在宅医療現場にて:自分を責める家族の悲しみを和らげるために医療者ができること
今日はエンジェルケアについて考えてみたい。
夜11時半頃に、ある患者さんの娘さんから呼ばれたことがあった。前日に亡くなった方の家である。
どうしたのか、と聞くとお母さん(患者さんの妻)が取り乱して手がつけられないので一緒に話を聞いてもらえないかと言う。
患者さん宅に着くと、患者さんの妻は「私があの人を死なせてしまった、あんなに苦しそうなのに1人で逝かせてしまった」と何度も泣きながら繰り返していた。
その患者さんは2週間前に退院して自宅療養を開始し、私たちで訪問診療を開始した方であった。末期がんで全身への転移があり、この訪問する度に急激に病状進行しているのを強く意識させられる状態であったが、自力で食事や排泄はできていた。このため、自宅で妻1人で介護していた。
ところが、亡くなった日の前日にはトイレで全く動けなくなり、本人と妻の希望で同じ市内の病院に入院することになった。私たちも自宅から病院に行くのを手伝ったのだが、その際私は本人から「妻に迷惑をかけたくないため入院しようと思う」と聞かされた。
入院した直後は疼痛も落ち着いていたのだが、その夜に激しい疼痛が生じ、麻薬での鎮痛を始めたと言う。それまではアセトアミノフェンのみで疼痛コントロールできていたのだが、その日は体幹部に強い痛みがその方を襲っていた。
入院の翌朝、患者さんは息を引き取った。入院先の病院から連絡をいただき、私も一緒に看取らせていただいた。
私が着いた時、患者さんは心停止していた。両目を大きく開いていた。両側の眼球は黄疸が著明だ。口が少し右にゆがんでいる。肝門部での胆管閉塞など腫瘍の痛み以外の苦しみもあったかもしれない。
患者さんの横で妻は泣き崩れていた。「1時間だけ家に帰ってこようと思ったらその間に息が止まった。一人で逝かせてしまった。」と言う。
私は慌てて患者さんの両目を閉じた。そして口周囲をマッサージして軟らかくして口を閉じた。
たったそれだけのことだが、患者さんの表情が変わった。
佐々涼子さんの著作に「エンジェル・フライト」がある。海外で亡くなった方を日本に連れて帰った際にエンジェルケア(死後の処置)を施す国際霊柩チームの物語が綴られている。
海外から搬送する際、ご遺体がむごい状態になることがある。チームメンバーは懸命に穏やかな死に顔にする処置を施して家族に引き渡す。
そこに記されている内容に比べれば、私の処置などどれほどのものでもないが、この本を読んでいたおかげで咄嗟に体が動いた。
やはり患者さんの妻にはきついものがあったと思う。大きく目を開いた、患者さんの苦しんだ表情が強く脳裏に刻まれたのだろう。
そのシーンを娘さんたちにも共有させたい思いがあって、私を家を呼び、亡くなった時の様子を話している面もあると思われた。
もしも、自分が訪問診療している患者さんが、家族が不在の時に急変して息を引き取ったとしたら、そして、その患者さんが目を大きく開いて苦痛の表情を浮かべていたとしたらどうしよう。
頭に思い浮かべる。
目を閉じて、口を閉じて、その場でできる限り穏やかな表情にさせていただいて家族の到着を待つ。
家族が来たら、「呼吸が浅くなっています。心臓の動きはわずかにあると思います。」と言って近くに寄ってもらう。
家族にお別れの時間を持ってもらい、ご冥福を祈りながらご逝去を告げる。時刻は言わない。
教科書的には良くないかもしれない。嘘も少し入っている。でも家族のトラウマを少しでも減らす努力はしたいと思っている。