備忘録的サブカル近現代史考 006:深川くずし
先日ラジオ番組の収録で、若者3人のハワイアン・バンドをゲストに迎えてスタジオ・ライヴなんぞをやってもらいました。普段の原稿がある喋りと違って、すべてアドリブなわけですが、いざとなると自分のボキャブラリーの乏しさに悲しくなってしまいました。この連中がまた若いわりにフラやハワイアン・ミュージックの歴史を語るわけで、こういう若手が元気に活動していることが羨ましくもあり、頼もしくもあり、伝統を大事にしているハワイの連中に思い切り尊敬の念が湧きました。しかもハワイ関連のレコードの音が、いずれも素晴らしくいいわけです。「何だこりゃ」という感想しか出ないほどでした。
前職で産業振興的な部分ですけど、伝統工芸保存会の支援を仕事としてやっていたことがありまして、まあ芸能と工芸の違いはあるとしても、伝統的な技を現代・未来に伝え受け継いでいく活動は尊敬に値します。私個人が本質的な部分を理解しているかというと怪しいのですが、高齢化している伝統工芸保存会の方の技を承継するためのIT化支援などといった部分は少しはお役に立てたかなと思いますけどね。次世代の活動支援だけでも十分に価値はあると思います。
視覚的な部分でも、伝統柄に拘りすぎて、次の一手がないと先細りになります。伝統柄に現代的感覚を取り入れ、これからも使えるものにしていく工夫などが必要と考えます。概ね国などの支援もそういう方向性ですけどね。ただね、こういうのは伝統的な部分の情報を、それはそれとしてしっかり伝えられるようにしてからでないと、またまずいとは思いますけどね。ですから、伝統工芸や伝統芸能に関わる方はもの凄く忙しいはずなんだ。トラディショナルな部分と、それを未来に向けて現代感覚を取り入れた部分とのハイブリッドでないといけないと言うわけで、やることが昔の人の倍以上あるはずなんですけどね。
ネット力を頼るという意味ではありませんが、とにかくウェブに情報を公開して、伝統的な情報を共有財産化できれば、正確さも上がるのになと思うわけです。先日、某知人が申しておりましたが、京都の太秦というものは、「江戸時代」という共通イメージを映像化するためにあって、正確な時代考証をしてどうのというものではないんだということなんです。ですから最近の時代劇は時代考証をはなっから放棄しているものなんだということなんですね。確かに研究材料としての映像を作っているわけではなく、娯楽目的であれば、それでもいいのかもしれません。でもねぇ、…それだと忘れられていってしまうものってあると思うんです。例えば既婚女性がやっていたお歯黒とかもやってないですよね。「鉄漿(かね)」とかも言いまして、文字通り歯を黒く染めていたわけですけどね。後には一定の身分以上の男性もやったとかいう記述もあるのですが、時代劇ではもう全く見かけないわけでして…。いいのかなぁ。
さて、そういった伝統文化の継承に関する不満を感ずる原因になったものがありまして、お座敷小唄的な情報がなかなか整理されていないということなんです。伝統工芸・伝統芸能的なハイ・カルチャーの部分は文科省にでも任せておけばいいわけですよ。ローカル・カルチャーに関しては、市区町村にどれだけの意識があるかで差が出るでしょうけどね。学芸員が頑張っている地域はいいんですけどね。我等が江東区もかなり頑張っていらっしゃると思います。ただねぇ、深川のローカル・カルチャーとして辰巳芸者の歴史などに関して、ちゃんと整理できているか、研究成果を発表できているかというと、どうも情報に辿り着けないわけで、花街としてのマイナス・イメージの黒歴史に関しては、塗りつぶされてしまうんでしょうかね?
私が興味あるのは、もっともっと低俗な民間伝承的なものや、酒席で歌われた替え歌みたいな部分なんですけどね。ヘッダー写真は江利チエミさんの「深川くずし」ですが、これをザ・ピーナッツも歌っておりまして、まあ同じ歌詞で有名どころが歌ったもので、こういうものかと思われている記述がウェブでは散見されるわけです。でも「くずし」って替え歌的なものですから、何番の歌詞とかいうものが無限にあるはずなんです。例として、江利チエミ版と紫綬褒章も受賞した戦前の大歌手藤本二三吉版の歌詞を載せておきます。
江利チエミ「深川くずし」
丸髷(まるまげ)に 結われる身をば持ちながら
意気な島田や ホント二 ソウダワネ
チョイト 銀杏返し
取る手も恥かし左褄(ひだりづま)
デモネ…
中づくし、石川五右衛門 釜の中
お染久松 ホントニ ソウダワネ
チョイト 倉の中
あなたとあたしは深いなか
デモネ…
藤本二三吉「深川くずし」
丸髷(まるまげ)に いわれる身をばもちながら
島田くずしや ホント二 ソウダワネ
チョイト 銀杏返し
取る手恥かし左褄(ひだりづま)
ダガネ…
遊びませう、さそうトテシャン こりゃしめた、
胸もわくわく ホント二 ソウダワネ
ちょいと安ホテル、酔いがさめたらまるはだか
ダガネ…
リンタクが 素人専門ご案内
心いそいそ ホント二 ソウダワネ
ちょいと戸をたたきゃ ねぼけちゃこまるよとどなられた
ダガネ…
アロハシャツ、粋なマフラーにラバソール、
すごい成金 ホント二 ソウダワネ
ちょいと社長さん なんで稼いだ チャリンコで
ダガネ…
…とまあ、こんな具合です。「リンタク」とか「アロハシャツの成金~」というあたりは、戦前から戦後にかけての時代感覚も歌い込んでいて、非常に貴重なものかと思われます。「憧れのハワイ航路」の例を出すまでもなく、大ハワイ・ブームがありましたからねぇ。まあ、今でも日本人はハワイ大好きですよね。
ちなみに、うめ吉さんという方が歌ったものには違う二番がありまして、以下のようなものです。「伊豆の守」が出てきます。知恵伊豆こと松平信綱のことですね。彼は野火止用水の整備など治水事業に名を残す人物ですから、掘割だらけの深川の地を理解したうえでの「くずし」でしょう。これも面白いとは思います。
丸橋が 堀の深さを試さんと
かかるところへ ホント二 ソウダワネ
ちょいと伊豆の守 さって
知られちゃならぬと 千鳥足
デモネ…
ちなみに、歌詞には「深川」という地名を歌い込むような野暮なことはしないわけですね。その辺のセンスなんぞももう少し勉強したいものです。