「性差の視点」が新たな製品・サービス開発につながる。女性起業家たちへメッセージ
こんにちは。今回は、10月26日(木)27日(金)の2日間にわたって開催された、三井不動産とお茶の水女子大学 「&ジェンダード・イノベーション」による初のイベント『起業みつかるマーケット for mama ―好きな仕事と暮らしの体験会―』のレポートをお届けします。
近年、経済産業省が女性起業家の比率を「5年後に2割」とする目標を打ち立てました。同時に全国の自治体も支援施策が次々登場するなど、女性の起業は注目されています。
そんななか、「起業に興味があるけれど、どうしていいかわからない」「自分の身近で興味のあることを仕事にしてみたい」という人に向け、東京都江東区の三井ショッピングパーク アーバンドック ららぽーと豊洲にて開催された本イベント。
実際に起業された女性による事業のワークショップや、ご自身の起業ストーリーについてお話されるトークセッションなどが実施されました。
この記事では、イベント開催趣旨と、世界的にも注目されている「ジェンダード・イノベーション」研究所を率いているお茶の水女子大学石井クンツ昌子理事・副学長のトークセッションの内容をお届けします。
「性差の視点」から広がる社会に注目
開催のあいさつでは、主催のお茶の水女子大学 生活科学部人間・環境科学科の長澤夏子教授、専修大学商学部の鹿住倫世教授、三井不動産ソリューションパートナー本部産学連携推進部主事の丸山裕貴が登壇しました。
「本学のジェンダード・イノベーション研究所では、男女の違いに注目し、ジェンダーギャップ(性差)について、新たな視点から研究を推進しています。社会全体がいい方向になるように、企業の皆さんとの共同研究も進めています」(長澤教授)
建築の専門家でもある長澤教授は、加えて、今後は働き方が自由になり、選択肢が増えてくることで、ライフスタイルのみならず、街や建物の在り方が変わることを示唆しました。
続いて、中小企業経営やそれにまつわる政策、および起業家活動が専門である専修大学商学部の鹿住倫世教授もコメント。
「ここ10年ほど、女性の起業とその支援について研究しています。起業したいと思っている女性の中には、何から始めていいかわからない人も少なくありません。
このイベントが、そういった女性たちが一歩を踏み出すきっかけになればいいと思います」(鹿住教授)
また、起業を取り巻く世界はいまだ男性が中心であるとも指摘。起業家も支援者も男性が多く、女性起業家が結婚や出産などのタイミングでジェンダーバイアス(性差による偏見)にさらされるケースがあることも問題視されています。
「ただ世の中は変わりつつあります。女性が生活の中で、“こうしたら、もっと便利になる”“こうしたら、もっと楽しくなる”と気付き、課題を解決しようとすることが、ビジネスのチャンスになることも多いです」と続けました。
最後に、三井不動産ソリューションパートナー本部産学連携推進部主事の丸山裕貴が、「私たちは街づくりの会社として、大学などの教育機関と連携し、少し先の未来を想定しながら、研究を続けています」と紹介。
「日本全国の女性起業家の支援施設の見学、女性起業家へのインタビューを行う中で、多くの女性が、生活に軸足を置いたアイディアから起業していることを知りました。そのビジネスが成長し、さらに街の文化の発展にまでつながっていることもありました。
日本全国、さまざまな女性が勇気をもってチャレンジしていることを知り、それを発信していきたいと思い、こうしたイベントを開催することとなりました」(丸山)
建築の専門家である長澤夏子教授、中小企業への政策や女性の起業を研究する鹿住倫世教授、街づくりを事業とする三井不動産の丸山裕貴、3人の共通点は「ジェンダード・イノベーション」から広がる社会について注目していることです。
では、このジェンダード・イノベーションとはどのような考え方なのか。
ここからは、お茶の水女子大学のジェンダード・イノベーション研究所長の石井クンツ昌子教授の講演をお届けします。
医療からビジネスまで。性差にセンシティブになろう。
「2022年4月に、お茶の水女子大学に日本で初めてジェンダード・イノベーションの研究所を立ち上げました。
お茶の水女子大学は、ジェンダーに関連した研究をいちはやく行っており、1975年に女性文化資料館(現・ジェンダー研究所)が設立されています」(以下「」内・石井教授)
石井教授は、ジェンダー研究、家族社会学が専門。主に男性の家事参加・育児参加の研究を続けてきました。
「ジェンダーは性別という意味を指す名詞です。それに“ド”がついて、動詞的な扱いになります。ジェンダードとすることで、性差により何が生まれ、どんな変革(イノベーション)が生まれてきたのかを知り考えることまで、意味が広がっていくのです」
