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藤田真央ピアノリサイタル~サンシティホール(越谷)&サントリーホール
待望の藤田真央ピアノリサイタル、今回は同じプログラムを二つのホールで聴くという贅沢
10/14 越谷サンシティホール(小ホール)
チケット販売は電話のみ、根性で固定電話とスマホを使い、無事チケットを買った。
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読み応えのある編集と内容
~コンサートに寄せて~
プログラムを決める際、今大事に考えていることが三つある。一つ目はこれまでに取り組んだことがない曲。なぜなら常に新しい曲と対峙する事で、自分自身が驕らないようにするためである。既にレパートリーとしている曲を選んでしまうと、日々の練習において怠慢になりがちだ。二つ目は形式や構成がしっかりしている曲。近年モーツァルトの楽曲に取り組んできた中で、構成の美しい作品においてアイディアを厳選、精査、そして自分の解釈へと昇華させるコツを得たからだ。三つ目は自分がその作品にどれだけ愛を注げるか。長い時間かけて作品と向き合い、熟考しながら日々鍛錬を重ねる上で、嫌いな作品に無理に取り組む必要はないと考える。趣向も生きていれば自ずと変わるため、今現在好みではない作品も、いずれは取り上げるほど好きになると信じたい。
以上を踏まえた上で今回のプログラムの紹介をしよう。ショパン《ポロネーズ》より作品26、40、44、53、61の7曲とリスト《ピアノ・ソナタ》だ。今回取り上げるショパンのポロネーズは彼がポーランドを離れパリに移って数年後から晩年までの、まさに円熟期に書かれた。どの作品においても確実に最適な和音を選択する、鍛え抜かれた彼の審美眼を堪能できる。一方で
リストのソナタは、天国を感じさせるような美しいハーモニー設定、または地の底から轟くような重厚且つ強靭な和音の連続や、何やら蠢いたり囁くような映像描写までをも音で表現している、これほどまでにピアノの特性を活かした曲はあるだろうか。
さて、もしかしたらお気づきの方はいらっしゃるかと思うが、私はいくつかのポロネーズとリストのソナタは以前リサイタルで取り上げたことがある。次こそは新しい楽曲を選びたいと思うばかりだ。
藤田真央
藤田真央ピアノリサイタル
座席数490席の小ホールの真ん中席、サンシティクラシック・ティータイムコンサートということで、演奏前に音楽学者で評論家の阿部真一郎氏のピアノの歴史と名演奏家についての話があった。
その後いつものようにぬらりひょんというか、くにゃくにゃ招き猫の手の真央さん登場、ベストコンディションをキープしたまま椅子に座り1秒も経たぬうちにショパンポローネーズ第1番の音がホールに放たれる。
キラキラ、華やぐというのではなく、もっと硬質な感じ、弱音は細部まで聴衆に届き、ショパンポローネーズ7曲が感性豊かに上品に力強く一つの組曲のように構成された演奏。
パンフレットといっしょに配られた~コンサートによせて~という真央さんの文章にこのプログラムへの真央さんの音楽に対する思いが記されていて、その音はショパンの作品と生涯への献呈といえる誠実さにあふれていた。
リストも同様。
そしてアンコール。
セヴラック:セルダーニャ第2番「祭」
初めて聴いたこの曲、なんとエスニックなリズムとメロディーで、風土情景を想像させられる音楽なのだろう。
ドビュッシーか?違う?フランスの作曲家の曲だろうと想像したら、そうだった。
(次に企画されている藤田真央ピアノリサイタルではセヴラック:セルダーニャ組曲がプログラムに入っていた)
アンコールのあと、阿部真一郎氏とのクロストークが始まった。
事前に配布されたアーティストへの質問に藤田真央さんが答えるというこの時間が、とても真央さんの人間性が伝わった良い企画だった。
小学生からの「小学生のころどんな練習をしていましたか?」という質問に、「放課後みんなが遊んだりどこかへ行ったりするときも家に帰ってピアノの練習をひたすらしていた」と答え、阿部氏が「楽しかったからでしょうね」とおっしゃると「いや、楽しいと思ったことはないです。ただそれは私にとってルーティーンであったから毎日続けてこれたので、そんな風にルーティーンにしてくれた母にはとても感謝しています」と答えられた真央さんのピアノへの真摯な向き合い方が印象に残った。教育の原点だと思った。
