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世界トップクラスの「幸福度の高い国」デンマークの暮らしから考えるジェンダード・イノベーション

2022年、2023年に「国際競争力1位」を獲得したデンマークは、世界トップクラスの「幸福度の高い国」としても知られています。
 
午後4時には管理職の社員も退社し、午後5時には閉園する保育園・幼稚園に多くの父親、母親が迎えにくる姿が日常的に見られるといいます。
 
国全体でワークライフバランスを実現できているのはなぜか。また、デンマークの人々の考え方や働き方から、ジェンダード・イノベーションのヒントを得ることはできないか。
 
こう考えた私たちは、2009年から現地に住む、デンマークの文化研究家で『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』の著者である針貝有佳さんに、お話を聞きました。


国全体でワークライフバランスを実現するまで

━━『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』では、現在40代の方が20代だった頃は、ワークライフバランスが重視されていなかったと示されていました。デンマークが現在のように変わることができた背景には、何があったのでしょうか?

決定的な政策などがあった訳ではなく、あらゆる制度が徐々に変化していくことで、社会全体、個人の意識が変化していったと考えています。

例えば、デンマークでは、労組参加率が約7割と日本の4倍近くに達しています。

労働組合が強い発言力を持つようになったのは、1899年、デンマーク経営者連盟と労働組合連合との間で、重要な協力協定(9月協定)が結ばれたことが始まりです。
 
その後、1947年に締結された協定では、労働者が企業の経営に関する情報を共有し、労働環境の改善に関与する権利が認められ、労働者の安全や労働条件が強化されました。
 
そこから経済が発展していくにつれ、誰もが安心して生活できる社会があるからこそ経済成長が見込める、という考えから福祉国家としても成長を遂げてきました。
 
1960〜70年代には女性の社会進出が進み、その頃には、女性アクティビストが男女間で異なる社会の不平等な仕組みに対して声を挙げてきました。

3月8日の国際女性デーは、1908年、ニューヨークで女性が労働条件の改善を訴えたストライキが始まりだということはよく知られていますが、「国際女性デー」が提唱されたのは、1910年、デンマークで開かれた国際社会主義女性会議で、「女性の政治的自由と平等のためにたたかう」ことが多数の賛同を得て採択された時のことです。

その頃から、社会の仕組みに対してデンマークの女性たちが声を挙げる素地は整っていたのかもしれません。
 
そして現在に至るまでに育休制度が整備され、保育施設が拡充され、平均労働時間が週37時間に短縮され、今のデンマークの姿になりました。
 
社会の変化に対する適応力の速さ、柔軟性は、デンマーク人の国民性なのかもしれません。

デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか (PHPビジネス新書)針貝有佳 (著)

━━徐々にワークライフバランスに対する考え方が変化していく中で、男女間での違いはあったのでしょうか?
 
特に女性はワークライフバランスの取れた生活を長く望んでいたのではないかと思います。
 
現在70代の女性は、20代の頃からフルタイムで働くことが当たり前だと考え、かつ、家事を積極的にするのも母親の役割だと考えている方が多いようです。 

だからこそ、当時は子どものお迎えを理由に仕事を早く切り上げることにやりにくさを感じながら、労働時間が短くなる代わりに給料を安くしたりして、どうにか仕事と子育てを両立していた方もいたようです。

徐々にとはいえ社会が変化できた背景には、デンマーク人特有の仕事に対する考え方もあるのではないでしょうか。

仕事への考え方とプライベートライフを守る覚悟

さまざまな調査で、デンマーク人の仕事への満足度は比較的高いという結果が出ているように、一般的にデンマーク人は仕事好きです。
 
福祉国家だからこそ、お金を稼げば稼ぐほど高い税金を納めなければならないため、報酬は仕事をするモチベーションとして成り立ちません。
 
私が現地の人に実施してきたインタビューでは、仕事を自己成長のための「教育機会」と捉えているという意見や、社会的意義があり、かつ自分にとって意味のある仕事をしたいという意見を多く得ることができました。

針貝さんが撮影した日常の風景(写真提供=針貝有佳)

こうした考えがあるから、デンマーク人は「男性は外で働き、女性は家庭を守るべき」と考えません。男性も、妻が家庭に入ることを望むことはなく、妻も仕事を通して自身がありたい姿であるべきと考えるようです。

また、管理職に就く人がオフィスで仕事を終わらせることができず、家に仕事を持ち帰るケースもありますが、夜9時くらいまで家族と過ごした後、または朝始業時間前の1〜2時間を調整して仕事に充てているようです。
 
それでもやはり、それだけの短時間で仕事を全て終わらせるのは難しいように思えるのですが、デンマーク人のワークライフバランスを支えているのは、プライベートライフを守る覚悟だと思っています。
 
プライベートライフを守るために、一般的に仕事中のランチは30分に設定したり、仕事後の飲み会がほとんどなかったり、 様々なシーンで仕事を効率良く終わらせる方法が実践されているように感じます。

デンマークが次に取り組むべき課題

━━世界的に見てジェンダー平等が進んでいるデンマークでも、男女間で異なる課題はあるのでしょうか?

