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「経済雑感」no.10

 2024年9月14日、自民党総裁選の公開討論会のTV中継を拝聴した。9名の候補者が所信を表明し、各位他の候補1名と質疑応答し、その後、メディア側と質疑応答に入った。まず最初に、各候補に対する代表質問を、メディア側を代表して、読売新聞東京本社特別編集委員橋本五郎氏が行った。その後、メディア側出席者と各候補の整然とした質疑応答がなされた。気品が漂っていた。
 差しさわりのない範囲内で、筆者の感想を述べたい。とりわけ、経済問題に的を絞って。各候補、この間、推薦者とも調整を行う中、極めてよく勉強され、事前に意見、主張をまとめてきておられ、国民向けに易しく説明されているが、その背後に相当深い見識と知識を持たれているとの感触を得た。これだけの優れた人材がいながら、なぜ今日のように政治的混乱を深めていったのか、不思議でならない思いがする。その原因は、はっきりしている。同じ政権与党が長期間続く中、日本政党政治の宿痾とも言うべき政権与党内部の強固な派閥体制が続いていたことである。政策集団としての良い面もあるとか、派閥間で事実上の政権交代がなされているとか、派閥の効用、利点を挙げる見解も存在してきたが、それらの良い点を超えて今日深刻な弊害をもたらしたと考えるべきである。この弊害を是正する改革が、新総裁のもとに実行されて、早急に与党再生がなされることを期待したいし、国民に信を問う前に実現するべきである。残された時間はそれほどない。
 現在は以前にもまして、国際政治経済と各国政治経済は対立とブロック化の構造を持って複雑な回路を持ってカップリングしている。この二つは、切り離して論じることはできない、いわば複雑系である。その意味で、日本経済がデフレ的平衡状態から断絶した2013年以降の安倍政権時代の政治経済の展開、2022年以降の新冷戦体制の国際政治経済・日本経済の展開、について、公開討論会の冒頭で、適任と思われる橋本氏を含むメディア側の代表かもしくは有識者の比較的まとまったキーノート・スピーチがあった方が良かったと思う。
 アベノミクスの光と影という論点がメディア側のお一人からだされた。岸田政権の、分配の好循環、より体系的には新資本主義の構築。バイデン政権やEUの脱炭素経済の方針を受けた菅政権のカーボンニュートラル政策。次の新政権はこれらの政権の政策をしっかりと受け留めなければならないはずである。筆者は、カーボンニュートラルを政策の中心に据えた、菅政権は,惜しくも短命にして、はるか彼方のウクライナの空に消えたと思っている。つまり、石油天然ガス輸出依存経済ロシアのウクライナ軍事侵攻は、経済的には、少なくとも一時期炭素依存経済を復活させた。その後の激しいコストインフレと調整インフレの兆しが政権交代の背景にあった。コストインフレは良くないという意見が出た。経済のことをよく理解されている。インフレ抑制政策とスタグフレーションの悪循環を引き起こすこともありうる。
 通常、需要インフレであってもコストインフレであっても、短期的インフレ抑制政策は総需要抑制政策である。その中心は金融政策である。サプライサイドの構造改革政策は枝葉末節に終わることが多い。供給側政策の核心は労働生産性、資本生産性の上昇率を高めることである。日米の真逆の金融政策が投機的動きを誘発させドル高円安を加速させ、そのことによって日米のインフレ率格差が縮小しつつあるが、2%のインフレ目標はこのコストインフレによって実現し、オーバーシュートした。また、有事の際のドルのレジリエンスは強力であることも念頭に置くべきであろう。
 名目為替相場や実質為替相場の歴史的自国通貨安が国力低下などと騒がれたわりには、総裁候補9名の顔は明るい。しかし、金融正常化の道はそんなに平坦ではない。一歩間違えば、金融市場は瓦解するリスクを孕んでいる。日本のベース・インフレ率2%は、税収に影響を及ぼすし、実は財政支出にも影響を及ぼす。つまり累進税制の下でのフィズカル・ドラグの問題である。
 労働分配率や実質賃金率の上昇はそれほど見込めない中で、分配政策の中心は、これらの下落をまずくい止め可処分所得の視点で、増税なき経済と適宜のトランスファー・ペイメントによって可処分所得を上昇させることが好循環を生み出すアイデアである。増税なき経済という政策目標は、岸田政権の分配政策を継承することになる。税収伸び率に影響を及ぼすのは名目所得成長率である。経済が逆戻りしない限り、結果は出せる。実現可能である。
  そもそもインフレは実質増税である。インフレタックスという議論は貨幣価値の減価に関連しているが、気づかずに通り過ぎていく。もっともシビアな増税は、名目所得が増加すれば、実質所得が増加していないのに、上位の税率階層にスリープしていく。このようにして静かなる増税が広範囲に生じる。このインフレの財政的弊害が、経済成長を止めてしまうという危機感が表明されていると筆者は感じた。先見の明がある提案であると、筆者は思う。インフレによる税収の自然増があれば、減税政策も視野にいれなければならないであろう。
 毎年のように災害に悩まされる国土のレジリエンスを強化することは重要である。インフラの更新という問題もある。防衛力強化にしろ防災にしろ需要・供給両サイドに好影響をもたらし、かつ人命救済につながる。地政学的リスクも多様に存在する。国家のリスクマネジメントは極めて重要である。
体系的にリスクマネジメントを考え抜くことは、21世紀前半の政権の主要課題である。その実働人員と頭脳の確保が組織的に展開される必要がある。その際、教育組織は重要である。大学、高専、専門学校等である。
 いろいろと考えさせられた有意義な公開討論会であった。ほとんどの問題は一応出尽くしていた。ただ余り年齢のことを言ったり、世代間闘争を引き起こさない方が良いとの感想を持った。若さは年齢だけではない。アベノミクスが人生100年時代を打ち出し、80歳代の女性プログラマーを官邸に招待し、その後、国際的活躍の道が開かれたことは、記憶に新しい。最近はこの問題は逆回りになっているような気がしてならない。


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