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112)腸内細菌と運動(その2):腸内細菌が運動パフォーマンスに影響する

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術112

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【運動は善玉菌を増やす】

人間の腸内には、種類にしておよそ1,000種類、数にして数十兆もの細菌が生息しており、これらの腸内細菌の集団を腸内細菌叢と言います。腸内フローラや腸内ミクロビオームとも呼ばれます。

腸内細菌は個々に生命活動を行うだけでなく、細菌の間で、さらには、宿主である人間との間で、いろいろな形で影響を与え合っています。近年、腸内細菌叢の研究は大きな発展を遂げています。その背景には、二つの解析技術の急速な進歩があります。

一つは、メタゲノム解析といわれる腸内細菌のゲノム配列の網羅的な解析法です。もう一つは、メタボロミクスといわれる腸内細菌の代謝物の網羅的な解析法です。

メタゲノム解析を支えているのは、DNA配列解析装置であり、ゲノム配列解析は高速化し、コストも大幅に下がっています。
メタボロミクスを支えているのは、代謝物を分離する液体クロマトグラフィーと、分離された代謝物の構造を決定する質量分析装置の高感度化です。
このメタゲノム解析とメタボロミクスの発展によって、腸内細菌叢の研究が急速に進んでいます。

腸内細菌叢のメタゲノム解析は、 腸内に1,000種類ほどの細菌が生息すること、人間の腸内細菌叢を構成する細菌の種類やその数が個々人で大きく異なることを明らかにしました。


身体的に活動的な人 (アスリートを含む) とさまざまな集団との間の腸内細菌叢の違いが調査されています。一般的に、身体活動が活発な個人の腸内細菌叢は乳酸菌、ビフィズス菌、酪酸産生菌、アッカーマンシア・ムシニフィラなど健康を促進する細菌種(善玉菌)が豊富で、細菌種の多様性が高まっていることが示されています。身体活動の増加が短鎖脂肪酸の相対存在量に著しく影響することが報告されています。

座りっぱなしの時間が長いほど腸内細菌叢の多様性が低下することが明らかになっています。身体活動が活発なほど、健康を促進する細菌種が豊富に存在することが報告されています。以下のような報告があります。

Differences in gut microbiota profile between women with active lifestyle and sedentary women(活動的なライフスタイルを持つ女性と座りがちな女性の腸内細菌叢プロファイルの違い)PLoS One. 2017; 12(2): e0171352.

16s rRNA 遺伝子のハイスループット・シーケンス法を使用して、身体活動の活発な女性と座りがちな女性の間で11の属が有意に異なることが分かりました。定量的 PCR 分析により、アクティブな女性では、フェカリバクテリウム・プラウスニッツィやアッカーマンシア・ムシニフィラを含む、健康を促進する細菌種が豊富に存在することが明らかになりました。

フェカリバクテリウム・プラウスニッツィ(Faecalibacterium prausnitzii)は酢酸を消費して健康に有益な酪酸を産生し、アッカーマンシア・ムシニフィラは粘液産生を増やして大腸粘膜バリアを強化します。両方とも次世代のプロバイオティクスとして注目されている腸内細菌です。つまり、運動自体に、健康に有益な腸内細菌を増やすプレバイオティクス作用があると言えます。



【腸内細菌は運動パフォーマンスに影響する】

運動と腸内細菌叢の関連は双方向的です。つまり、運動が腸内細菌叢の組成や量に影響し、腸内細菌叢は運動の動機づけや運動パフォーマンスに影響します。前者については、前述のように、運動は腸内細菌種の多様性を高め、健康に有益な腸内細菌を増やすことが明らかになっています。

腸内細菌叢が運動の動機づけに影響することは前回(111話)解説しました。つまり、腸内細菌叢は、内因性カンナビノイドと脳内報酬系を介して、運動への意欲を高めるメカニズムが報告されています。
さらに、腸内細菌は運動パフォーマンスに影響することが多くの研究で明らかになっています。
 
スポーツ選手の目標は、パフォーマンスを最大限に高めることです。この目的のために、食物からの栄養はスポーツ選手の筋肉や骨や心臓血管系などの状態を良くし、運動機能を高める上で重要です。
 
