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導かれたいなら、直感をこう使う〜「意を受け取る」とは

銀河の湯」は、
次世代のスピリチュアルリーダーである
惣士郎と大輔が
宇宙からのメッセージを
"100%源泉掛け流し"で
地球にお届けする番組です。

『銀河の湯』HP





惣士郎さんの「直感を受け取り、行動する」が、見れる回

2018年12月配信の『銀河の湯』3回は、1年間の振り返りから始まります。

この1年、惣士郎さんが天からどんなインスピレーションを受け取り、行動をしてきたのかという話です。この部分は、直感を使って生きたい人に、とっても参考になると思います!(ぜひ動画でご視聴ください)

そしてテーマは、半年間ハワイに移住していた時に受け取っていた「アロハといろはを繋ぎなさい」というインスピレーションが来た話から、「い」について、かけ流されていきます。

「意」を以て描く、「意」を以て言葉にする、「意」を以て動いていく

惣士郎さん
「いろは」の「い」には、意志や意図の「意」っていうのが入ってて、何か「意」をすごく感じる。「日本人よ、意図を持て、意思を持て」というか。

「い」のあと何を持ってくるかで、「意」ということを意識する。
その意に沿って、何か始めること。「意」を持って描くこと。これは「意図」でしょ。図にするから。
で、意を以て、考え事に映していく、五感で認識していくことが「意識」

だからこの

「意」を以て描く
「意」を以て言葉にする
「意」を以て動いていく。

それが、この一連の沖縄の動きの中で、僕にさせられたこと。

大ちゃん

いいですね。

「意」の後ろにどんな言葉を入れるかで、初めて「意」が意識されるって、本当だ。なるほど。面白いなー。

「意」を以て、描く
「意」を以て、言葉にする
「意」を以て、動いていく

「意」から始まり、「意」が表現される。それならば、私の「意」は何か。

意を言語化することは、私には難しいのですが、言葉としては「意思」が一番近いイメージを持っています。無になって受け身になることではなく、自分の「こうしよう」がある感じ。

惣士郎さんからは、「は、心の音だよ」と教えてもらいました。意を分解したら「音」と「心」。

心コンシェルジュでは、心の音というのは、「本当の、本当の、本当は」を語る時に出る音(声や空気、間)でもあります。

私の奥底にある本当が、「意」。私はそんなふうに捉えています。


直感がバージョンアップされるには

惣士郎さん
僕がしたことがあるとしたら、「直感に従った」

だけど、その直感はどうしたの?って言われたら、「来たもの」だから、僕の表現で言うと、したんじゃなくて、「させられた」。まあ、ずっとそうだけどね。

大ちゃん

そうですね。
だから、まず衝動的に、自分の中から直感がわいてきて、なんだと思ってその直感に従っていくと、自分の想定を超える何かが来るわけですよね、シンクロで。

そこで、ちゃんと「意」を受け取れれば、自分の直感がバージョンアップされて、さらに導きの中に行きやすい。

ただ、自分の直感ばっかり見て、もしくはシンクロだけ見て、これがちゃんと融合する、天意と人意がちゃんと一致するところを探らないと、どっちも何か尻すぼみになったりとか、一瞬に広がるけどすぐしゅんとなったりするから、この「意」をちゃんと合わせていくっていう、人と人もそうだし、地球と人もそうだし、天と人もそうだっていうふうにすごく感じてて。

『銀河の湯』3回

大ちゃんが話してくれる、直感から「意」を受け取る、という言葉は初めて!!なるほどー、そうか。

直感は、時として「なぜにこれ?」というものがあります。急に昔の友だちの顔が浮かぶ、とか。その「意」は、直感に従って行動をしていくと見えてくるということですね、

「直感に従って行動しよう」まではよく聞きますが、その「意」を受け取れるかどうかという、もう一歩先があるんだなと思いました。

そして、天意と人意がちゃんと一致するところを探るという、その次の段階もある。「人と人とも、地球と人とも、天と人ともそう」

惣士郎さんと大ちゃんがよく言う「全ては関係性の中で起きている」という言葉を思い出しました。
私はつい「個」に戻ろうとするクセが発動しがちです。大ちゃんの本の帯に書かれている、「すべての出来事は関係性を深めるために起きている!」という言葉を大切にしてきました。


「個人のことを個人のテーマだとして見る時代は、もう終わった。関係性の中で起きてることだよ」と惣士郎さんが言っていたのは、この記事。



直感を受け取り、行動する。そこにある「意」を受け取る。そして、周囲と「意」を合わせていく。このプロセス、手帳にメモしておこう^^



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