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Record.45 霊界大戦 vol.8 ●山さんを飲み込む蟲 ●強烈な使い魔 ●山さんとの別れ

●山さんを飲み込む蟲


まずいな………そう思っていた。

山さんは呪詛組織の事は知らない。

でも、山さんをヒーリングしなくては、と思った。

でもイチから説明するには、蟲に憑かれた山さんは早々に人格が変わり始めていたので、話を聞く余地があるか分からなかった。

中川さんと野沢さんの心配ばかりしすぎて、山さんを気にかけてあげれず呪詛が行くのを防げなかった。

前まで『ホホホ』と笑っていた私の話に、山さんは笑わなくなった。

私の言う事に過剰反応し始めて、そして穏やかだった山さんは苛立ちを見せ始めた。

そしてある日、些細な事で私と口論になった。

これが呪詛だと私は分かっている。山さんの後ろで大きな蟲が操るのが見える。

でも、それを何も知らない本人に今の状態で説明するにはもはやリスクがでかい。

口論した後、山さんは私と必要最低限の口しかきかなくなってしまった。

呪詛で私を嫌いになるように仕向けるのなんて簡単だ。

野沢さんも中川さんも『山さんヤバイですね…』と心配するほどに、日に日に山さんは禍々しいオーラに飲み込まれていた。

口をきいてなかった私も見かねて勇気を出し、呪詛の説明を少しだけして、山さんにヒーリングさせてくれと私は頼んだ。

一応、了承を得たけれど、ヒーリングは効かなかった。

野沢さんや中川さんは本人が闇に抵抗する意志や愛を根底に持っているので私は引き戻す事ができるけど、

山さんは、すでに闇に持っていかれていた。

35歳のサラリーマン時代に、山さんはストレスで目が見えなくなった。

山さんの心に沈殿していた怒りや悲しみや絶望や欲望や劣等感を、呪詛組織は見逃さなかった。

それをかき回して、私に向かうように仕向けていた。

私の呼び掛けに反応しない。山さんのエネルギーが闇の方の手を選んでいた。舌打ちしながら、ぶつぶつ何か文句を言いながらヒーリングを受けている山さんは別人だ。

無理だと思って、私は手を離した。

『ごめんなさい。無理でした』

山さんは最後に『僕に構わないでください』と言った。

あんなに色々な話をして沢山笑い合った山さんが、嘘のような存在になった。





●強烈な使い魔

夜更けすぎ、1人の馴染みの女性客が来た。

普段は、昼の時間帯によく来ていて、ハキハキ喋る明るい方だったが、どこか不安定な繊細な可愛らしい女性だった。

時々酔っ払って、マッサージ目的よりはちょっと誰かに優しくされたい時に店にフラりと現れる感じだった。

『飲み過ぎちゃってぇ、えへへ。トイレ貸してくださああい』って夜中に来た事もあった。

その時は「いつも甘えちゃってすみません。でも夜中にここが開いてるとホッとする~~ありがとう~~」と笑顔で帰って行った。

私は昼間勤務していた時にも施術を担当した事もあったし、お店の物販に置いていたフラワーレメディーの説明をしたり、顔を何度か向き合わせていた。

※フラワーレメディーとは波動療法の一種で、ネガティブな感情やトラウマに対処したり、精神や感情のバランスを取り戻したりするための花療法。花や草のエネルギーを転写したエッセンスを舐めたり、水にエッセンスを入れて飲んだりする。

レメディーを真剣に選んでよく買って帰っていたので、色々抱えている人なのだろうと思っていた。

その人がある晩フラリとやって来た。

『あ、こんばんは~!いらっしゃいませ』

と、いつものように明るく話しかけると彼女は黙って椅子に座り、パンツが見えるくらい足を上げてブーツを脱ぎ始めた。

私を無視してギャーギャー言いながらブーツをヨロヨロ脱いでいる。

『お仕事帰りですか~?』

と、言っても無視。

何だか様子がいつもと違う。酔っぱらってる?

