続・下町音楽夜話 0265「作業の手を止めるのは」
外出自粛が続き、タップリ時間があるならということで、ネット通販を始めてみた。無料のクラウドサービスのわりには高機能なのがありがたい。3層のカテゴリー機能が非常に使い易く、誰が参加していたかなどということを考えながら入力していると、案外楽しめる。ただし、表示順に関しては苦労している。プレビュー画面でもあって、ドラッグ・アンド・ドロップで表示順が変えられたらいいのにと毎度思う。自分のように「一点ものを大量に載せる」ということを想定していないのだろう。ファッション系のように、同じもののバリエーション(サイズ違い)があることや、在庫が何点あるかなどといった使い方にベストマッチとみた。20点を超えると「多い」ということらしいが、そういうわけにはいかない。開業時点でインパクトが欲しいと思って入力した結果、477点の商品でスタートだ。
開業直前にやはりバリエーションが欲しいと思い、悪あがきをした。キリがいい日と考え、5月1日開業を目指していたが、当日になって「邦楽も少しは欲しい」とか、「書籍もあったほうが楽しいのでは」などと考えてしまったのだ。夕方には始めたかったので、もうキリがないと諦めがついた時点で、「公開」のボタンをクリックした。実際のショップ画面に商品が表示されたことを確認し、一安心した瞬間にどっと疲れを感じ始めた。肩凝りが酷いことは数日前からだが、全身痛いところだらけになっていて驚いた。これまでもカフェの店内で販売はしていたが、顔が見えないお客様を相手に「商品」を売るという感覚が一気に強まったようだ。実店舗では相談しながら売価を決めることもあり、こちらも半分楽しみながら愛着のある盤をお譲りするという感覚だったので、そこには大きな違いがあるのだ。
最後の段階にきて、作業の手を止める盤があった。ダイアナ・ロスが歌う「グッド・モーニング・ハートエイク」だ。映画「ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実 Lady Sings The Blues」のサントラ盤で、1972年にリリースされている。制作はモータウン、発売元はビクター音楽産業、残念ながら内袋が違っているのだ。瞬時にこれは売れないと判断したが、この盤のスリーヴをチェックしていて、さらに追い打ちをかけられた。Side 2の曲名が「GOD BLESS THE CHILD 財は自ら築くべし」となっているのである。ジャズのスタンダードとも言えるこの曲は、正確には「GOD BLESS’ THE CHILD」のはずだし、この邦題に目が点になってしまった。通常は「神よめぐみを」と呼ばれ、「奇妙な果実」などと並ぶビリー・ホリデイの代表的なナンバーだ。確かに歌詞を読むと、財は自ら築く者のみ神のご加護があるという内容だが、「これはまずいでしょ、このタイトルじゃ救いがなさすぎでしょ」と思わずつぶやいてしまった。
何はともあれ、7インチ盤のスリーヴに書かれた文言は面白い。マンハッタン・トランスファーの「トワイライト・ゾーン」なんぞ「タイム・マシーンに乗って一瞬にして過去へ、未来へ、自由自在!!マンハッタン・トランスファーのドリーミー・ワールド!!」加えて「テクノ・ディスコ決定盤」とある。担当者さんノリノリである。2年後の「ボーイ・フロム・N.Y.City」では「気分とってもGo Up!! ゴキゲン、マントラ Doo Wop!!」ときた。さらにノリがよい。
また、アンブロージアの名曲「How Much I Feel」の邦題は「お前に夢中」というが、そもそも邦題もイマイチなら、「クリアーでタイトなサウンドに、見事生まれ変わったアンブロージア!」とある。1人抜けただけだし、元々非常にクリアーでタイトな演奏のバンドをつかまえてそれはないだろう。しかもバラード曲だ。「お前、聴いてないだろ」と言いたくなる。聴いてないのは、クラウデッド・ハウスの担当者も同じ。「ドント・ドリーム・イッツ・オーバー」の文言が「生き生きとうれしいロックン・ロール・ファンタジーがあふれるクラウデッド・ハウス!!」、さらに「ROCK N’ ROLLに賭けた僕らの夢は終わりやしない…」とあるが、これバラードの大名曲でしょ。絶対聴いてないでしょ…。邦題が気に入らないのは他にもある。マーヴィン・ゲイの「愛のゆくえ」だ。これ、「What's Going On」のことである。…知らなかった。
一方で愛おしい盤もある。昔から何度も繰り返しヒットする「ライオンはねている」のトーケンズ盤、これは1961年の年末から年明けにかけて、ビルボードでNo.1に居座った大ヒットである。手元にあるのは定価350円のビクター盤である。このスリーヴは左上の隅にビクターのワンコ、ニッパー君がスタンプで押してある。…しかしよく見ると向きが逆になっている。おかしいと思いさらによく見ると、…あった。真裏の位置にいるではないか。裏側のライナーの文字も周辺部分に移っている。YouTubeでこの曲を検索してみると、同じスリーヴを見ることができるが、やはり文字は少し移りこんでいる。しかし、ニッパー君のロゴマークは移っていない。1961年(昭和36年)当時の印刷技術はこの程度かと言われると、もっと昔から移りこみなどはないレベルである。日本でも大人気だった曲なので急いで刷り増したのだろうか。当時の印刷屋さんのバタバタが偲ばれる。ガリ版並みのスリーヴではあっても、自分はこの盤が大好きである。