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12話*ホウホウのロックンロール

ボンさんが元気になった、次の日。

ボンさんはT君の膝に寝ていて、私は横に座りボーッとしていた。




すると、珍しくホウホウが散歩したそうに傍に来た。


『ホウホウ、散歩する~?』


と、わたしは一人河川敷に向かって階段を上り始めた。


ボンさんも来るかなと思ったけど、病み上がりのボンさんは膝の上が良かったみたいで来なかった。


ボンさんいないのに、いつもみたいにホウホウ散歩できるかなあ、と思った。


だけど珍しく、ホウホウは私に一人でちゃんと付いてきていて、一緒に歩き始めてくれた。


( す、すげ~!あのホウホウがああああ~~~~)


と、内心ひどく感動。


初めての二人きりの散歩にちょっと緊張しながら、

その緊張が伝わってホウホウに警戒されぬよう、


バレないようにバレないように、緊張と興奮と感動をぐっっと小さめに凝縮させて私は冷静を装い歩いた。




ホウホウは嬉しそうに歩き、しかも私に歩調をちゃんと合わせてくれている。



( え~!これは夢ですか奇跡ですか~!)


萌え上がる自分を必死に押さえつつ、

貴重なホウホウと二人だけの時間を、大事にしようと味わいながら歩いた。




二人だけでも散歩してくれるなんて、心を開いてくれてるんだなと思って私は心底嬉しかった。


ふと、止まった私の足に、ホウホウはすり寄って来た。

んああああああああ、、、、、

長年の片思いが実ったかのよう。




しかし人間、欲が出る。

いつも撫でると嫌がってたホウホウだけど、少しだけ撫でてみようかな………なんて。


チョン………

ちょっと触ってみた。


ビクゥ~~~っと体を縮めたホウホウだけど、逃げなかった。




ちょっと控えめに少しずつ撫でた。



撫でられ慣れてないホウホウはぎこちなく、へっぴり腰。

それでも逃げずに撫でさせてくれた。




そしてまた歩き始めると、前に進めないくらい、ホウホウは私の足にずっとすり寄って来た。



嬉しくて嬉しくて嬉しくて、愛しかった。

大事に大事に一緒に歩いた。




それがホウホウと二人での、最初で最後の散歩になった。




ボンさんの風邪が治って1週間も経たないうちに、今度はホウホウが風邪をひいた。

ボンさんの風邪が感染ってたようだった。


ホウホウはご飯を食べなくなり、自動販売機の下や草むらの中に隠れたまま、私達に近付いて来なくなった。

久しぶりに顔が見れた!と思ったら、水だけ飲んですぐ隠れる。



やっと仲良くなれたホウホウが、まるで初めて会ったみたいに警戒している……。


そして何より、その行動から体調の悪さがただの風邪ではないように感じた。


ボンさんみたいに抱っこして温めたい!!

