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それでも「希望」を届けたい~第19回難民映画祭が伝えたい、「難民はあなたと何も変わらない、すぐそばにいる人」

11月7日、第19回難民映画祭が始まりました。オープニング上映会としてTOHOシネマズ六本木ヒルズシアター2で、10分の短編で詩の朗読劇「リスト:彼らが手にしていたもの」の上映と関根光才監督のあいさつがありました。

リスト:彼らが手にしたもの
関根監督

リスト:~は、難民となった人たちが何をもってまず逃げたかをそれぞれが語る構成です。お金、服、スマホ、バッテリー、バック、水筒。恐怖のさなか、生きるための最低限の持ち物。昨日まで普通の暮らしをしていた人々の明日を作るもの。関根監督はアメリカ大統領選挙のトランプ勝利にも触れながら、世界がますます難民よりも自国の利益優先に傾く中で、難民映画祭の意義を訴えました。


満員の会場

第19回難民映画祭で上映される「ザ・ウオーク~少女アマル、8000キロの旅」の上映が始まりました。アマルとは希望を意味する言葉。シリアの底抜けに明るいアレッポの空で鳩が自由に飛び、その鳩と一緒に遊ぶ少女の印象的なシーンから始まる映画は、実際に姉妹と両親を戦争で失ったアマルと3.5メートルの人形のアマルを通して、シリアの難民という視点からトルコ、ギリシャ、フランス、ドイツなどを回り、そこで起きたことをリアルに記録していきます。ギリシャでは「恥を知れ!」十字架を片手に排斥する人の前にたじろぎ、フランスでは人形にパスポートが与えられ「なぜ私にはないの?」と苦悩し、ドイツでは豊かで美しい街の陰でネズミのうろつくテントで暮らす難民を見る。アマルは「こんなところに来ないように」と忠告されても「もう帰るhomeはない」のです。
アマルは苦悩します。
※homeの翻訳については以下を参照してみてください。↓

映画終了後、ゲストスピーカーとして、タマラ・コテフスカ監督とジャン・ダカール撮影監督が登壇し、映画で伝えたかったことをお話しいただきました。

タマラ・コテフスカ監督
ジャン・ダカール撮影監督

タマラ・コテフスカ監督は1993年北マケドニアのプリレブ生まれで「ザ・ウオーク」は3作目となります。アマル(希望)という3.5メートルのリアルな人形がヨーロッパ各地で「大人は拒絶し子どもは受け入れる」という認識の差、日本では難民問題が1990年代から若い世代中心にとり組まれてきたことに深く敬意を表すると述べ、難民問題を引き続き注意を払い続けてほしいと胸の内を語りました。両監督が映画の中で好きなシーンとして、パレスチナの海を見たことがない子どもたちが創作のワークショップで想像の「海」を体験するシーン(本当に子どもたちが活き活きしている!)と少女アマルがラストで本物の海を体験するシーンをあげ、このシーンの中に未来への希望が託されているのですと観客に語り掛けました。

「しかし」とタマラ・コテフスカ監督はつづけて
「このシーンに登場した人すべてトルコ大地震で被災しいなくなってしまった。わずか1年で映画のシーンがアーカイブになるとは夢にも思わなかった。パレスチナの子どもたちに海の体験ワークショップを教えた学校ももうありません」と話されました。

それでも「希望」を届けたい。監督のメッセージは映画を見た人にしっかりと伝わったのではないだろうか。世界が分断へ進もうとしている一方で、人間らしい生き方、毎日の生活をちゃんと送ることに価値観を求める、お互い助け合い生きていくのが人間の本来のあり方だという気持ちは根底では変わっていない。映画の最初に出てくる洗濯物を干し、子どもたちが遊ぶhomeにすべての人が生きられる社会を、そのために何かをすることがより人間らしい生き方を作る。ぜひ一人でも多くの方に難民映画祭の6本を見てほしいと思います。 


紹介の記事です。↓

見ることから、知ることから、できることがあります。
難民はあなたと何も変わらない、あなたの隣にいる人です。

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