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ホワイトブーケの香りとともに

——私が好きだった人はいつもホワイトブーケの香りを身に纏っていた
彼からホワイトブーケの香りが消えた時、私が好きだった彼は消えた——



4月、私は彼と初めて出会った。
あちらこちらで話の花が咲いている教室。その空間で私は一人、ブルーライトを見つめていた。10分ほど経った頃だろうか、甘い香りが鼻腔をくすぐった。鼓動が高鳴る。私は驚いて顔を上げ、横を見た。ついさっきまで誰もいなかった隣席に彼がいた。
その香りはどこにでも売っている柔軟剤の香りだった。友人が同じ柔軟剤を使っていて、ホワイトブーケの香りだと教えてくれたことがある。私はこの柔軟剤を使っている人と数人出会ったことがあるが、鼓動が高鳴ったのは後にも先にもこの時だけだった。

5月、私は彼の隣を歩いていた。
私より少し背の高い彼の声が頭の上から聞こえる。心地よい声色と会話のテンポ、彼独特の言葉選び。私は彼と話すのが毎日の楽しみとなった。

6月、私は彼に恋をした。
ある日、私は隣に座る彼の横顔をこっそり眺めていた。高くてスッとした鼻筋、長いまつ毛、鋭く尖った喉仏。「かっこいいな」思わずそう呟きそうになった時、突然彼が私の方を向き、不意に目が合った。その瞬間、私は恋に落ちた。まるでその瞳に吸い込まれるように。

7月、彼は私に恋がしたいと言った。
「マッチングアプリを始めようと思うんだけどどう思う?」彼は私にそう言った。彼女がいないと分かった喜びと私は対象外だという悲しみ。二つの感情が同時に押し寄せてきて私の思考回路は停止した。彼が私を見つめる。私は思考回路をなんとか動かし必死に考えた。反対したらやらないのだろうか。いっそのこと告白してやろうか。でも、今の関係が壊れるのは嫌だ。「やってみたらいいんじゃない?」私はそう答えた。

8月、私は彼と出かけた。
これを逃したら、もう彼とは出かけられないかもしれない。私の勘がそう言った。彼からの突然の誘いに予定も確認せずに行くと言った。後先考えずに予定を入れたのはこれが最初で最後だと思う。
朝7:00から夜7:00まで丸々12時間。私たちはいろんな所に行った。また行こうと言った私に、次はあるかなと彼は答えた。

9月、彼のスケジュール帳にKという人物が現れる。
彼はスケジュール帳をいつも机の上に開いていて、誰でも見る事ができた。Kの名前を見た時、マッチングした相手だろうと私はすぐに確信した。名字しか書いていないその名前の主が女性であることはこの時の私にとっては何故か明白だった。

10月、私は彼の異変に気づく。
数日おきに彼の帰宅が早くなる。いつもは最後まで教室に居残るくせに、気づいたらもう窓の外。
「昨日どこ行ったの?」
どこかへ遊びに行った次の日は決まって嬉しそうに出来事を語る彼にそう尋ねても、「ちょっと予定があって」としか答えない日が多くなった。その日の予定には必ずKの名前があった。

11月、彼からホワイトブーケの香りが消えた。
彼が纏う香りとともに、彼自身も変わった。スマホを手にしているところをほとんど見た事がなかった彼が、ずっとスマホを見るようになった。会話にもあまり参加しなくなり、遅刻も増えた。不思議なくらい一瞬にして彼への恋心が消えた。本当に彼のことが好きだったのかと疑うくらいに。

12月、彼は他の誰かを選んだ。
私は全く悲しくならなかった。「ああ、やっぱり」それだけの感情だった。ブルーライトに照らされている彼の横顔を見てもかっこいいとは思えなかった。彼への恋はこのようにして終わりを迎えた。


『もし、7月、私が彼を止めていたら、彼はまだホワイトブーケの香りを纏い続けていただろうか。
もし、ホワイトブーケの香りを彼が纏い続けていたのなら、彼は私の好きだった彼のままだったのだろうか。』
この恋が終わった後、時々こう思う事があった。心のどこかにまだ彼への恋心が残っていたのかもしれない。私はまだ私の好きだった彼が戻ってくることを諦めきれていなかったのかもしれない。
しかし、ホワイトブーケは終売した。もう彼がホワイトブーケの香りを纏うことはない。この時、この恋は本当に終わりを迎えた。ホワイトブーケの香りとともに。

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