けど、ボンさんと違って近付くことすらできない、そのうち顔すら見れないもどかしい日々が数日続いた。

しばらくしたある日、ホウホウを探すとボンさん達がたまに寝床にしていた団地アパートの階段下にある用具いれスペースにいた。

ホウホウはほうきの上で寝ていた。

久しぶりにちゃんと顔が見れた。

近付くと逃げようとするので、少し離れたまま、ホウホウがどうにかご飯を食べれるようにペースト状のフードやミルクを置いてみた。

まだまだ寒い冬。段ボールベッドもまた作って置いた。



ホウキの上で小さくなっているホウホウに、



「ホウホウ、早く元気になってあそぼうね。また散歩しよう~。」


と、何度も話しかけた。



ホウホウは小さな声で鳴いていた。




ホウホウがトイレに行きたいのか、出て来た。

その姿に私達はショックを受けた。


久しぶりに見たホウホウの姿は、痩せ細り、小さく小さくなって、子猫くらいの大きさになってしまっていた。




ホウホウがヨタヨタと歩き、途中でペタンと力尽き座った。



ボンさんが駆け寄って、ホウホウのお尻を嗅いだ。

ボンさんも心配している。



でもホウホウは、落ちついていて、気持ちは強く見えた。


その精神力でボロボロの体を動かし、アパートの裏庭に消えて行った。


捕まえて病院に連れて行けるんじゃないかと思えた時は、ホウホウが弱りすぎた頃だった。


葛藤があった。


それから私はどんどん心配と不安ともどかしさに蝕まれた。

毎日、ホウホウがいるかどうか祈る気持ちで会いに行った。


痩せ細ったホウホウを見て、手遅れかもしれないけど私たちは病院に連れて行こうと決意した。

でも、お金はない、、、、。

とりあえずどうにかなるだろうと。



袋かばんを持って、ほうきの上で寝ているホウホウの傍に行き、ほうきを少しずつ手繰り寄せた。




そしてホウホウを抱きあげ袋に入れた。



けど、ホウホウは一瞬で抵抗し俊敏に逃げた。



弱っていたホウホウにそんな体力あるように見えなかったので、びっくりした。



失敗した上に、弱っているホウホウの体力を奪ってしまった…



私達の顔を見たホウホウからは、病院には行きたくない強い意思を感じた。



ホウホウはすでに覚悟をしているのかもしれない…。




そう思うと、病院に無理やり連れて行き、保護してもホウホウはボンさんと離れてしまう、、



ボンさんと離れて、もし亡くなってしまったら、、、、。




私がホウホウなら、助かろうが助からまいが住み慣れたこの場所、

ボンさんがいるこの場所にいたいと思う。




「ホウホウ、ごめん。病院にはもう連れていかないから、大丈夫だよ」



警戒するホウホウに、そう言った。




ホウホウは安心した顔をした。








次の日、またほうきの上で寝ていたホウホウは、昨日よりもさらに弱っていた。

さすがに前ほど逃げる力もなさそうなホウホウを見て、また病院が頭をかす
めたが、約束したから考えないようにした。

ホウホウの弱り具合から、今日で、最後かもしれない。

そう思った。

ほうきをまた少しずつ動かして、ホウホウを近くに引き寄せた。

せめて温めてあげたい。



ボンさんのように人慣れしていなかった警戒心が強いホウホウは、人間の膝の上の温かさをきっと知らないはず。

地べたに座り込み、痩せ細った小さな小さなホウホウを抱き上げ、ジャンパーの中に入れた。



少し戸惑ったようだったけど、すぐ身を任せてくれた。

呼吸が苦しそうなホウホウの息の音。

命の灯は、細くたゆたっていた。




初めて抱っこしたホウホウは小さくて小さくて軽かった。



ホウホウは、安らかな顔をした。

赤ちゃんみたいな顔。

ホウホウのこんな無防備な顔は初めて見た。




ボンさんもやって来て、ボンさんはT君の膝に乗った。




ホウホウと喧嘩ばっかりしていたボルトもやって来て、私達の近くで珍しく大人しく座って、じっと見ていた。




なぜかみんないる。




私は、涙が止まらずどうにもできなくなった。



野良猫と関わる事は、こういう事なんだな、、と悟った。


『生きる』って、生々しいもんな。本当は。




これも、全て私達は受け入れるんだ。




ホウホウの生き様を見届けるんだ。







しばらく、ずっとホウホウを抱いていた。

( このまま連れて帰って助けてやれないだろうか? わたしたちはずっとホウホウを見殺しにしているみたいだ、、、)



またそんな事をふっと、思ってしまった。




それを察したのかホウホウは、目を覚まし、突然私の懐から力強く這い出た。



しまった…

「大丈夫だよ!病院には連れていかないから、大丈夫だよ!」

と焦って言ったけど、遅かった。




ホウホウはもう戻る気はないようだった。





ヨタヨタと、力を振り絞りながら体をやっと動かし、歩き始めた。




私達から少し離れて振り向いて、「にゃあ」一声鳴いた。




それは「さようなら」に、聞こえた。





そして、ホウホウはアパートの裏庭に歩いて行った。



私は思わず、少し追いかけた。

追いかけちゃダメなのは分かってる。



でも、遠くからでも、と…

裏庭にあった私の背丈くらいのL字の壁に隠れ、そこから覗いた。




ボンさんも私と一緒に見ようと、壁を登ろうとしてジャンプしたけど、ボンさんも動揺していたのか失敗してドスン!って落っこちて、


「何してんのボンさん」って鼻水垂らしながら、ちょっと笑った。




2回目ジャンプを成功させて、壁の上にボンさんは乗った。



ボンさんと二人で並んで見たのは、



ホウホウがゆっくりゆっくり歩いてゆく後ろ姿。



灯りが点るこの道を、小さく小さくなったホウホウの背中が

ゆっくり、ゆっくり、歩いてゆく。


やっと動く体を、力を振り絞りながら、一歩一歩。

こないだ一緒に散歩したホウホウが、

もう引き留めれない背中をしている。





これで最後になる背中をしてる。





細く小さくなった背中は、潔く、なにも濁さず歩いている。



その姿を、ボンさんと最後まで黙って見送った。



ボンさんは、どんな気持ちで見とったんじゃろうか。




その光景は、野良猫として生き、野良猫として終わろうとしているホウホウの強くはかない生き様全てだった。



ゆっくりゆっくりと、ホウホウは私達が見えない闇夜に消えて行った。

美しくて、悲しくて、苦しい夜だった。










次の日、ホウホウは居なかった。




用具入れにも、草むらにも、どこにも。

あちこち探したけど、居なかった。



ボンさんは分かっているのかいないのか、普通だった。





ホウホウの息絶えた姿を見た訳ではない。



だから、「もしかして」なんて思ってしまう。




どこかで生きてるかもしれないって、思ったら、ずっとそうしていられる気がした。




猫は死に姿を見せない、とよく聞くけど、

どこかで生きてると思わせたまま、独り空間に溶けて消えて行く生き様は、人間にはおよびもつかない慈愛だと感じた。




パートナーのTは「ホウホウを抱っこしたかったなあ」と漏らした。

一度もホウホウを抱っこできなかったからだ。






そしたら、

Tは寝ている時に金縛りにあって、

胸の上に何かいたんだって。




それがホウホウだって感じて、Tはギュッと抱き締めた。



「行くなよ、行くなよ」と抱き締めたんだって。



だけど、


「ありがとう。もう行かなくちゃ」って言って、


その胸にいた存在は消えたらしい。




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