なぜグレタさんを嫌うのか

グレタさんがコロナウイルスに感染した可能性がある、とのニュースに

Twitterでは彼女への批判や暴言、馬鹿にする発言が相次いでいる。

前々から不思議だったのだが、なぜグレタさんは嫌われて、マララさんは賞賛されるのか。

(私の推測だけど)理由は、グレタさんは「革命家」で、マララさんは「現代の範囲内での活動家」だからだ。

今の世界は資本主義だ。金があってなんぼ。経済回ってなんぼ。それを「正義」とする時代だ。○○主義、と言うのはその時代の正義を表す言葉だ。

戦争やってた頃は国家主義だった。国が第一。お金よりも命よりも。

だから爆弾を落として命を奪うのも、「国家のため」であれば当時は間違いではなかったのだ。

この「何を第一にするか」を変える動きを革命と呼び、変わった時を「時代が変わる」と呼ぶ。

決して平成から令和になることを時代が変わると呼ぶわけではないのだ。

話は戻って。

マララさんは、「資本主義」の中での活動家だ。貧困をなくし、教育を徹底し、自立(=自分でお金を稼げる)出来るようにすることが必要だと言っている。極めて資本主義の中の主張だ。

だから、資本主義で回っている世の中から受け入れられるし、お偉いさんや年輩の方にも賞賛される。

一方、グレタさんは革命家だ。「お金のことばかり。よくも!」という台詞は有名だが、これが「私は資本主義に反対する」と言う宣言だったと思う。

だから、現在「正義」とされてる資本主義に反旗を翻した「賊軍」として、お偉いさんや大人たちに嫌われるのだ。

しかし、考えても見てほしい。

本当に、お金は正義だっただろうか。

格差は広がり、お金は人を幸せに出来ないことが、薄々みんな分かってきたのではないだろうか。

いくらお金を積んでも、南極の氷がとけて陸地がなくなってしまえば極論だがみんな死んでしまう。

札束を握り締めてても死ぬものは死ぬのだ。

「命」を守る、自分たち人類が一日でも長く生き長らえる、それが「グレタさんの正義」だ。

だから「お金お金」「経済経済」といって、人類の生き長らえる日数をどんどん減らしてる大人に対して「よくも!」となったのだ。

時代が変わるときには争いは避けられない。

それまでの価値観で生きてきた人はそれを死守しようとするし、新しい価値観の人は何が何でもそれを変えようとする。

フランス革命を思い出してもらえれば分かると思う。「正義」が変化する瞬間には痛みを伴うのだ。

しかし、いつかは変わらなければならない。ただ批判していては古い時代の人として葬られるだけになる。

本当に「正義」となるのはなんなのか。果たしてお金なのか、人類の未来なのか。

答えは出ている気がする。

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