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#2 フィリピン留学体験記 - フィリピンに行ったきっかけ 就活失敗編 Part2  -

こんにちは!本日も私のNoteをご覧いただき誠にありがとうございます!
こちらのNoteでは、大学卒業後に就職せず、
人生で一度きりの貴重な新卒チケットを投げ捨て、
フィリピンに留学をしに行った無鉄砲な私の体験記となっております。

この記事のつながり
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この記事は、小学校の先生を目指し、教員採用試験(以下、教採)も1次試験を突破し、2次試験突入!これに受かれば、夢の教員生活!!という中、突然試験を辞退し、就活をはじめさらに失敗した著者である私の就活失敗体験記(後編)です。

なぜ、教採を受けていたのか、なぜ教採を辞退したのかの経緯は#1の前半記事で書いているのでよかったら、そちらもご覧ください。
もちろん、#2のこちらから読んでも何一つ問題はない記事となっています。

目次
 私の就活が失敗するまで
 1,いざ就活開始
 2,プログラマーへの夢
 3,最終面接
 4,もしかしてまだ就職しなくてもいいかも
 5,起業スクール
 5,そうだ、フィリピンへいこう!
いざ就活開始!

大学4年の夏に、私は教採を辞退し就活を始めました。
就活を初めたわたしがまず初めにしたことは、大学の就職支援課へ行くことでした。
私の大学では、就職支援課(以下、就活課)と教員支援課という部署がそれぞれあり、わたしはそれまで教師になることを疑っていなかったので教員支援課に通っていたました。しかし、就活をするにあたって、教員支援課には教採を辞退した旨を伝え、就職支援課にはお世話になりに挨拶に行きました。

無事に挨拶も終わりいざ本格的に就活を始めようとした私ですが、何を隠そう就活の仕方など何も知りませんでした

大学の友人はみな教師を目指していたので就活をしている友人は学内にはおらず、大学も教育学部なので就活に関する情報はほぼ与えられてこなかったのです。

そこで、まず就活支援課の方と相談したところ合同説明会があるからとりあえず参加しておいで。とありがたいアドバイスを頂き、なにも知らない私の就活は無事にスタートを切りました。

プログラマーへの夢!

ひとまず合同説明会に参加してみて改めて思ったのが、私は一体どんな会社に入りたいのだろうか?という疑問だった。
教師を目指したのも、欲にまみれた下心から教育学部の大学に進学し、なりゆきで教採を受けていたため、いざ会社を選ぶというときに何がしたいのか全く分からなくなっていました。

目的地もわからずふらふらさまよっていた就活がうまくいくはずもなく、だらだらと時間だけが過ぎていってしまいました。
そんな中、自分は昔からあこがれていた夢が実は一つあったことを思い出しました。それは、プログラマーです!

Part1を読んでいただいた読者は、ご存じかと思いますが私は高校生のころは、ガッツリ理系の高校に進学していて、その時に入学試験で書いた小論文で私は、「将来は、全世界の人が言葉の壁無く話せることができるようなプログラムを開発したいと思っています」というような、壮大な夢を語っていました。

そんな幼いころの夢を思い出し、少し明確に見えた目的に向かって就活を再び進めてゆきました。

最近の就活は、いろんな種類があり、ただエントリーして面接してみたいな就活だけではなく、希望者には、ある資格取得を次の面接に進む課題にしており、毎日会社に行き勉強を面倒見てくれるというところや、希望者が複数人でレクレーションを通じて会社を知りそのうえで希望する人にのみ面接を行っていくような面接など、当時の私が想像もしていないような会社がたくさんありました。

その中でも、プログラマーを募集している会社、さらにプログラマーに関する知識がなく未経験者でも採用してもらえる会社を中心に就活を進めてまいりました。

3,最終面接

実際の就活では、いろいろなことがありそれの体験記も面白そうなのでまた別記事であげる予定です。

ここでは、ある会社の最終面接に進んだ時の話をしたいと思います。

その会社は、都内の小さめの会社だったのですが海外との貿易をしている会社での募集だったため、日本人経営ですが、社員の4割ほどは中国や台湾などの海外のスタッフという会社でした。

仕事内容は、システムエンジニアという職だったので直接海外との仕事に関わるわけではないのですが、海外スタッフが働く職場や、今までに経験したことない仕事への憧れから、採用されたいと思い、面接を受け、なんと最終面接の社長面接まで、進むことができました。


