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往診屋、こんな時どうする?「胸が苦しい、往診して欲しいと言われたら」(その1 電話対応)
こんなケースがあった。
朝午前6時に電話。がん末期で自診療所で訪問診療を行っている患者さんの家からなのでドキッとした。胸が苦しいと言っているので診て欲しいとのこと。しかしながら、よく聞いてみるといつも診ている患者さんのことではなく、その妻が調子が悪いという。
80歳代前半の女性で普段は他院で高血圧の治療を受けており、そのことは私も知っている。訪問している患者である夫のことについては普段からよく話をしているが、この方を直接診察したことはない。
田舎で往診稼業をしていると、こんな依頼は稀ではない。今回依頼されている患者さんは、私にとっては全く新患ということになるのだが、家族だから、かかりつけ医は連絡がつかない時間帯だから、という理由で往診して欲しいと頼まれる。
救急外来であれば、胸が苦しいという新患を診ることは本業ともいうべき仕事であるが、往診ではどこまで診るべきのか。
このようなケース、「救急車を呼んで救急病院を受診してください」と言えばいいではないかという方も多いだろう。
しかし、私はほとんどの場合、何らかの対応している。
それには私の考える「田舎の往診医の責任」という問題が絡んでくるので、後述したい。
さて、何らかの対応をするとした場合、往診では電話での事前情報をどう聴取するかが重要になる。救急外来に比べても重みがあると思う。
なぜか?
まず往診の場合、今から患者さんの家に赴く。私は診療所から車だと2,3分のところに住んでいるが、それでも用意をしていると診療所まででも5,6分はかかる。そこから患者さんの家に着くまでには時間がさらにかかる。その間待てる猶予がある状態なのかどうかを電話で確かめないといけない。すぐ救急車を呼んでもらいながら対応すべき患者を見逃してはいけない。
次に、往診の場合は準備薬品、物品の問題がある。救急病院のように何もかも院内にあるわけではない。薬品や物品を運ばなければならない。
実際には救急対応に必要な薬剤、物品のほとんどは車の中に常備していて、何を追加して持っていくかを考える。準備物品の考え方については項を改めたい。
さて、胸が苦しいという往診依頼があった場合、電話で何を聞くべきなのか?
時間をかけるわけにはいかない。緊急事態の場合も想定して、できるだけ手短でかつ要所をついた電話での聴取としたい。
私は、80歳代の患者さんの胸が苦しいという往診依頼に対しては、概ね3つの疾患パターンを想定して電話で状態を聞いている。
1.心臓血管疾患
胸苦と言えば、心臓血管疾患はまず第一に考えるべき病態である。
1)心房細動、高血圧等の慢性疾患を基礎とした心不全の急性増悪
心不全は田舎の救急において、最もポピュラーな胸苦の原因である。まず一番に考える。
2)ACS 急性冠動脈症候群
もし、電話での聴取でACSを強く疑えば、救急車を呼んでもらいながら、自分も向かうことが多い。
ACSを想定する状態には、前胸部痛はもちろんであるが、意識障害や意識消失もある。
3)弁膜症を基礎とする心不全増悪
私にとって1)と2)の間くらいの存在である。基礎疾患自体は慢性的なものだが、しばしば急変する。まさかと思う展開で救命できないケースがある。弁膜症は存在を分かっていれば、そのつもりで対処できる。ただし、電話で病歴をゆっくり聞く時間はなく、本人や家族も疾患を理解できていないことが多い。
4)房室ブロック等の不整脈の急な発症
これも高齢者では珍しくない。意識消失を伴うこともしばしばである。
5)肺塞栓症
大半の患者さんや家族にとっては想起しがたい病態である。しかし、稀とまでは言いがたい。
6)大動脈解離
これも患者さんや家族には想起しがたいことが多いと思われる。
激痛を伴うことが多いので、電話の段階で傷みの訴えがあれば常にこの疾患を念頭に置いて対応する。
胸が苦しい、かつ意識に問題がある場合、重症心疾患・血管疾患を想定して動く。特に2)のACSは自分が往診に向かっている途中であって急変し得ることをしっかりと頭において対応する必要がある。
2.気管支喘息等の慢性気管支・肺疾患を基礎とする状態
これは病歴があるかないかが、診断の重要要素となるが、電話段階では詳しく聞けないことが多い。電話の向こう側で、患者のヒューヒューいう呼吸音が聞こえたり、咳き込んでいるのを聞き逃さない。
3.心身症としての胸苦
「心(こころ)」の問題からの胸苦も少なくない。患者さんの家族はこれを疑っていることもあるし、そう疑っているからこそ、救急車を呼ばずに往診依頼となっていることもある。ただし、あくまで除外診断と考える。電話で家族が心の問題を匂わす発言をしていたも、内科疾患が否定できるまで、心の問題とは考えない方がよい。これは救急外来と同じである。
こうした症例を頭に浮かべて電話対応する。
こちらから、どうしても聞いておきたい症状は、次の3つである。
1.胸痛の有無
胸痛があればACS,大動脈解離、肺塞栓等高次医療機関への救急搬送を要する疾患の可能性が高まる。
到着までの時間のファクターを考えると、まずこの症状の有無は聞いてから対応したい。
2.意識消失・意識障害の有無
意識消失・意識障害は分けて考える。しかし、どちらであっても胸苦と合併しているのであれば心臓血管疾患を想起させ、かつ重度な状態であると想定して当たる。
3.頻呼吸の有無
息が荒いかどうかを聞く。電話の向こうから患者さんの呼吸が聞こえることがある。医療者であっても呼吸回数をカウントするのは難しい。電話では「息が荒いですか?」くらいしか聞けないことも多い。
近年、家庭でもパルスオキシメータを持っているところも増えた。あればSpO2と脈拍を測定してもらうことができる。
頻呼吸なのに、SpO2が低ければ重症感が高まる。治療可能性がある症例の場合は、高次医療機関への搬送を意識して初動する。
次回は、「胸が苦しい、往診して欲しい」と電話があった場合の準備物についてを考えたい。