の有病率とは関連は認めなかった。
制限事項: これらの調査結果は、オメガ3の状態が高いほど、産後うつ病の有病率が低くなることを証明するものではない。潜在的な交絡因子に関するデータは、すべての国で一律に入手できるわけではない。
結論: 母乳中のDHA含有量の低下とシーフードの消費量の低下は、産後うつ病の発生率の上昇と関連していた。これらの結果は、産後うつ病の確立された危険因子における国を超えた違いの結果ではないようです。オメガ3脂肪酸が産後の主要な抑うつ症状を軽減できるかどうかを判断するには、介入研究が必要である。
シーフードの総摂取量と母乳中のDHAおよび産後うつ病との間に逆相関があるという結果です。DHAの摂取量が多いほど産後うつ病が少ないという結果ですが、DHAが産後うつ病を直接的に予防することを証明することにはなりません。
前述のようにDHA摂取が多いということは、肉の摂取が少ないかもしれない、というような別の要因(交絡因子)の存在が否定できないからです。
したがって、DHA投与群と非投与群を二重盲検試験で比較するような介入試験を行う必要があるということです。
【自閉症スペクトラム障害とDHA】
自閉症スペクトラム障害の子供は、DHAと総オメガ3脂肪酸の血漿レベルが低いことが指摘されています。ある報告では、自閉症スペクトラム障害症例のほぼ100%でオメガ3脂肪酸の欠乏が見られました。また、広汎性発達障害の患者の90%は、赤血球膜のEPA/DHAレベルが不足していることがわかっています。
自閉症スペクトラム障害と診断された5〜17歳の子供を対象とした二重盲検ランダム化比較試験では、1日に1.54gのDHA/EPAを投与すると、多動性と常同行動(行為の持続的な繰り返し)に効果があることがわかりました。そして、総説論文では、「二重盲検ランダム化試験において、DHAとEPAの組み合わせは、自閉症、失読症、および攻撃性に利益をもたらす」と結論づけられています。したがって、DHAを補給すると、自閉症スペクトラム障害および広汎性発達障害の治療に有効です。
一般的に魚の摂取量が多いほどメンタルヘルスの状態が良くなるといえます。自殺が少なくなるという研究結果も報告されています。
【脳にはDHAが多く含まれる】
私たちの体の中で、脂肪の含有量が最も多いのは脂肪組織です。その次が脳です。
人間の脳(乾燥重量)の約60%は脂質化合物で構成されています。脳の総脂質含有量の35〜40%は多価不飽和脂肪酸であり、主にエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、およびアラキドン酸(AA)です。
すべての脊椎動物において、DHAはAAと並んで脳の主要な多価不飽和脂肪酸(PUFA)です。
オメガ-3多価不飽和脂肪酸、特にDHAは脳機能において非常に重要です。DHAは、脂質二重層のタンパク質チャネル機能を最適化する膜流動性を維持することにより、脳内の神経伝達物質の結合とシグナル伝達を改善することができます。DHAの食事摂取量が少ないと、細胞膜のDHA濃度が低下し、細胞膜が硬化し、細胞膜機能に影響を与える可能性があります。
脳内のDHAを増やすと、炎症性サイトカインが減少し、神経伝達物質の機能が改善する可能性があります。様々なメカニズムでDHAは脳機能を良くし、精神的健康(メンタルヘルス)を良くします。
類人猿を含む他の霊長類と比較して、人間は非常に大きな脳を持っています。重さは約1,400グラムで、私たちの脳は他の大型類人猿の脳の約3倍の大きさです。人間は、おそらく約600万年前に東アフリカに住んでいたチンパンジーやボノボと共通の祖先を共有しています。人類の脳が発達したのは、東アフリカの湖で魚を取って食べるようになったからだと考えられています。
ラットの研究では、1日あたりの脳のアラキドン酸とDHAの両方の約5%が代謝によって失われ、その後置換されることが示されています。脳のDHA供給は主に食事からです。
その結果、食事からのDHA摂取の欠乏は脳のDHAを低下させ、脳の働きを低下させます。
つまり、日頃からDHAの多い食事をすることは、メンタルヘルスを良くする上で極めて重要だと言えます。さらに、DHAの摂取は、がんや循環器疾患や認知機能の低下を予防する効果もあります。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?