あと、バッハの時代のチェンバロの演奏の話題になったとき「私はバッハの作品はあまり弾かないのです。ベルリンに住んでいると近所にもたくさんカテドラルがあり、日に何度も鐘が鳴り、礼拝堂内に入っても祈りをささげる信者さんの横の席にはとてもじゃないけど座れません。私みたいな何の宗教も持たない無宗教のものがそんなことはできるわけがありません。それと同様にバッハの作品に対してもそういう思いがあります。ヨーロッパで暮らし世界を旅するということはそういうことなのです」という、イスラエル公演について触れながらの発言に大きく頷いた。
次の10/21 サントリーホールのリサイタルに期待マックスとなって、一週間が過ぎた。
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ショパン:ポロネーズ第1番 嬰ハ短調 Op.26-1
ショパン:ポロネーズ第2番 変ホ短調 Op.26-2
ショパン:ポロネーズ第3番 イ長調 「軍隊」 Op.40-1
ショパン:ポロネーズ第4番 ハ短調 Op.40-2
ショパン:ポロネーズ第5番 嬰へ短調 Op.44
ショパン:ポロネーズ第6番 変イ長調 「英雄」Op.53
ショパン:ポロネーズ第7番「幻想ポロネーズ」変イ長調 Op.61
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
今回の席は1階真ん中という嬉しい席。
どんな風に真央さんの音が降り注いでくるか、わくわくしながら演奏が始まるのを待つ。
いつものようにくにゃくにゃ招き猫の手で登場、椅子に座ると同時に演奏が始まるのも真央スタイル。
プロローグとなるポロネーズ第1番は弱音は更にpppぐらいの音量、しかしその音がすべてクリアにメロディーとなってホールに響く。
強音も心がざわざわするといった音ではなくどこまでも美しい。
(音が天井から降り注ぐ上質なオーディオルームといった2階席とはまた違った音響)
ポロネーズ第3番「軍隊」のエレガントさ、音色、強弱の幅の広さ。青空に軍服の肩の金モールがゆれる情景が映像のようによぎった見事な演奏。
「英雄」から「幻想ポロネーズ」のエピローグはアタッカで演奏された。
ショパンの館に真央さんがいて、ショパンと共に演奏し昇華させているかのような一体感、これほどの作曲者へのオマージュはないだろう。
私たちはポロネーズ7曲の演奏により、ショパンの人生をも辿った。
憑依というか恐るべしその集中力にその場に居合わせたすべての聴衆は、完全に真央さんの紡ぎ出す音楽に酔った。
二部は珍しく椅子に座ってからかるく肩をリラックスさせたりして精神統一をしてから、リストのピアノソナタが始まった。
ひょいとリストに乗り移り、超絶技巧を美音で響かせ、サントリーホールはその音を一音残さず聴衆に届ける完璧さ。
演奏の最後の一音が消えても尚途切れない集中力、ホールには静寂が続く。聴衆はそれを見守る。そして弾き切った達成感からのやわらかい真央スマイルが浮かぶや、割れんばかりの拍手。
アンコール
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第1番 ヘ短調 Op. 1 より第1楽章
チャイコフスキー:18の小品 Op. 72より 第17曲 変ホ長調 「遠い昔」
やはりサントリーホールで聴いてよかった。
生の音楽会はアーティストと聴衆と空間が作り上げる芳醇な時だなと思いながら、世界中からのオファーで埋まる藤田真央演奏会で絶賛され続け、人々を虜にする24歳の藤田真央さんにこれからも熱いエールを送ろうと決めたのだった。
それにしてもホールといい聴衆といい、最高の演奏会だった。
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さて。
いつものようにANAホテルのピエール・ガニェール パン・エ・ガトーに寄って美味しそうなパンを買った。
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漆黒のブール(チェダーチーズ)
それからARK GARDEN フォーシーズンズガーデンでリサイタルの余韻に浸る。
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シンプルな現代のスタイルで植え込んだガーデン
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なんて豊かな時間だったのだろう。
12月発売の初著作「指先から旅をする」が待ち遠しい。
Alfred Brendel の名演奏!