連続短編小説集[int i]
【7:狼君は】
「——俺は春さんと付き合えるのであれば付き合いたいです」
「そうなんだ……」
狼君は時々ものすごい大胆になるから困る。
「でも……」
「でも?」
「俺はやっぱり春さんとは付き合えない。なんせ、医者と患者が交際するなど言語道断だ。それに——」
その後、彼はものすごくためらいながら
「——俺はたぶん、春さんのことは好きじゃない」
「——っ」
かなりの衝撃を受けた。
自然と涙が出てきた。
「あ、でも嫌いとかじゃなくて友人的に好きなだけでそれ以上に進まないというか……」
「……わかった。じゃあ、今日からはただの友達ってことだね」
「————」
彼はなぜか怒りの顔になった。
でも激昂してこなかった。
自分に非があると感じたのだろう。
変なところで真面目な狼君はそれ以上言わずに一万円札を三枚置いて帰っていった。
————————————
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ言い過ぎたあああああああああああああああ!!! 彼絶対怒ってるよ……どうしよう明日診察の日なのに」
そう悶えていると、狼君からレインが来た。
『さっきはさすがに言いすぎました。ごめんなさい。この後時間があれば深夜になってしまいますけど話し合いませんか?』
「……変なところで本当に生真面目なんだから」
クスりと笑うと彼に『いいよ。私も言いすぎてごめんね』と返した。
そしてすぐに着信がかかるのを確認し、手に取ると、ものすごく悲しそうな狼君の声が聞こえてきた。
『その……春さん……?』
「なーに?」
『怒ってますか……?』
ものすごくしおれた声が聞こえ、つい先ほどの粗相を許してしまいそうになる。
「いや? さすがに私も言い過ぎたと反省しているから全然怒ってないよ」
『それならよかったです……』
「狼君が本当に電話をかけてきたのはそれだけじゃないでしょ? もう一つ大事なことがあるんじゃない?」
『…………春さんには何も隠せないですね』
「何年狼君のところで患者してると思っているの」
『えっと……明日で四年三か月十二日ですね』
「そこまで精密なの!?」
『え、はい俺はいつもこんな感じですよ?』
「じゃあ、明日のお昼の患者さんの名前は?」
『えっと…………』
「ふふ、わからないってことだね」
『う…………』
やはり彼は自分が大事だと思ったことはかなり生真面目な反面、自分に興味がないと曖昧な記憶しかないのだ。
——彼は、昔から何も変わらないなあ。