しかし、最近の研究では、腸とその常在微生物叢もアスリートの健康とパフォーマンスに関与している可能性があることが示唆されています。
 
スポーツ選手は、運動量の少ない個人よりも、腸内細菌叢は多様性に富んだ腸内細菌で構成されていることが明らかになっています。
さらに、エネルギー産生や全体的な健康状態の向上に関連する単鎖脂肪酸 (酢酸、プロピオン酸、酪酸など) の産生量が多いことが報告されています。大腸において腸内細菌によって産生されたプロピオン酸と酢酸は、血流に乗ってさまざまな臓器に運ばれ、グルコース(ブドウ糖)や脂肪酸の合成に利用され、エネルギー源となります。酪酸は腸上皮細胞のエネルギー源となります。

腸内で短鎖脂肪酸の産生が多いことはエネルギー源の供給によって持久力を高め、運動後の回復を促進する効果につながります。つまり、単純に考えると、短鎖脂肪酸を産生する腸内細菌の存在量が多く、水溶性食物繊維を多く摂取すると、持久力が高くなることを意味しています。
 
現在の証拠は、腸内微生物叢が、微生物代謝産物の生産、胃腸の生理機能、および免疫調節に影響を与えることにより、運動能力に影響する可能性があることを示唆しています。

単純糖質の摂取量増加や食物繊維の摂取不足は、腸内細菌叢に悪影響を及ぼし、ひいては運動パフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があります. 単純糖質というのは、単糖類(ブドウ糖、果糖、ガラクトースなど)や二糖類(ショ糖、麦芽糖、乳糖など)を指します。 ブドウ糖、果糖、ショ糖は、主に甘味料、菓子類、ソフトドリンク、果実などに含まれます。
 
逆に、プレバイオティクスやプロバイオティクスのサプリメントの摂取に加えて、十分な食物繊維、さまざまなタンパク質源、および不飽和脂肪、特にオメガ-3系多価不飽和脂肪酸(ドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸)の摂取量を増やすと、腸内細菌叢に良い影響を及ぼし、運動パフォーマンスを高めることになります。


図:スポーツと腸内細菌叢の関連は双方向的で、スポーツが腸内細菌叢の組成や量に影響し、腸内細菌叢が運動パフォーマンスに影響する。スポーツは腸内細菌叢の多様性を高め、善玉菌(乳酸菌、ビフィズス菌、酪酸産生菌、アッカーマンシア・ムシニフィラなど)を増やす。腸内細菌は短鎖脂肪酸の産生を増やし、エネルギーを供給することによって持久力を高め、運動後の回復を促進する。



【腸内細菌がスポーツ選手の記録に影響する】

以下のような報告があります。青山学院大学の陸上部の選手が参加した研究です。

Bacteroides uniformis and its preferred substrate, α-cyclodextrin, enhance endurance exercise performance in mice and human males.(Bacteroides uniformisとその好ましい基質であるα-シクロデキストリンは、マウスとヒトの男性の持久力運動パフォーマンスを向上させる)Sci Adv. 2023 Jan 25;9(4):eadd2120.

【要旨】
腸内微生物叢は運動に関連しているが、特定の細菌の量の変化が運動パフォーマンスを改善するかどうかは不明である。25 人の男子長距離ランナーを対象とした研究では、糞便中のBacteroides uniformis の存在量と 3000 m走の走行タイムとの間に相関関係があることを発見した。さらに、亜麻仁リグナンまたはα-シクロデキストリンを試験錠剤として、無作為化二重盲検プラセボ対照試験で定期的に運動する健康で活動的な男性に投与し、腸内のB.uniformisを増加させた。結果は、α-シクロデキストリンの補給が人間の持久力運動パフォーマンスを改善することを示した. また、B.uniformisのマウスへの投与は、疲労するまでの遊泳時間、盲腸の短鎖脂肪酸濃度、および肝臓の糖新生に関連する酵素の遺伝子発現を増加させ、肝臓のグリコーゲン含有量を減少させた。これらの調査結果は、B. uniformis が持久運動パフォーマンスを向上させることを示しており、これは肝臓の内因性グルコース産生を促進することによって媒介される可能性がある。
 
 
この研究では、青山学院大学陸上競技部(長距離ブロック)に所属する男性学生と、同年代の一般男性の腸内フローラの比較調査を行いました。その結果、長距離ランナーの腸内にはBacteroides uniformis(バクテロイデス・ユニフォルミス)と呼ばれる腸内細菌が多く、その菌数は走行タイムと関連があることを発見しました。つまり、Bacteroides uniformisの存在量が多いほど、3000m走の走行タイムが良いという相関が認められました。
Bacteroides uniformisは、ヒトの腸内に一般的に棲息する嫌気性グラム陰性桿菌です。

