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月をうむ 15

第十五話 月を産む

 モジャリの体が大きくふくらんできました。

 おなかの月は半月です。

 モジャリは息をするのもつらそうでした。

 住人たちは、ぽっかり広場にモジャリの様子を見に来ては、勝手な声援を送ります。

「モジャリ、えらいぞ。おまえはこの森の救世主だ」

「いつもこっそり月を飲んで腹にため込んでいてくれたおかげだな」

「おまえはこの森になくてはならない存在だよ」

 モジャリは次第に不機嫌になり、ヒカリとも口を聞かなくなってしまいました。

 やがてモジャリのおなかの中の月の輝きが失せました。
 破裂しそうなおなかの中に確かに月はあるのですが、心の闇におおわれて、光が消えてしまったのです。

「月が産めなきゃおいらなんて、役立たずの用なしさぁ。おまえだってそう思うだろう? ほんとはおいらのことなんて、どうでもいいと思ってるんだぁ……」

 モジャリはヒカリに言いました。

 ヒカリは少し怒ったような顔をしましたが今にも泣き出しそうでした。

「どうでもいいだなんて、そんなこと思ってないわ。だってモジャリはこの世界でたった一人の友だちだもの」

「友だち?」

 モジャリは初めて言われた言葉に目をぱちくりとさせました。

「友だちって何だ?」

「大好きで、大切で、仲よくしたいって思う相手のことよ」

「大好きで……大切……?」

 その言葉はモジャリの中で凍りついていた重い塊を一気に溶かしたかと思うと、血液の中を電流が流れるようにかけめぐり、熱量をあげながら、おなかの一点に集中しました。

 おなかの月がまぶしい光を放ちます。

「月が満ちていく……」

 ヒカリはこれまでに見たこともないぐらいにまぶしく青白い光を放つモジャリのおなかの中の月を呆然と眺めていました。

「痛ぇ、痛ぇよぅ……痛ぇ……!」

 モジャリはおなかがふくれあがりすぎて、のたうちまわることもできず、大の字になったままの状態で手足をじたばたさせて叫びました。
 そんなモジャリの姿を見るのは、ヒカリにはもう耐えられません。

「もういや! もう、見ていられない……。みんなの心からの願いでも、それで誰かが一人でも傷ついてしまうなら、そんな願いかなわない方がいい!」

 ヒカリはモジャリにしがみついて泣きました。

 そんなヒカリの頭をそっとなでながら、モジャリはやさしく微笑みます。

「おまえ……おいらが……みんなの願いをかなえてやろうとしているってぇ、思っているのかぁ……?」

「ちがうの……?」

 ヒカリは涙にぬれた顔でモジャリを見ました。

「これはぁ、おまえの願いでぇ、そしてぇ、おいらの願いでもあるんだぁ」

 モジャリはヒカリの右手をつかみ、自分のおなかにあてさせました。

「おまえの願いをかなえさせてくれよぅ、おいらにも一緒に願わせてくれよぅ」

 モジャリはヒカリの左手も自分のおなかにあてさせて、一層おなかの中の光をまぶしく強く放ちました。

 いまやモジャリの中の月は完全に満ちようとしています。

 モジャリのおなかが裂けそうです。

 ヒカリの胸も痛みで張り裂けそうでした。

「モジャリ、私、何もできない。あんたに何もしてあげられない」

「いいんだぁ。おいら、何かしてもらいたいから、何かするってわけじゃねぇ。あったかくってやさしくて、涙が出そうなこの気持ち……、何て言ったらいいんだぁ? おいらに明るい灯をともす。おまえは、おいらの光なんだぁ」

 モジャリのおなかの月はさらに強い光を放ちます。
 満ちた月は今にもモジャリの体を突き破って出てきそうです。

「やめて、モジャリ! 死んじゃうわ!」

 ヒカリは泣き叫びました。

 モジャリは、月の宝石の涙を、目からごろりとしぼり出し、ヒカリにそっと手渡しました。

「笑っていてくれよぉ、ヒカリ。おいら、とっても幸せさぁ。おまえのための痛みなら、この痛みさえ幸せだぁ」

 モジャリは精一杯の笑顔をヒカリに見せます。

 モジャリがモジャリであったのは、この時が最後でした。

つぎのおはなし

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