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月をうむ 9

第九話 おとぎばなし

 
 まっくら森の中でもひと際うっそうと木の茂る暗い暗い森のはずれに闇の洞穴はありました。森のルールを破る者を戒める牢屋です。

 スズランランプにぼんやりと照らされたじめじめとした洞穴に一人ぼっちで置き去りにされ、ヒカリはしくしく泣いていました。

 そこにモジャリがやってきました。

「ヒカリ、泣くなぁ。おいらがここから出してやるよぅ」

 そう言うや、モジャリは洞穴の入り口に張りめぐらされた格子の枝をバキバキと壊しました。

「おいら、前はよくここに閉じ込められたぁ。脱走するのも慣れてるんだぁ」

 モジャリは得意げに笑います。

「さあ、ヒカリ、ここから逃げるんだぁ。森の連中なんてかまうことねぇ。おいらと二人で気ままに生きよう。楽しいぞぉ。なあ、そうしよう」

「だめよ。それじゃ何も変らない。いつまでも夢から出られないっていうだけだわ」

「何だぁそれぇ? どういうことだぁ?」

 モジャリはヒカリに聞きますが、ヒカリはどこかあきらめたようにため息をつくだけでした。

「ヒカリ、何か隠していることがあるのかぁ?」

「隠しているんじゃないわ。言ってもきっとわかってもらえないってだけよ」

 ヒカリの言葉にモジャリは悲しそうな顔をします。

「ヒカリ、何でも言ってくれよぉ。おいら、何でも聞くからさぁ。どんなことがあっても、おいら、おまえの味方だぁ」

 モジャリのやさしい目の奥を見ると、ヒカリはそれまで誰にも言わなかったことを話してみる気になりました。

「あのね、ここは、私が見ている夢の中の世界なの」

「夢? どういうことだぁ?」

 モジャリはちっとも理解できないといった顔でぽかんと口をあけました。 
 そんなモジャリの反応は最初からわかっていたことなので、ヒカリはかまわず話を続けます。

「私ね、いつも寝る前にママに色々なおとぎ話を聞かせてもらっていたの。その中でもとくにお気に入りだったのは、まっくら森の月光花のお話。こびとや妖精たちが暮らす夜の森の世界には、月の光を放つそれはそれは美しい花が咲いているってお話よ。その話を聞くたびに月光花ってどんな花なんだろうって思って、本物が見てみたくなったの。それをママに言ったら、月に願いをかけてごらんって言われたわ。満月の夜には不思議な願いがかなうんだって。まっくら森のお話もそういうお話だったのよ。
 
『満月の夜には切り株だらけのぽっかり広場で大集会が開かれます。
 こびとや妖精や精霊たちが、誰かのための大事な願いを一つだけ、月にかなえてもらうのです』
 
 ママはこのお話をしながら、どんな願いも心から純粋に願えばかなうのよって私に言った。だから私は満月に月光花の世界に行きたいってお願いしたの。そうして眠りについたら、この世界で目を覚ましたの。だからここはきっと私が見ている夢の中の世界なんだわ」

 モジャリにはヒカリの言っていることがちっともわかりませんでしたが、いくつかひっかかることがありました。

「おいら、全然なんのことだかわかんねぇけどぉ、でも、おまえの話にはおかしいところがあるぞぉ」

「何?」

「月に願いをかなえてもらうなんて、おいら、聞いたこともねぇ。月光花なんて花もここには咲かねぇ。それに、それによぅ、どんな願いも心から願えばかなうなんて、そんなのうそっぱちだぁ」

 モジャリの言葉にヒカリはムッとしました。

「何よ、じゃあ、ママがうそをついているとでも言うの?」

「そ、そ、そんなこと言ってねぇ。けど、これがおまえの夢で、どんな願いもかなうっていうなら、どうしてここに月光花は咲いてねぇんだぁ? なんでおまえがこんなひどい目にあわなきゃならないっていうんだぁ?」

 モジャリはヒカリの機嫌を損ねないよう大あわてで言いましたが、その言葉で今度はヒカリは落ち込んでしまいました。

「私にも何がなんだかわからないわ。月光花が咲いていないとわかったところで、私はもう夢から目覚めて、もとの世界に戻っていてもおかしくなかったのに。夢の世界で眠りについて、目を覚ましてもまだ夢の世界にいる。目を覚ましても、目を覚ましても、もとの世界で目覚めないの。今度はもとの世界に戻りたいって願いをかけたくっても、満月はもうないじゃない。もしかしたら私はずっとこの世界にいなきゃいけないのかもしれない。そんなのいやよ。こんなところに一人ぼっちでどうしていいかわからないわ」

「一人じゃない。おいらがいらぁ」

 モジャリはなぐさめますが、ヒカリはただ嘆き悲しむばかりです。

「ママに会いたい。早く夢から目を覚まして、もとの世界に戻りたい……」

 ヒカリの言葉にモジャリの心は傷つきます。
 それでもヒカリのために何かできないかと、モジャリは一生懸命考えて、力づけるように言いました。

「大ナマズのところへ行ってみるべぇ。帰るにはどうしたらいいか、教えてくれるかもしれねぇ」

 モジャリの言葉でヒカリの表情はパッと明るくなりました。
 暗闇に慣れたモジャリの目には、それがはっきり見えました。
 暗く沈んだモジャリの顔は、ヒカリには見えませんでした。

つぎのおはなし

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