そこでは、社長と人事の2人と私の3人で面接が行われました。
質問内容は、当たり障りのなくなぜこの会社を希望したのかや、いままでどんなことをしてきたのか、人生で挫折したことはなどの質問があり、面接の最後の方に、現在二人最終面接で採用を考えている人がいて、そのうちどちらかを取るの予定だが、本当に君は私たちの会社に就職する気があるのか。と、最後の確認の意味合いで聞かれたと思うのですが、その時に私はすぐにハイという事が出来ませんでした。

それまで、ほかの会社の面接などを受け何度もお祈りをされて、落ち込んでいるところへの最終面接で、会社も私の中では悪くなく、採用されたら、満足して働けそうとポジティブ評価だった会社の最後のハイといえば、採用して働けるのではないかという場面だったのに答える事が出来ませんでした。

その面接は、当然私はふたたびお祈りをされるとことなったのですが、その時自分の中で、本当にこのまま就職して働きたいのか?と、疑問に思ってしまいました。

 4,もしかしてまだ就職しなくてもいいかも

この時まで私は、大学を卒業したら社会に出て何かしらの職業に就いて働くと当たり前に思っていたのですが、会社に正社員として就職する、教師として学校に勤める以外にも選択肢はあるのではないか?と、このころから思い始めてきました。

じゃあ、就職しなくてもやりたいことをやっていいんだったら何をしよう。と考えたときに、働きたいことが分からないのなら、とりあえず起業のための勉強をして、どんなことでもお金をもらえるように力を身に着ければいいのでは?と思い立った私は、この後就活を辞めて起業スクールに通うことにしました。

起業スクールでの経験は、知らなかった多くのことを学べて、新しい刺激と、新しい仲間も作ることが出来ました。

そのころから、就職ではなく今やりたいことを今やろう!という気持ちが、どんどんと強くなってゆき、就活は夏が終わるころにはすっぱりと辞めていました。就活を辞め、やりたいことも分からない中、起業スクールに通った私が、次にやりたいことは、海外で生活をする事でした。

そうだ、フィリピンへいこう!

海外で生活したいと思った私は、もう就活の縛りもなく、なにかをしなきゃいけないという固定観念の壊れているので、すぐに海外に留学するなら何ができるのかを調べ始めました。

大学生活でアルバイトはしていたのですが、なにせキャンパスライフを夢見ていた大学生なのでお金は全て遊びに使ってしまい、ほぼ一文無しでした。

お金がほぼない中で、どうにか海外留学ができないかと調べているとふと「0円インターン」という、うたい文句の語学学校が目に留まりました。
これだ!と思った私は、すぐにその学校について調べ、ほかにも0円で留学できるところはないかと調べたりし、結果一番最初に広告が出てきた語学学校に通うことを決意しました。

その学校こそが、私が初の海外生活の場となるフィリピンにある学校だったのです。
そんなことから、当時の一文無しのわたしが海外生活を出来るほぼ唯一の可能性が、フィリピンへの語学留学だったのでした。

なぜフィリピンに語学留学に行ったのか、そこに至るまでには様々な経緯があり、何度が自分の中で問題にぶち当たる度に自問自答を繰り返してきましたが、最後に私は、今やりたいことは今やろう!と思い立ち、その気持ちを胸にフィリピンへと旅立ちました。

→#3へ続く

あとがき

「フィリピン留学体験記 - フィリピンに行ったきっかけ 就活失敗編」を、お読みいただき誠にありがとうございます。
Part1から、お読みいただいた方も、Part2のみお読みいただいた方も、私のつたない文章を最後までお読みいただき誠にありがとうございます。
こちらの記事は、私のNoteを始めたきっかけ「せっかくフィリピン留学したのだから、その記録を何かに残したい。今後フィリピン留学を参考になったらうれしいな」という気持ちをもとに、書き始めたものでございます。

ブログみたいな記事をほぼ書いたことのない私が、何もわからず書いた記事ですので、読みづらい点なども多々あるかと思いますが、温かい目で見守っていただけると、幸いです。

また、この記事にいいねや、コメントなどもいただけるととても励みになり、すごい嬉しく舞い上がりますので、お気軽にいただければと思います。

就活失敗編が終わり、これからがフィリピン留学体験記のメイン部分となってゆきますが、引き続きお楽しみいただけるよう精一杯頑張ってゆきます。


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