『だ、大丈夫ですか?』

と、近付くと、私の顔を見て目を細めた。

『お前、誰だよ』

と、女性は吐き捨てるように言った。

『え……え~何度も会ってるじゃないですか~どうしたんすか』

『しらねーよ。お前、キライ。あっち、行け』

シッシッと、手で祓われた。

『え~、どうしちゃったんですか』

『うるせえな!いいからあっち行けよ!お前なんて知らねーよ。誰だよバーカ!お前キライなんだよ』

私は一瞬フリーズしてから、

『え~…………何度も会ってますけど、でも……今日は、マッサージしに来られたんですか?』

『マッサージはしねーよ』

そう言って、受付前の広いソファーにドカッと座り込んだ。

ああ、一応酔っぱらってるけど、こりゃ完全な使い魔だな。

まるで別人。話し方も声の色も違う。

『男』が入っていた。

『俺はお前がキライなんだよ!死ね!』

と、私に向かって叫ぶ。

『俺』って言っちゃってるやん。

私は緊張で上昇する心拍数を必死に抑えて、その人の目を見て、なるべく愛を込めて、

『まあまあ、温かいハーブティでも入れましょうか。ね?』

そうゆっくり言った。

すると、目の色がスッと和らいで、可愛い女性の声で、

『…あなたは……優しくしてくれる人?……』

そう言った。

『はい。大丈夫ですよ。安心して下さい』

やった!戻った!そう思って、優しく肩に手をかけた。

その瞬間に、

『うああああ~~~~!!あっち行けぇぇ"~~~~!!お前はキライだキライだキライだああ!』

と、絶叫した。

また低い男の声に戻り、暴れ出した。

一旦、受付に避難。

受付でハラハラと見守っていた中川さんもドン引きしていた。

二人で受付カウンターに立ち、どうしたもんかと溜め息をついた。

中川さんもこの人が取り憑かれてると分かっている。

施術を終えたお客さんが、この空気をまたいでササッと帰って行った。

良かった………この人がいる中で施術なんて受けていられないだろう。

それから女性客はさらに暴言を吐き散らかし始めた。

呪詛組織は、私を潰しにかかっていたのだろう。

女性客は、私だけに集中的に沢山の暴言を浴びせた。

本当に、どっからそんな酷い言葉思い浮かぶの?というくらい。

『お前は糞だ。人間のクズだ。お前なんかどうせここの社長とヤりまくって、その地位を掴んだだけの何もできないクズ野郎だろうが。クソビッチ!俺はお前みたいな奴は大嫌いなんだよ!』

という、妄想型?とにかく根も葉もないような暴言だった。

私は黙って必死に耐えていた。

すると、横にいた中川さんが突然ぶちギレた。

『実ちゃんはそんな人じゃない!!』

『はああ?!おめーが知らないだけだろうが!!』

『あなたに実ちゃんの何が分かるの!』

『うるせえ!!お前も俺の何が分かる!』

私のためにキレてくれた中川さんにアイツの邪気の風が向かうのが許せなくなり、それを皮切りに私は中川さん以上にぶちギレた。

『いい加減にしんさいよアンタ!!さっきから黙って聞いてりゃ客やから何言うてもええと思いんさんなよ!あんたは人にそれだけ言える何かを持ってるんか?!言うてみんさいや!』

初めて赤の他人に怒鳴った。残念ながら、私はこれを大人の方法で回避できる器用さも賢さも情緒もない。

普通にぶちギレた。

『……う、持ってるわい!!お前より持ってるわ!!』

『ほ~はいはい、聞きましょう。私を糞だの死ねだのと言える権利がある、さぞかしご立派な事をあなたはしてきたんでしょう。全部いってみんさい』

『……お、俺は音楽がやりてぇんだよ』

ん?(゜ー゜)

急に威勢が落ちて言った彼女の言葉が予想外だった。

一瞬で膝カックンされた気分になり、音楽好きの私は右ストレートを危うく食らいそうにもなった。。

それに負けないように、

『で?してるの?音楽』

『今はしてねーけど、そのうちするんだよ!!』

確かこの人は、30代のOLだ。

私が音楽好きで、昔音楽がしたくて挫折したのを霊視で見て利用したのか?