日本から見ると、デンマークはジェンダー平等が進んでいる国と思われるかもしれませんが、デンマーク人は、周辺の北欧諸国の方が進んでいると思っているのではないでしょうか。
 
働く環境で言えば、女性が管理職に就くことも珍しくありませんが、家庭に目を向けると、まだ母親が家事をリードしている家庭は多いと感じます。
 
これは日本でも言えることかもしれませんが、自分が子どもだった頃に母親がしてくれたことを、現代の母親にも無意識に求めてしまうかもしれません。
 
こうした背景もあり、女性は家庭を優先できるよう、労働時間が比較的短い仕事を選択する傾向があります。また、最近では男性も増えてきましたが、業界的に賃金の低い介護職や看護職などは、女性の割合が高いままです。
 
デンマークにおける男女間の平均賃金の格差については、まだ課題であると言えるでしょう。

━━針貝さんがデンマークの暮らしの中で気づいた、ジェンダード・イノベーションと呼ぶことのできるような事例があれば教えていただけますか?

デンマークもまだ完璧とは言えませんが、父親の子育てへの積極的な関わり方は他の国でもなかなか見ないのではないでしょうか。
 
父親が育児に取り組みやすい仕組みに注目をすると、ジェンダード・イノベーションのヒントがあるかもしれません。

デンマークでは日常的に見かける、子どもを乗せてカーゴバイクを走らせる父親の姿
(写真提供=針貝有佳)

デンマークにおける男性の育児休暇取得は約80%以上(日本は7.48%※2019年度実績)と、父親が育児休暇を取得するのは当たり前のことです。
 
また、男性の健康増進を願う50以上の自治体、労働組合、専門組織、企業によるパートナーシップ「フォーラム・フォー・メンズヘルス」による、父親と子どもの強い関係を促進するためのプロジェクト「ファザー・フォー・ライフ」では、育休中の父親が図書館などのプレイルームに集い、子どもと遊んだり、他の父親と話し合ったり、保健センターや図書館の専門家に会ったりすることのできるアクティビティも用意されています。

ファザー・フォー・ライフが提供するアクティビティの一例(公式サイトから)

母親と同じように、子育て中は父親も居場所がないと感じたり、家にいても孤立したりすることもあると思います。同じく育児中の他の父親に会うことのできる機会や育児を楽しめる場所がたくさん用意されていれば、結果的に母親の育児のしやすさにも繋がるかもしれません。
 
また、デンマークの公園に行くと、三輪のジョギング用ベビーカー(ストローラー)を押しながら父親が公園をジョギングする姿をよく見かけます。子どもの世話もしたい、体も動かしたい父親にとっては一石二鳥の習慣ですよね。

ジョギング用ベビーカー(出典=Thule)

日本でも、ジョギングをしやすいベビーカーが普及したら、父親が子どもと過ごす時間を増やすきっかけになるかもしれません。

ジェンダーの枠を超えて「インターセクショナリティ」へ

━━これまでのお話を振り返ると、デンマークでは、ジェンダード・イノベーションを超えて、ジェンダーの枠を超えた「インターセクショナリティ(ジェンダー、民族、年齢、社会経済的状況、セクシュアリティー、地理的位置、障害などに関連した差別が重なっていたり、複合的に交差していたりする状態)」に近づいているようにも感じました。あらゆる人々の個性に着目し、状況によって柔軟に変化できるデンマーク人の強さの背景には何があるのでしょうか。

これもひとつの理由で説明することはできませんが、デンマーク人は、家族、仕事のことも一度決めたことは最後までやり切ることが正しいとは考えないのでしょう。
 
この国では離婚、再婚を繰り返す人も多く、結婚という形式にこだわらずに子どもを持つ人も多いため、婚外子が半数以上です。転職もポジティブに捉えられていて、一人あたりの生涯の平均転職回数は約7回に上ります。
 
私たち人間は時とともに気持ちも変化していくものなのだということを受け入れ、システムに柔軟さを持たせているのですね。
 
また、既存のシステムに人を適応させるのではなく、人に合わせてシステムの方を変えていく柔軟性もあります。1989年にはデンマークは世界で初めて同性カップルのパートナーシップ登録制度を導入しました。現在では同性婚も認められていて、養子縁組やドナー提供で子どもを授かって育てているカップルもいて、それを認める社会の空気感があります。
 
一人ひとりが、自分、個々の気持ちを尊重しているのですね。その理由の一つに、ヨーロッパの他の国とは異なり、宗教色が薄いため、信仰が最も重要なことだとは捉えていないことがあると思います。
 
いい意味で信じているものがないので、困難に直面した時に「願えば叶う」とは思わず、目の前の課題をどうすれば解決できるのかを具体的に考える。
 
個々を尊重し、課題があれば合理的に解決策の模索に取り組む。こうした考え方とそれに基づいた行動の積み重ねが、現在のデンマークの姿を作り上げたのかもしれません。

デンマーク文化研究家。『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』(PHPビジネス新書)著者。早稲田大学大学院社会科学研究科にてデンマークの労働市場政策「フレキシキュリティ・モデル」を研究して修士号取得。2009年末にデンマーク移住後、メディア・企業・自治体・教育機関向けに現地情報を発信。首都コペンハーゲンに5年暮らした後、現在はコペンハーゲン郊外のロスキレでデンマーク人夫とハーフ2児と暮らす。


 


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