この、ジェンダード・イノベーションという視点が生まれたのは、2005年のこと。スタンフォード大学(米国)のロンダ・シービンガー教授(女性)が提唱したことによります。
科学史を専門とするシービンガー教授は、科学の研究データが主に男性やオスのマウスが被験者になっていることに注目します。
「それまでの科学の研究では、多くのデータは男性から集めていました。その結果をもとにして医薬品を作ったり、病気の治療方法を研究したりしていたのです。これにより、弊害が生まれていることをシービンガー教授は指摘したのです」
さらに石井教授は、生物としての男女の個体差を紹介。痛みの発生経路の性差や、病名が想起する男女のイメージなど、私たちが「当たり前」と思っていることを覆していきます。
「骨粗しょう症と聞くと、女性の病気だと連想する人が多いでしょう。しかし、男性にも多く、骨折が及ぼす死亡リスクは男性の方が高いそうです。乳がんも同様です。ピンクリボン運動などで、女性の乳がん啓発は行われていますが、男性はまさか自分に発症するとは思っていない人が多いと思います。でも、男性に乳がんが見つかると、生存率が女性よりも低い。
このような性差による思い込みは、女性だけではなく、男性も不利益を被っているのです」
女性だけでなく、多様性の確保に向けて
また石井教授は、ジェンダード・イノベーションの考え方をいちはやく反映してほしいのは、シートベルトの開発だといいます。
「かつて、衝突実験には男性の人形だけが使われていました。男性の体のデータをもとに作っているから、女性の方が重傷を負う確率が47%高いことがすでに分かっています。
また、腹部を圧迫する従来の三点式だと、妊娠中の女性の胎児の死亡率を上げます。胎児の死亡原因の第一位はシートベルトなのです。
その他にも、性差が見過ごされてきた研究開発は無数にあります。
体格、身体構造、身体機能、加齢による身体変化、社会的影響、文化的影響……だからこそ、そこに起業のチャンスがあると思っています。
性差の視点が、新しい医療、製品、サービス開発に繋がっていくと思うのです」
さらにそれは、多様性の確保、持続可能性への強化、女性のエンパワーメントにもつながると続けます。
「今、私は起業に興味があるママとジェンダード・イノベーションには、共通項が多いと感じています。生活者の視点から社会の問題や不都合を見つけ、それを解決するためのアクションが起業に繋がっていくのです。
商品開発もそうですし、データを蓄積してイノベーションを起こすなど、さまざまなアプローチができると思います」
だた、ジェンダーと言っても女性・男性の2分類ではなく、さまざまなジェンダーのデータをとることが必要だといいます。
「それには多くの人が社会参画をする必要があり、そうしなければ経済が動いていかない」と石井教授は続けます。
「日本のジェンダーギャップ指数が、先進国でも最低レベルにあることが報道されています。それは、女性の政治家や管理職が少ないという理由もありますけれども、起業する・できる女性が少なく、サポートもあまりないことが原因にあると思うのです」
女性の起業や発信が、社会変革につながる
2023年6月21日、世界経済フォーラム(WEF)は男女格差の現状について、データをもとに評価した『Global Gender Gap Report』(世界男女格差報告書)を発表しました。
それによると、日本のジェンダーギャップ指数は146か国中125位で、前年(146か国中116位)よりも9ランクダウンしたことが報道されました。これにより、男女格差が埋まらないどころか、広がっていることが示されたのです。
「女性が積極的に発言し、社会と関わっていくことが、社会の変革につながっていく。そのひとつの選択肢に起業があると思いますし、それが、多くの人のウェルビーイングの向上に繋がっていくと感じています。
私たちは、起業をする女性達を応援したいです。
お茶の水女子大学では、これまで次世代アントレプレナー育成事業を実施したり、スタートアップに関する講座を開講したりしてきました。ホームページ上に、さまざまな資料が公開されていますので、活用していただきたいです」
石井教授たちは、ジェンダード・イノベーションの視点から研究を続け、そこで気付いたことを、社会実装していくことが目標。三井不動産と連携し、今後も女性が暮らしやすい街づくりに研究を生かしていきたいと、最後に強く述べました。
≪関連HP≫
ジェンダード・イノベーション研究所 | お茶の水女子大学 (ocha.ac.jp)
IGI Web Magazine(IGIウェブマガジン) (ocha-igi-mag.jp)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?