呪詛側が慌てて適当にセリフを打ち込んだような、ぎこちないセリフにも聞こえる。

『それの何が立派なの?私より優れてるの?他人に死ねと言えるほど立派な事なの?』

彼女は動揺しながら、店の棚に飾ってる小物を触って落とした。

『お前なんかどうせ………どうせ…!!』

と、また思い付くままの突拍子のない暴言を吐きながら、落ちた小物を拾って綺麗に元に戻したのを見た。

本来の彼女の意識が残っているのか、とんでもない暴言吐きながら落ちた物を綺麗に戻したその丁寧な所作に、ちょっと可愛いなと、面白いなと、笑いそうになった。

すると、押され気味になった彼女が目をつけたのは、ちょっと柱に隠れて様子を伺っていた山さんだった。

『なあなあ!お兄さん!お兄さんには分かるよなあ?この女がどれだけ腹黒くてビッチで卑怯者か!アハハハハハ。』

山さんは、オドオドしながら何か言おうとしていた。

でも、彼女が言った次の言葉に山さんは言葉を無くした。

『お兄さんはさ、こちら側だろう?』

ヒヒヒと笑って言った。

呪詛に飲まれてる山さんを見抜いている口ぶりだった。

中身は呪詛組織の幹部のオッサンだから、そりゃ分かるか。


『で、結局なんなんすか。何しに来たんすか。用がないなら帰って下さいよ』

『俺はこれ買いに来たんだよ。うるせえな』

と、レメディーを指さすが、一向に選ぶ気配はない。

『これ以上暴れるんやったら、警察呼びますよ』

『はああああん?警察う?呼べよ。呼べよ。さっさと呼べよ。どうせ捕まるのは、お前ぇぇだろうがあ~~~~』

『はい。じゃあ、呼びまーす』

私は通報した。

その前にセ◯ムの非常ボタンをひそかに押していたが、一向に来ない。

しばらくすると警察が来た。

大柄のおじさん警察が5人も来た。

女性客は、さっきまで暴れて暴言吐いていた様子を一切見せずにソファーに座っていた。

警察は、『この人?』と女性を見た。

女性は警察に、

『私はこれ(レメディ)買いに来ただけなのに、この人が売ってくれないんですよ』

澄ました顔と、まともな口調で言った。

警察は私の顔を見て顔を曇らせた。

こんな事で警察呼んだのか?

全員がそういう顔をした。

『ちょっと、事情聴くんであなたはこちらに』

と、警察は私を外に出して話を聞いた。

私は緊張と興奮で震えながら話した。

中では女性客が警察に淡々と話してる。

『まあ、特に何もなさそうですけど。どうしますかね…』

と、私と話した警察は困った様子で私と店内に戻った。

すると、淡々と私が悪いと話し続ける女性と警察のやり取りを見ていた中川さんが、

『この人さっきはこんなんじゃなかったですよ!』

と怒った。

その瞬間、凄い勢いで女性は机やソファーを蹴飛ばしながら狂い暴れだした。

(゜ロ゜)!!

ガタイの良い警察官3人がとっさに押さえ込み、玄関に引きずり出した。

『うああああ~~~!!離せぇ~~~~!!あいつが悪い~~!』

女性はスカートもめくれ、裸足のまま警察官に引きずられるのを必死で抵抗しながら、最後に振り向いて私に向かってこう叫んだ。

『お前が見たかったのはこれなんだろおおおお?!』

…………………(゜ロ゜:)どういう意味だよ。

女性はそのままパトカーに押し込められ、最後に警察は彼女の靴とカバンを押収して去って行った。

大きな台風が去って、店は静まり返った。

な、なんじゃこりゃ。

私と中川さんは一気に緊張が溶けて、脱力した。

そして中川さんと、女性の最後のセリフを反復した。

『ちょっとオモロかったよね』

ギャグ漫画のように思えた。

『あの人……落ちた小物、綺麗に戻して並べてたよね……』

『私も思いました!そこは戻すんやって。本来のあの人が出てましたよね、あそこだけ』

ちょっと可愛かったよねって二人で話した。

そこへ勢いよく誰かが店のドアを開けて入って来たので中川さんとビクー!となった。

『こんばんは!セ◯ムです!』

汗だくの太った男性がそう言って入って来た。

………………………(゜ー゜)

