ICONIC / アイコニック ⑭
朝学校に到着したのは8時20分。朝礼が始まるのは30分だから、当然これくらいの時間なら大体のクラスメイトはとっくに到着している。今日このクラスで十二支が決められるのなら、俺の名前は乗らないことだろう。
武村は俺より先に登校しており、俺の席で呆けていた。
「おはようさん」
天井を眺めている武村を横目に、俺は荷物を机の上に置いた。
「ん、おはよう」
武村がこちらに視線を下ろした。
「秋龍は?昨日みたいに登校するだけして姿を消したのか?」
「まさか、まだ来てないよ。もしかしたら今日休んだりしてね」
などと言っていると秋龍がクラスに入ってきた。
「噂をすれば、だな」
秋龍は自分の席に荷物を置くと、こちらの視線に気付き手を振ってきた。こちらも手を振りかえすと、秋龍は筆箱を机に置いてこちらに歩いてきた。
「あれ、見ろよ」
武村が肘で俺を小突き、先ほど秋龍が入ってきた扉の方を指差した。促されるまま武村の指さす方に目を向けると、そこには四人の筋肉隆々なアメフト部員に囲まれた一人の女子生徒が立っていた。
彼女の名は悪名高き"帝明の魔女"・荒牧 茜。彼女はいわばクイーン・ビー、つまりこの学校の女帝である。おおよそ、帝王こと文元の昨日の失態を聞きつけたためにやってきたのだろう。つまり目当ての品は…。
「秋龍!秋龍 陵時は居る!?」
やっぱり。
それを聞いた秋龍は歩みを止め、声のする方を向いた。
「秋龍ならボクやで」
荒牧は秋龍を頭から足まで舐めるように見たのち、昨日文元を追い払った刀のある右腕を注視した。
「アンタが秋龍ね。ちょっとこっち来なさい」
「なんで?」
その瞬間、魔女は眉間を顰めた。秋龍の態度が気に入らなかったらしい。
「なんでかって?知らないわよ。私が言ったんだから、従うのよ。ただそれだけ」
一方の秋龍は眉ひとつ動かさず、相変わらずの微笑みを浮かべていた。
「命令されんのは嫌いなんや」
「ビビってんの?」
「ちゃうちゃう。ええか、お嬢ハン?世の中、下の者は上の者に媚び諂わなあかんねん」
「だからこっち来なさいって言ってんのよ!身の程を知りなさい!」
秋龍は溜息をつくと、鼻で笑った。
「身の程を知るんはそっちやで、アホ売女」
ただでさえ容量の少ない荒牧の堪忍袋は、尾が切れたどころか弾け飛んだようだ。鬼の形相で荒牧は秋龍に向かっていった。
「売女だなんてよく言えたわね!?このクソ野郎!」
「ちゃんとこっち来れたやん。エラいエラい」
秋龍の薄ら笑いの顔は、甲高い音ともに傾いた。荒牧が引っ叩いたのである。
「別に女やからって下に見た訳やないよ」
秋龍は頬を撫でながら言った。
「この学校で踏ん反り返ってる奴らなんて皆んなカスや思てるだけや、文元とかな」
「はぁ?」
「学校なんてクソ狭い世界でさ、そこで大人数の人間を下に置いただけで大王気取り?えぇ?ちっぽけなプライドやな?そんなんで満足するようなタマなんか?」
秋龍が荒牧に視線を戻す。
「別にそれが楽しいならエエと思うで、ボクは。キミみたいな人間とはよぉ会うてきたし、特にイジメられた事もないしな。恨み妬みでこう思ってるんとはちゃう」
「いい加減黙ったらどう?」
「たださ、もうちょっと派手にやろうやと思うだけや。花火やってイベントやって、派手な方がオモロいやろ?もっと規模をデカくすんねや。今のまま満足してるキミたちは、正直言うてつまらん。ただそれだけやで」
「馬鹿じゃないの!?この学校にいる限り、この学校が世界なのよ!下っ端のアンタが偉そうに言うんじゃないわよ!」
秋龍は落ち着いていた。
「"燕雀安んぞ鴻鵠の志をしらんや"ってやつやな」
すると荒牧はどういう訳かポケットからメモ帳とペンを取り出し、何かを書いてページを破り取った。
「覚えときなさい」
そう言うと秋龍にその紙切れを突き付け、去っていった。
秋龍は荒牧に突きつけられた紙切れにある程度目を通した後、こちらに歩いてきた。
「お前よくアイツにあんな態度とれたな…っていうか、なんでアイツが上の人間だと分かったんだ?」
「ん?あぁ、そりゃキミ、知っとったからや」
「知ってた?なんで?」
つい二日前に転校してきたばかりの人間が、いくら女帝とはいえその存在を周知しているのは少しおかしい。
「なんでって、もう情報網は確保してあるからや。なんのために昨日授業サボってたと思ってんねん」
絶句である。
「情報網って、そんな」
「全学年・全クラスに一人はつくったよ。ある程度内政に詳しい友達。さっきの女は確か荒牧 茜、2年の特進クラスやろ?」
すごいのか、どうかしてるのか。
転校生が悪ガキで、学校中に情報のツテがあり、尚且つ喧嘩に強いというか、もはや最強…。秋龍目線で小説を書いたら、駄作ばかりの"な◯う系小説"では中々人気が出るのではないか?というか、さっきの要素がそういうラノベやアニメのテンプレとして出来上がりすぎてる。スライムやらオークやらが生きるエセ中世ヨーロッパチックな世界に転校…じゃない、転生してしまえば"な◯う系小説"役満の完成である。
「まぁいい。んで?またどっか行くのか?」
「ん?いや、今んとこは『津波』以外特に…」
秋龍がここで言葉を止めた。
「特に?」
武村が聞いた。
「いや、そういえばさっき出来たんやったな」
秋龍はブレザーのポケットを探り、さきほど荒牧に突きつけられた紙切れを取り出した。
「明日夜8時、学校のプールで殴り合いや」
次は殴り合いか。そうか。もう何がきても驚かん。
25分の予鈴が鳴った。