夏祭り
夏祭りの社
橙色の提灯の明かりはボンヤリと屋台の並ぶ道を照らしている。ふと見るとゆったりと人の流れていく中にポッカリと浮かんだ狐の面があった。隣には少し神経質そうな後ろ姿をした男が、立ち止まる素振りなく歩いている。男の後ろをちょっと離れて付いて行く南天柄の白い浴衣。こちらを見る狐の面はその女の後ろ手にひょいと乗っているのだった。
女は突然、男の浴衣の袖を引っ張ると屋台の前で足を止めた。すこし気難しそうな大正眼鏡を掛けた男の横顔が見える。どうやら林檎飴をねだりたいらしい。渋々というのが遠目にも明らかな素振りで男は懐から財布を取り出すと屋台ののれんに頭を隠した。
女は店先の林檎飴をひょいっと取ると無邪気にそれを舐め始めてしまう。白い浴衣に南天の赤、赤い林檎飴の艷やかな表面は屋台の明かりで余計に光っている。狐の面の赤い隈取は歓びに鮮やかさを増しているようだ。
男が店番となにやら話をしている間、ついに私は女と目が合ってしまった。びっくりするほど白くて綺麗な顔。その上に赤い口紅がニッコリと浮かぶ。この得体の知れない違和感はなんなのだろう。すぐに目を逸らせなければならない。わかっているくせに目線どころか首さえも動かすことができない。
大正眼鏡の男は話が済んだらしく、またさっさと歩き出した。女はもう一度ニッコリ笑い、ひらひらと手を振るとぴょんぴょん跳ねるように行ってしまう。
まるでなにかに化かされたような気分だ。夏祭りの空に浮かぶ白い浴衣。南天、口紅、林檎飴。まだ私の目は女の後ろ姿を追っている。赤と白が交錯する意識の中ではっきりと一つの言葉が浮かんでいた。
ーーきっとあの男は喰われるのだ。
それの持つ意味の恐ろしさに「ひえっ」と声が出そうになるのを私は堪えた。声に出してはいけない。人混みに紛れるそのギリギリに浮かんだ狐の面は最後にニコリと私を笑った。
祭りはどんどん彩りを増していく。なにかに取り残されてしまった自分にふぅっと意識が戻ってくる。理由のない恐怖。どうしてあんな恐ろしいことを考えてしまったのか自分でもよく判らない。狐の面は最後に確かに笑っていた。
お囃子の音がどんどん大きくなっていく。それはついさっき目の前で起きた不可思議事を、遠く、遠くの空へと掻き消そうとしてくれているようだった。