今さら来るなよ。そう思いながら、

『もう警察呼んで解決しました』

『あ、そうですか!じゃあ、書類にサインだけお願いしまーす!』

こ、これに社長は月三万払っているのは可哀想だ。

私は社長に解約するように勧めた。



あれから彼女がどうなったかは不明。

酔いが覚めたらいつものあの人に戻れただろうか。

もう彼女が店に来る事はなかった。

あの人は呪詛で使い魔にされていたけど、あの人のバックには他にも何か分からないけど、白い狐のような妖怪みたいな女性がいた。

それは元々持っている動物霊みたいなものなのか、呪詛でつけられたものかは分からない。

何か厄介で強いものだった。

●山さんとの別れ

そんな事件があった次の日くらいに、山さんの禍々しさはピークに達してしまった。

ずっと舌打ちしながら歩いていて、お客さんに対しても明からさまに酷い態度で仕事をしていた。

注意をすると、『あ~ハイハイ』と不機嫌に流す。

そのうち、私がいる部屋の前を通る度に、

『死ね!死ね!死ね!』

そう言い始めた。

何度か、それが聞こえたのちに私はまたぶちギレてしまった。  

山さんが待機していた部屋のドアをバァン!と開けて、

『誰に死ね死ね言うとるんじゃ?!言いたい事あるならハッキリ言いんさい!!』

私は叫んだ。後ろには慌ててついて来た中川さん。

『べ、べつに誰にも言ってないですよ!』

青ざめた顔で山さんも叫んだ。

『言いたい事あるならハッキリ言いんさい。全部』

『………ひ、人をバケもの扱いしやがって!』

そう言った。

『僕をヒーリングしたりして……そんなの必要ないんですよ!バケモノみたいに扱って避けやがって』

怨念たっぷりに、そんな事を叫んだ。

『何それ………』


呪詛は全てをネガティブに映して、頭の思考も操り、心の声を全て悪い言葉に変える。  

山さんは私を嫌いになるように仕向けられたので、私の存在自体が勘に障るし、ネガティブにしか感じなくなっている。

それに飲まれたら本当に苦しいし、脱出が大変だろうと思う。

飲まれすぎた山さんに何を説明しても、きっと私の声は届かないのを、心が重たくヌルっと感じて吐きそうになった。

それでも話そうと試みたが、

『もうあなたのそんな話聞きたくないんですよ!』

山さんは叫ぶように言った。

『じゃあ、私に対してどう思おうが良いですけど、お客さんを不快にさせる態度はやめて下さい。それは仕事として。寝てる時に死ね死ねなんて聞こえるお客さんの身になってください。それができないなら辞めてください』

『じゃあ辞めます』

『分かりました』

山さんは部屋から出て事務所に行った。

中川さんは山さんを追いかけた。

そして、山さんを見送った後、脱力していた私の元に戻って来た。

『山さん最後、僕はあの女性客と同じなんですって言ってたよ…』

『そっか………』

山さんは、どこかで分かっていたのだろう。

でも、歯止めがきかなくなったのだ。

盲目の山さんをクビにしたような形になったので、私を酷いと思う人もいたが、確かに酷いけど、昼間にも違う所で仕事をしているのを私は知っていたので、私がいる呪詛まみれの店にいるより良いと思った。

『中川さん、大変な目ばかり遭わせてごめん………』

中川さんには、この店に来てからハードな体験ばかりさせてしまっている。

でも、罪悪感に囚われたり情緒に翻弄されたり自分を責める事は呪詛の餌になり、危険だと分かっていたので私は走り続けるしかなかった。

























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