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バレンタインデーと日々の
バレンタインデー、夫にはクッキーを焼いた。
バレないようにこっそり、と思ったけれど、私も夫も常々、家にいるので、それならばと一緒に作ってしまった。
夫にバレンタインをプレゼントするのは初めてだった。なぜか毎年、何かの事件や事情があって、それどころではなかったのだった。今回も例外ではなく、何かにつけて忙しかったのだが、それでもは時間を作ることができたので、急遽バレンタインを決行する事となった。
しかし、気に入っているレシピ本がどこにも見当たらないのだ。中学生の頃から愛用しているレシピ本で、それはそれは美味しい焼き菓子が焼ける。レシピではなく、recette(ルセット)とフランス語で書かれた美しい本。
引っ越しの時に捨ててしまったのかしら。とか、でもあんなに重宝していたものを私が捨てるかしら。とか色々考えてみても本は出てこないので、仕方なくクックパッドにてレシピを拝借する事にした。
やけに工程が少なく、不安になりながらも進めていく。生地を作るところまでは私の仕事。それ以降の型抜きは夫の仕事だ。
クッキー型なんてものも、うちにはなかったので、前夜にAmazonで急いで注文した。本当になんでもある。ウサギの型と、お花や、星などの小さくてかわいいクッキー型。
子供騙しみたいなバレンタインだなと思った。
そう思ってから、夫にお菓子を焼いてあげるのは初めてなことに気がついた。
夫に出会う前までは、たくさん焼いていたのだ。
ホールケーキ、マドレーヌ、タルト、クッキー、フロランタン、なんでも得意だった。
なぜ辞めてしまっていたんだろう、と考えていると、昔の恋人の家にお菓子作りの道具一式を置いてきてしまっていることに気がついた。あれやこれやと集めた、マドレーヌ型やケーキ型、電動ミキサーからオーブンの天板まで。その中にレシピ本も入っていたのかもしれない。
昔の恋人には、たくさんのお菓子を焼いた。
やることがなかったし、彼はいつも大袈裟に喜んだから、嬉しくてついつい作り過ぎてしまっていたのだった。
「いい匂いだね。でもダイエット中なんですよ」
と、いつもそう言われていたような気がする。
そうは言いながらも決まって全て食べていたかわいい人。
思い出は、美化される。
一瞬だけ、昔の自分が羨ましくなったけれど、それは思い出だからだ。
夫が焼きたてのクッキーをモリモリ食べている。
現実。
「おいしいね!」
そう言って小さな子供みたいに笑うのだ。
かわいい人。
なんだ、昔よりもずっと幸せじゃないか、と思える自分に安堵する。私たちはまだ大丈夫なのだ、と確信するのだ。時々、そういう風に確かめないと、あまりに一緒にいすぎて忘れてしまうのだった。
今年はまだ大丈夫。