また、この腸内細菌を増やす効果があるα-シクロデキストリンを健康な成人男性が 8 週間摂取したところ、エクササイズバイクで10 kmを漕ぐために必要な時間が約10%短縮し、運動後の疲労感も軽減できることが明らかとなりました。
 
Bacteroides uniformisは腸内での酢酸やプロピオン酸といった短鎖脂肪酸を産生し、酢酸とプロピオン酸は肝臓での糖新生の原料となって、グルコース産生を促進させます。さらに肝臓や筋肉でのグリコーゲンと脂肪酸の分解を促進します。その結果、筋肉や心臓へのエネルギー供給が増え、持久運動パフォーマンスを向上させることが示唆されました。

α-シクロデキストリンは環状オリゴ糖で、腸内細菌の餌になって短鎖脂肪酸の産生を増やすことが知られています。


図:腸内細菌のバクテロイデス・ユニフォルミス(Bacteroides uniformis)は腸内で酢酸やプロピオン酸といった短鎖脂肪酸を産生し、酢酸とプロピオン酸は肝臓での糖新生(グルコース産生)を促進させ、脂肪酸の分解を促進する。その結果、筋肉や心臓でのエネルギー産生が増え、持久運動パフォーマンスを向上させる。



【ゴリラはエネルギーの半分以上を食物繊維から得ている】

腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸がエネルギー源となって、長距離走の走行タイムに影響することは信じ難いと思うかもしれません。しかし、大腸内で食物繊維の発酵で産生される短鎖脂肪酸は、エネルギー源として大きな役割を担っています。

 牛は草だけ食べて、大量のミルクと肉を作っています。ゴリラは霊長類で最も大きな体です。体重はオスが150kgを超えますが、食糧は主に木の葉や樹皮です。牛もゴリラも、草や木の葉の食物繊維を消化管内でバクテリアが発酵して生成した酢酸やプロピオン酸や酪酸などの有機酸(短鎖脂肪酸)を吸収して、細胞内のミトコンドリアでさらに分解してエネルギーを産生しています。短鎖脂肪酸は肝臓でアミノ酸や脂肪の合成にも使われます。消化管内のバクテリアはアミノ酸も合成して草食動物に供給しています。

 ゴリラとチンパンジーは森林に棲み、どちらも樹木の柔らかい芯や葉を食べています。手に入るときは果物を食べます。果物が手に入りにくいとき、ゴリラは葉だけに頼りますが、チンパンジーは毎日果物を探し続けます。ゴリラと違って、チンパンジーは樹木の芯と葉だけでは生きていくことができない理由があるからです。果物を見つけるために、チンパンジーはゴリラより遠くまで出かけなければならないため、より小さく、敏捷です。
 
ゴリラは果物がない高地の森林にも棲息しますが、チンパンジーが棲むのは低地に限られます。
 
ゴリラは木の葉だけで生きていけるので、あまり移動せず一カ所に定住しています。このゴリラとチンパンジーの食事における違いは、ゴリラは大腸で食物繊維を発酵させて多くのエネルギーを産生できるからだと考えられています。
 

食物繊維は動物の消化管内で分解できないので、カロリーにはならないと言われていますが、実際は腸内細菌で分解されて生成する短鎖脂肪酸はエネルギー源になります。食物繊維の代謝エネルギーは6.28 kJ/g (1.5 kcal/g)と計算されています。

ニシローランド・ゴリラ(Western Lowland Gorilla)はサル目(霊長目)-ヒト科-ゴリラ属に分類される最大の霊長類で、ナイジェリアからザイールにかけてのアフリカ大陸西部に生息しています。

このニシローランドゴリラの食事を調査した結果によると、食事における主要栄養素のカロリー比率は、脂肪が2.5%、タンパク質が24.3%、糖質が15.8%、そして、食物繊維の大腸内での発酵によって産生される短鎖脂肪酸によるエネルギーが57.3%を占めているという試算が報告されています。つまり、ゴリラは食物繊維の腸内発酵によって半分以上のエネルギーを得ているのです。(The western lowland gorilla diet has implications for the health of humans and other hominoids. J Nutr. 1997, 127(10):2000-5. )

 

短鎖脂肪酸にはエネルギー源としてだけでなく、がん予防効果など様々な健康作用が知られています。食物繊維の多い食事が健康的である理由の一つは腸内細菌で発酵を受けて短鎖脂肪酸が生成するからです。
 
人間もゴリラと同じヒト上科(霊長類)なので、食物繊維の多い食事を実行すると腸内での発酵によって短鎖脂肪酸のエネルギー比率が高くなり、より健康的になると思います。


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