1話*野良猫への階段
2014年、10月の終わり。
猫を触りたいと思っていた。
猫は飼った事もないし、特に意識もした事もなかった。
広島の田舎の漁師町で育った私には、野良猫は風景みたいなもんだったし、野良猫も野良犬も沢山いた。
小さい時は、野良猫や野良犬と仲良くなるのが得意だった。
動物でも「気が合う、合わない」があって仲良くなれない時もあったけど、時々とてつもなく気が合う野良に出逢って外でもみくちゃにじゃれあって遊んだ記憶がある。
異種族だけど心と心が通じ合う、遊び心と労りと愛だけの感覚を、子供ながらに感じて満たされていたのだと思う。
大人になるにつれ、その感覚をいつの間にかどこかに置いて来た私は、動物にはトンと縁が無くなっていた。
34歳。仕事がうまくいかない時期があった。
勤めていた店舗が潰れて無職になり、転職先が面白いくらい「何かしら」問題があってびっくりするくらいうまくいかなかった。
人生ってやつは、そういうアトラクション用意しているもんだ。
しかし、生活もあるし、食っていかねばならんのです………。
良い職場が決まらず仕事先を転々と、何度もしていた。
仕事、お金、人間関係 、、、
お悩みランキング上位にどっぷり浸かる自分がなんだか滑稽です。
人生の歯車は、油が切れたように止まったようでございます。
チッキショー!!コウメ太夫が憑依する日々。
悶々と、でもとにかく息をしてりゃなんとかなるさ~って奮い立たせていた日々。
ストレスで疲れ果てていた。だから、思考とか観念とか理屈とか判断とか批判みたいなのがないような存在、動物や赤ちゃんみたいな純粋に存在してるものに無性に触れたいなあと思うようになっていた。
それで一番身近に感じたのが猫だった。
猫なら野良猫がいるし触れるかも、なんて安易に思って外を歩いてる猫を見つけるたびに近付いた。
でも、一向に相手にされなかった。
近付く間もなく走って逃げられ、私はまるで不審者。
猫を触ろうと伸ばした手はいつも行き場を失い、チーン♪と固まること数回。
それでアニマルパークとかペットショップとか行ってみたけど、なんだか悲しくなって帰るだけだった。
そんなある日、一緒に住んでいるパートナーのT君が散歩中に人なつこい猫と出逢ったと言って来た。
聞けば河川敷を散歩中、日向ぼっこをしている2匹の猫を見つけ、しゃがんで口を鳴らして呼んでみたら一匹が近付いて来て、膝に手を乗せて来たらしい。
でも爪が急にガッ!っとなって痛かった、と。
そして家に帰ってトイレに行き、出たらさっきまでなかったゴキブリの真っ二つになった死骸が廊下にあって不思議だった、と話して来た。
「その猫が悪いもの取ってくれたんかな」
実はT君も潰れた同じ店舗で働いていたので一緒に無職になったのだった。
アメージングな事に二人揃って仕事探しがうまくいってなかったゆえ、二人でそんな事を思った。
良い歳して、二人で30円しかなかった日さえある。
「10円で食べれるものってこの世にまだあるんかなあ?」
夜中にコンビニに行き、30円で3本買えたうまい棒。
うまい棒を神と崇め、二人で仲良く頬張った私達の魂はまだ死んでいなかった。
そこに現れた猫神かもしれない、、、
そう思ったおめでたい私達は「その猫にお礼を言いにいこう!」という事になり、その夜私達は河川敷にその猫に会いに行った。
だけど、T君が会ったというその場所に猫は居なかった。
しょんぼりした帰り道。
寄った公園にいた黒猫が人懐こく寄って来たので、触って帰った。
やっと!………やっとこさ念願の猫に触れたものの!私の心はすでにその河川敷の猫にしか向いていなかった。
なぜだか分からないけど、猫に触れたから気が済むこともなく、
その日から私たちは、毎日その場所に行ってT君が会ったという猫を探し始めた。
猫を探して3日目。
河川敷に続く階段の下で口を鳴らして呼んでみるも、猫は姿を現さない。
口の中が痒くなるくらい舌を大きく鳴らして呼んだ。
チェッチェッチュッ!!!!!
でも現れない。
今日も無理かあ…と、河川敷を背に階段に腰を降ろした。
その場所は団地アパートと中学校があって、河川沿いに建つ学校と河川敷のなだらかな斜面が長々続く芝生との間に小道があった。
しばらく階段で談していると、草が茂って見えなくなっていた小道からガサガサ音がした。
二人で静まり返って、耳を澄ました。
『猫かも…!』という期待と『いや、変態かも………?!』みたいな恐怖がごちゃまぜになった緊張感を一瞬で走らせ、草むらをジッと見た。
すると、草むらからゆっくりと2匹の猫が姿を現した。
T君が目を凝らして「この猫や」と言った。
私の胸は高鳴った。
ついに猫が、私達の前に姿を現したのだ!
会えた喜びで、なぜかとてつもなく感動したのを覚えてる。
2匹は兄弟なのか、同じ柄のよく似たキジトラだった。
警戒されないように興奮を抑えつつ、口を鳴らして呼ぶと猫は少し様子を見てた。
そして2匹のうち、体の大きな猫が階段を登って近付いて来た。
お腹がボールみたいに大きかった。
『妊娠してる? あれ、違う、雄じゃね…笑』
おまけに鼻風邪ひいているらしく、鼻水をジュルジュル鳴らしてる。
想像していた可愛い猫のイメージが打ち砕かれて、わたしは可笑しくて笑った。
わたしはすぐその猫を気に入った。
もう一匹の猫は細く、ものすごい警戒心が強かった。
近付けば逃げる、めっちゃ逃げる。
大きな猫のほうは私たちの傍に座り、撫でても逃げなかった。
どうやら肝が座っている猫のようだ。なんだか向こうも私達に興味があるよう。
私達はまずこの猫に名前をつけることにした。
私の口からこぼれ出たのは、
『ボングー!』
それから私達はこの大きな野良猫を『ボンさん』と呼び始めた。