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好きな歌


枕だに知らねば言はじ見しままに君かたるなよ春の夜の夢

和泉式部は、
好きな歌人のひとり。

このひとがつぶやく言葉は
そのまま歌になっているような、と
紫式部がほめてたりする。

表題の和歌は、
検索すると現代語訳がけっこう出てくる。

いわゆる
「後朝の別れ(きぬぎぬのわかれ)」で、
一晩ともに過ごした男の元へ、
式部が贈った歌。

【現代語訳】枕ですら知らないのだから、誰にも話したりしないでしょう。だから貴方も、私とのことを見たままに誰かに語らないでください。春の夜の、夢のような出来事を。

「枕さへ知らねば言はじ」について。

男女が同衾するにあたり
枕が必要なのは分かるとして、
・枕が知らない
・枕が言わない
とはどういうことか。

まず「枕が言わない」の方から。

式部の生きていた時代、
枕は、黄楊(つげ)の木で
作られていたという。

そうなると、
「つげ」から「告げ」に通じて、
「黄楊の枕」は「告げの枕」となる。

つまり枕とは、
誰かに秘密を告げてしまうもの、
だったわけ。

ではその前提で、
「枕が知らない」の方は。

わたしは、
「春の夜の夢」らしく、
ふたりの逢瀬が慌ただしくて、
枕さえセッティングできなかった、
と思ってます。

枕が準備できないのだから、
当然ふたりのことを枕が知るわけがない。

いくらおしゃべりの枕とはいえ、
知らないことはおしゃべりしない。

枕が知らない「春の夜の夢」を知っていて、
その秘密を誰かに話すとしたら。

なんかこう、
キュッと掴まれるんですよ。

胃袋の、上のあたりを。

この歌が掲載された
新古今集のあたり(鎌倉時代初期)は、
もはや和歌は実際の相手へ贈るものではなく、
架空の相手に贈った態(テイ)で、
歌人同士で集まって競い合うような
芸術品になり始めていたけれど、
和泉式部の時代には、
まだまだコミュニケーションツールとして
(または相手をギャフンと言わせるものとして)
人を焦がれ死にさせるくらいの
殺傷力を持っています。

あるいは、
千年以上を経た現代でも、
その力を持っていると思う。

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